気にするなと言われても、気になってしまうのは仕方が無い
紅蓮の炎に燃やし尽くされた魔王ザマハーゲンの体が、黒い塵となってボロボロと崩れ落ちていく。それは幾人もの勇者が目指した勝利の結末のはずだったが……ゴウの表情は冴えない。
「……これで終わり? 本当にか?」
「? どうしたのゴウさん?」
「あまりにもあっけなさ過ぎるというか……拍子抜けしてしまってな。俺は歴代の勇者と比べて、特に強いというわけじゃない。エドもルナリーティアも十分な実力だが、俺の知る限りでは歴代勇者の仲間として抜きん出て強いというほどじゃない。
にも拘わらず、ここまであっさり魔王が倒せるとは……」
ティアの問いかけに、ゴウが戸惑いを隠すことなくそう答える。人によっては不敬や思い上がりなんて取られかねない発言だが、ゴウにそんなつもりがないことはよくわかっている。不器用でまっすぐな勇者ゴウは、そんな風に他人を貶めたりしない。
「はは、わかりますよ。で、多分その不安は当たりです。歴代勇者が勝てなかったのも、きっとそれが原因でしょうね」
「どういうことだエド?」
「こういうことです。現れろ、『失せ物狂いの羅針盤』! 捜し物は……魔王の居場所だ」
ゴウの問いにニヤリと笑うと、俺は「失せ物狂いの羅針盤」を起動して指示を出す。すると金属枠の中に俺とそっくりの顔をした男が椅子に座っている姿が映し出され、次いで現れた羅針がそのまま真下を指し示す。
「本物の魔王……ってか魔王の本体は、下にいます。どっかに隠し通路とかがあるんじゃないですかね?」
「何だと!? つまり今俺達が倒したのは、偽物だと!?」
「いや、あれも本物ですよ。多分死んだ時用にすぐに復活できる体を用意してたんだと思います。
で、今まではそれに気づかず魔王を倒したと思い込んで油断した勇者の隙を突いて倒していたんじゃないかと」
「うわー、卑怯! あとちょっと小物っぽいわね」
「言ってやるなよティア。魔王だって必死なんだろうし……ということで、まずは隠し通路みたいなのを探しましょう! あの棚が動いたみたいな仕掛けがきっと城の何処かに――」
「それなら考えるまでもあるまい」
俺の言葉を遮って、ゴウが玉座の後ろの床に這いつくばる。そのままゴソゴソと何かを調べていると、突然床がパカッと開きそこから下り階段が現れた。
「へっ!?」
「凄い! 何でわかったの!?」
「ガッハッハ! 何を今更。玉座の後ろに隠し通路への階段があるのは世界の常識ではないか!」
「…………そうなの?」
「……………………」
ティアの問いかけに、俺は無言で首を横に振る。「失せ物狂いの羅針盤」で探す気満々だったのだから、知っているはずがない。
「っていうか、常識になっちゃってたら隠し通路の意味が無くない?」
「そこは何かあるんじゃねーの? 常識になってるからこそ裏をかいて罠を仕掛けられるとか」
「でも、知られてない場所ならそもそも見つからないんだから、そっちの方が絶対いいわよね?」
「……………………まあな」
「細かいことは気にするな! さあ行くぞ!」
そんな俺達のやりとりを置き去りに、ゴウがさっさと階段を降りていく。当然俺達もそれに着いていき、小さな折り返しを繰り返しながら下り続ける階段を歩くことしばし。今度はごく普通の大きさしかない扉を開けると、そこには座り心地の良さそうな長椅子に座り、ワイングラスを傾ける俺そっくりの男の姿があった。
「ナニィ!? きさ、貴様等、どうやってここに!?」
「どうもこうも、普通に階段を降りてきただけだけどな」
「そうよね。罠とか結界とかあるかと思ったけど、何も無かったし」
「今度こそ覚悟しろ魔王!」
剣を構える勇者ゴウを前に、魔王は不適に笑う。そのままゆっくりと立ち上がると、その両手を広げて薄笑いを浮かべた。
「クッ、クックック……まさかここまで勇者がやってくるとはな。いいだろう、余の負けだ。この首を持っていくがいい」
「随分と物わかりがいいな。ならばそうしよう」
「いやいやいやいや!?」
あっさり首をはねようと剣を構えたゴウに、しかし魔王が焦った顔で待ったをかける。
「貴様は馬鹿なのか!? もっとこう、罠とかを疑うべきだろ!? それにその……ほら! 貴様の後ろにいる仲間と余の顔が同じなのが気になったりしないのか!? そいつが実は余の分身で、勇者である貴様を暗殺しようとしてるとか」
「? 何を言っている? 同じ顔の人間などいくらでもいるではないか。確かに一つの町で同じ顔の者に会うのは珍しいが、違う町に行けば見知った他人とすれ違うなどいつものことだろう?」
「「え!?」」
心底不思議そうに言うゴウに、魔王と……それにティアの声が重なる。ティアはともかく魔王まで俺の方をガン見してくるが、そんなことされても俺だって困る。
「い……や……そういうことも、あるんじゃねーの? すれ違う人の顔なんて意識して見たことねーけど…………」
「無いでしょ!?」「無いだろ!」
「じゃあ俺だって知らねーよ! 何だよそれ、俺だって知りてーよ! 何でなんですかゴウさん!?」
若干切れ気味に問う俺に、ゴウがわずかに渋い顔で思案してから答えてくれる。
「俺に聞かれてもわからん。強いて言うなら遙か昔まで遡れば誰でも何処かで血が繋がっているからとか、そういうことではないのか? 血縁ならばそっくりでも不思議ではないだろう?」
「それは……っ、そう、ですけど……っ!?」
「さっきも言ったが、細かいことは気にするな。それより魔王だ!」
「……は、はい。そうですね」
ものすごく腑に落ちないが、魔王の対処が優先なのは絶対的に正しい。俺が気を取り直して魔王に向き直ると、魔王の方も疲れた表情で言葉を発する。
「余は五〇〇年も魔王をやっているが、今初めて絶対に触れてはならないこの世の闇に触れてしまった気がするぞ……」
「えぇ、それ魔王が言うの?」
「うるさいわ小娘が! もういい、さっさと殺せ」
「……なあエド。確かに魔王が潔すぎる気がするのだが、これは罠だろうか? 見逃す手はないのだから俺はこいつの首をはねるが、お前達は念のため逃げた方がいいかも知れんぞ?」
さっきは問答無用に殺そうとしていたゴウだったが、ここにきてそんなことを口にする。
確かに警戒する気持ちはわかる。自分の影武者を用意しているような奴が隠し部屋に踏み込まれただけで諦めるなんて明らかにおかしい。
だが、俺はその理由を知っている。そして……持っている。
「大丈夫ですよゴウさん。なあ魔王、こいつに見覚えはないか?」
そう言って俺が鞄から取りだしたのは、城の仕掛け棚の裏にあった壺からゴウが見つけた黒い玉。俺がそれを見せた瞬間、魔王の顔が真に驚愕に染まる。
「ギヒェェェェ!?!?!? な、な、な!? 何故!? 何故それが!? どうして、どうして!?!?!?」
「おお、その玉は俺が見つけたやつじゃないか」
「見つけた!? 馬鹿な、あり得ん! 何の興味も引かない平凡な部屋に設置した一切目を引くこと無く存在する仕掛け棚の裏に、誰の興味も引かぬであろうこの世界で最もありふれた壺の中にしまっておいたのだぞ! どうしてそれを見つけることができるのだ!?」
「ハッ! 何を言うかと思えば……」
今までとは一線を画す本気の焦りを見せる魔王に、しかしゴウが余裕の笑みを浮かべて答える。
「この世の全ての壺は、勇者である俺が割るためにある! 壺を見逃すはずがないだろうが!」
「……………………意味がわからん!!!!!!」
体が燃え尽きて死ぬときの断末魔よりも大きな魔王の魂の叫び声が、狭い隠し部屋の中に響き渡った。




