どんな時でも妥協はしない。それが呼ぶのは悲劇か喜劇か
「――顕現せよ、『フレアレイン』! もーっ、数が多い!」
魔王城の一室。七匹ほどの巨大な蟻に炎の雨を降らせながら、ティアがそうぼやく。金属のような体表を持つ蟻は弱点である炎の魔法に灼かれて絶命していくも、すぐに追加がやってきてなかなか数が減らない。
「チッ、屋内にトロールとか馬鹿じゃねーのか!?」
「グガガ、シネェ!」
俺の正面には三メートル近い巨体を誇る人型の魔獣。一見すれば太って見える体も実際には筋肉の塊であり、振り下ろされる棍棒の威力は金属鎧すら一撃でぺしゃんこにするほどだ。
「ハッ、この程度で死んでやるわけねーだろ!」
巨体故に遅く見える、だが実際には十分に早いその動きを見切り、俺はトロールの腕を切り飛ばす。だが再生力に定評のある魔獣だけに、飛ばした腕があっという間に復元してしまう。
もっとも、腕は復元できても棍棒は戻らない。素手で殴りかかってくるトロールとの間合いはさっきよりもずっと近く、ならばこそ俺は下からすくい上げるように剣を振るってトロールを真っ二つにする。
「グ、ガ?」
不思議そうな顔をしたトロールが、ズシンと音を立てて左右に分かれ倒れ伏す。いかにトロールでも流石にここから再生は無理だろう。
「一匹終わり! ティア!」
「こっちはまだ平気! ゴウさんを!」
「了解!」
俺はティアに背を向け、ゴウの方へと近づいていく。そちらもまたトロールと戦っているが、形勢はゴウの方が不利だ。
といっても、ゴウがトロールより弱いわけじゃない。問題は――
「ゲハハハハ! オレサマ、メッタウチィ!」
「ぬぅぅ、させん! この壺は割らせんぞ!」
ゴウは何故か、壺を守って戦っている。本人曰く、自分が割るのは良くても他人に割られるのは駄目らしい。
「ゴウさん! ハッ!」
ゴウに向かって棍棒を乱打するトロールに近づき、俺はその左足を切り飛ばす。すぐに再生されるだろうが、それでも巨体はバランスを崩して倒れ込み……勇者ゴウがその隙を見逃さない。
「フゥン!」
「ゲハッ!?」
体が倒れて頭の位置が低くなったことで、ゴウの一撃がトロールの頭を半分近く切り落とした。デロリと脳漿がこぼれ落ちるのに合わせて俺が心臓を貫くと、白濁した目をぐるんと回してこっちのトロールも絶命した。
「ふぅ、助かったぞエド」
「怪我がなくて良かったです。ティア、今行く!」
「わかった!」
礼を言うゴウをそのままに、俺は今度はティアの方へと駆けていく。金属蟻……アダマンアントは斬撃が通じにくく、「夜明けの剣」でも関節を狙わないと斬るのは難しいんだが、そういうときこそコイツが役に立つ。
「血刀錬成!」
愛用の「夜明けの剣」を鞘に収め、代わりに取りだした剣の柄を左手の手首に叩きつける。せっかく作ったのに余り出番の無いかつての相棒に血を吸わせれば、俺の追放スキル「見様見真似の熟練工」と合わさって透明な刃が生み出された。
「切り裂け、薄命の剣!」
一瞬たりともその身を保てぬ代わりに、光も音も切り裂く最弱にして最強の刃。それが大量のアダマンアントを水平になぞり、幾十もの蟻達が上半身と下半身ではなく、上と下に切り分けられてその場にボロボロこぼれていった。
「お疲れ様エド。ゴウさんは?」
「ん? ああ、いつも通りだよ」
周囲の魔獣を片付け終わり、敵が残っていないのを確認してから声をかけてきたティアに、俺は軽く振り返りながら視線で示す。するとそこには無事だった壺をその手で割り、奥にあった箪笥を漁るゴウの姿があった。
「これはまさか、伝説のヴィクトリーアーマー!? おいルナリーティア、こいつをやるから装備するといい」
「嫌よ! 何それ、ただの紐じゃない! それの何処が鎧なのよ!?」
輝く笑顔でゴウが掲げるのは、うっすら輝く青い紐だ。必要最低限の幅はあるような気がするが、つまり必要最低限しか隠れないということでもある。
「むぅ、知らんのか? これには強力な防御の魔法がかかっていて、一切動きを阻害せずに金属鎧をしのぐ防御力を発揮する優れものなのだぞ?」
「絶対嫌! それならゴウさんが装備すればいいでしょ!」
「いや、俺の場合は今の鎧の方が防御力が高いからな……ならエドが装備するか?」
「あー……えっと、遠慮しときます。俺もまあまあ防御力は高いんで」
「そうか……」
ややガッカリしながらゴウが青い紐を鞄にしまい込んでいく。魔王城にあるくらいだから凄い装備なのは確かかも知れねーけど、あれを装備する勇気は俺にはない。うむ、間違いなく勇者専用装備だな、違う意味で。
「それでゴウさん、もういいの?」
しょんぼりするゴウに、ティアがやや呆れた表情で声をかける。こんなところで大量の魔獣と戦っていたのは、ゴウが壺割りと箪笥漁りにこだわったからだ。
小部屋とはいえ巨大な城の一室だから何とか戦えたが、これだけの魔獣の死体がある場所で追加の戦闘はしたくない。そんな思いが声に滲むティアに、ゴウは少しだけ慌てて答える。
「いや、待ってくれ。あと一つ……どうもこの棚の裏に壺がありそうなのだ」
「棚の裏?」
「そうだ。だがどうしても棚が動かなくてな……何か仕掛けがあるんじゃないかと思うんだが」
「仕掛け……そういうことなら。現れろ、『失せ物狂いの羅針盤』」
俺は手慣れた様子で「失せ物狂いの羅針盤」を発動すると、棚を動かす仕掛けを探索する。すると部屋の柱に小さなボタンがあったらしく、それを押すと大きな棚が音を立てて左にずれていった。
「おお、あったぞ! 壺だ!」
「何で仕掛け棚の裏に壺なんて隠してたのかしら?」
「さあ? ひょっとして魔王も壺が好きだったりしてな」
「うわぁ」
おどけたような俺の答えに、ティアが心底嫌そうな表情を浮かべる。それは冗談にしても、もし魔王が勇者ゴウを分析し、足止めのためにこの仕掛けを用意したんだとしたら、その試みは大成功したと言える。割としっかり人類を侵攻してるし、この世界の魔王はなかなかに成長しているようだ。
「む? 何だこれは?」
「どうしたんですか?」
今回もパリーンという小気味よい音を立てて壺を割ったゴウが、その中身を手に首を傾げている。
「見てくれ二人とも。壺の中にこんなものが入っていたんだが……」
「? 何これ?」
ゴウの手のひらには、大人の拳ほどの大きさのまん丸な黒い球が乗せられている。いかにも何かありそうではあるが、さしあたって思い当たるようなものはない。
「魔導具? それにしては魔力を感じないけど……」
「そうなのか? 俺は魔法には詳しくないが、持っているだけで手がピリピリする感じがするのだが……」
「ピリピリ……? 俺も持ってみても?」
「ああ、いいぞ。ほれ」
俺が差し出した手の上に、ゴウが黒い球を乗せてくる。ふーむ、特に何も……っ!?
「お、お? おぉぉ!?」
「どうしたのエド?」
「大丈夫かエド?」
突如体の中に走った感覚に、俺は思わず声をあげてしまった。心配する二人にそう答えると、俺は内心でニヤリと笑みを浮かべる。
「ゴウさん、これ俺が預かっててもいいですか?」
「それは構わんが、使い方が分かったのか?」
「ええ、まあ。最高のタイミングで活用できると思いますよ」
なるほどなるほど、どうやらこの世界の魔王は俺が思っていた以上にやり手だったようだ。だが……フフフ。
「なあゴウさん。やっぱりゴウさんは真の勇者だぜ! ハッハッハー!」
「何だ突然!? まあ確かに俺は真の勇者だがな! ガッハッハ!」
「えぇ、何なのよもぅ……」
ゴウでなければ気づけなかった、とっておきのお宝。突然褒められて戸惑いつつも喜ぶゴウと一緒に、俺もまた勝利を確信して笑った。




