自分の力に限界があるなら、仲間を頼ってやればいい
軽い上り坂となっている長い長い一本道。それを進む俺達に待っていたのは、世界の果てのような光景だった。
バックリと大地が途切れ、その向こうにあるのは霧とも雲ともわからない真っ白なもや。そんな中でも道は続いていき、やがて三角に尖った崖の手前一〇〇メートルほどで終点となる。
「……ここで終わり?」
「みたいだな。まあ流石に何かある……うおっ!?」
キョロキョロと周囲を見回していた俺達の正面に、不意に巨大な人影が出現した。まるでゴーレムか何かのような金属製の人型の上半身、それが霧の上にふよふよと浮いている。
『よくぞここまで辿り着きました。選ばれし勇者とその仲間達よ』
「おお、喋ったぞ!」
それが声を発したことに、ゴウが軽く興奮して声をあげる。だがそれに反応することなく、金属人形が言葉を続けていく。
『貴方の生き様はよくわかりました。ではこれより最後の試練を開始します』
「ガッハッハ! いいだろう! どんなものでも乗り越えてみせるぞ!」
意気込むゴウを横に、俺は相手が何をしてくるのかを慎重に見極めるべく意識を集中する。すると金属人形が手のひらを上にして両手を前に出し、その手のひらの上に見慣れた壺がそれぞれ出現した。
「む? 壺か? 何を……ああっ!?」
俺達の目の前で、金属人形の左手がくるっと回る。そうなれば当然手のひらの上にあった壺が落下し、そのまま地面に叩きつけられてパリンと割れた。
「何ということだ! あの壺は俺が割らなければいけなかったのに!」
「え、そうなの?」
「そうだとも! くそっ、他人に壺を割られるとは、一生の不覚……っ!」
「そこまでなの!?」
心底悔しそうに言うゴウに、ティアが驚きの声をあげる。だがそれに反応することなく、俺は今の出来事を冷静に分析していく。
(二つあって一つを割られた。今のはどうやっても防げなかっただろうから、なら……っ!)
「ゴウさん! もう一つも落ちる! 受け止めろ!」
「っ!? そうか!」
試練の意図を読んだ俺の声に、ゴウがすかさず走り出そうとする。だがその瞬間目の前の地面がピカッと光り、まるで蛇のように曲がりくねった道が出現する。
「くっ、これは……!? ええい!」
道が出現した以上、ゴウはそこを行くしかない。だが蛇行する道は直進に比べて何十倍もの移動距離を必要とし、このままではゆっくりと傾いていく金属人形の手から壺が落ちる方が明らかに早い。
「くっそぉぉぉぉぉぉ!!!」
「駄目だ、間に合わねー! ティア、魔法で干渉できるか?」
「壺を割らずに支えるような力加減は流石に無理よ、それともあのゴーレムを攻撃する?」
「いや、それは最後の手段だな」
この試練の山で、俺達を直接害するような罠や魔獣は一度として出現していない。そしてあの金属人形も、直接こちらを攻撃してくるわけじゃない。ならこっちから攻撃するのは悪手だ。
(ならどうする? 考えろ、考えろ!)
深く曲がりくねった道をひたすら走り続けるゴウを見ながら、俺は必死に思考を巡らせていく。
この試練の山の特徴は、目の前に道があるにもかかわらずその道を通ろうとすると苦労するというものだった。道を無視すれば圧倒的に楽ができそうだったし、今も道を無視してまっすぐに金属人形に駆け寄れば壺が落ちる前に十分にたどり着ける。
だが俺達は頑なに道を通り続けてきた。でもそれは試練にそうし向けられたからじゃなく、あくまでも勇者ゴウのこだわりだ。
なら今回は? ただ道を走るだけじゃ間に合わない。いや、俺が「追い風の足」で走ればそれでも間に合うだろうけど、これはあくまでも勇者が受けるべき試練だから、それだと答えにならない。
道を無視するのが正解? 臨機応変さを身につけろと示唆するって意味ならあり得るが、だったらここまでの試練でも制限時間なりがあって然るべきだ。なのに今まではどれだけ時間を使ってもよかったのに、ここで初めて道を無視しなきゃ間に合わない試練? どうも一貫性がない気がする。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
焦点の定まらない眼球をせわしなく動かしながら思考の海に潜る俺の耳に、ゴウの雄叫びが聞こえてくる。どう考えても間に合わないのにその表情には一片の諦めすら浮かんでおらず、そのくせ道を無視して直進しようなんて気配もこれっぽっちもなくて、ただ全力で走り続けている。
そうだ、あれが勇者ゴウだ。ゴウはあれでいいんだ。足りないところは俺達が――っ!?
「そうか! ティアはそこで待ってろ! 万が一があったらよろしく!」
「エド!?」
一方的にそう告げると、俺は追放スキルを使うことなくまっすぐに金属人形に向かって走り出す。するとすぐに道は曲がっているわけだが……俺はそれを無視してそのまま草地に足を踏み入れようとする。
途端に全身に感じる強い抵抗。まるで道から逸れることを許さないと言わんばかりの圧力に、しかし俺は全力で立ち向かってその壁を打ち破る。
「うぉぉぉぉ! ゴウさん!」
「エド!? 何を――」
「道は、俺が作ります!」
何度も何度も見えない壁にぶち当たりながら、俺はその全てを力尽くで突破していく。そうして俺の通った跡が道となり、その道をゴウが通ることで二人揃って金属人形へと一直線に駆け寄っていく。
「ぐっ、うぅぅ……」
「エド!」
「行ってください!」
最後の草地を踏み抜いたところで、俺は体力を使い果たしてその場に蹲った。追放スキルを使わなければ、俺の実力なんてこんなもんだ。
だが、道は繋がった。最初からあった道に繋がったことで、ゴウがラストスパートをかけ……そして壺が金属人形の手から落ちる。
「させるかぁ!」
雄叫びと共に、ゴウがその下に滑り込んで両手をあげる。そこに落ちてきた壺は今まで数え切れないほど聞いてきたパリーンという音を立てることなく、見事ゴウの腕の中に収まった。
「取ったぞ! エド、ルナリーティア!」
まるで勲章でも掲げるかのように、ゴウが輝く笑顔で俺達にそれを見せつけてくる。そこに俺と、俺が作った道を通ってやってきたティアが合流すると、金属人形からまたも不思議な声が聞こえてきた。
『よくぞ試練を突破しました。勇者とその仲間達よ』
「ありがとうございます。えーっと……神? ですか?」
『ふふ、違います。私もこの試練も、勇者の心の内を映すもの。この山にある全ては勇者の想いそのものなのです』
「俺の想い……っ。そうか…………」
「え、どういうこと?」
一人納得した様子のゴウに、ティアが問いかける。するとゴウは壺を抱いたまま真剣な表情で俺達の方に顔を向けて語り始める。
「どうもこうも、そのままだ。例えばあの迷路。二人にも話したように、俺はまっすぐに進むことにこだわりながらも、それを受け入れてもらえないことに悩んでいた。そんな悩みが曲がりくねった迷路として具現化したのであれば理解できる。
他の試練もそうだ。時によって現れたり消えたりする道や、人の意思によって通れたり通れなかったりする道。その全てが俺の迷い、俺の弱さを表現していたんだと思う」
「へー。じゃあ道から逸れたらどれも簡単に達成できそうだったのは?」
「俺の中に、今の生き方を捨てれば楽になるという甘えた考えがあったからだろう。本当に楽になるかなんて誰にもわからないが、少なくとも俺の中ではそうだったのだ。
そして最後……俺の『間に合わなくても見捨てない』という信念を問うあの試練で、エドが俺の限界を破ってくれた。今の俺一人では達成できない『見捨てずに間に合う』道をエドが作ってくれたんだ。
ありがとうエド。俺が最後まで信念を曲げること無く貫くことができたのは、お前のおかげだ」
「へへへ……」
まっすぐに俺の目を見て礼を言うゴウに、俺は何とも照れくさくて頭を掻く。そんな俺の脇腹をニヤニヤしたティアが肘でつついてきたので、その手をぞんざいに振り払ったりしていると、笑顔のゴウが腕の中の壺を撫でながら言葉を続ける。
「更に言うなら、この壺もそうだ。勇者に任命され壺を割り箪笥を漁る特権を得たが、俺の心の何処かでは他人の壺を割ることの罪悪感が捨て切れていなかったのだろう。それが手を触れることの敵わない場所の壺として現れた……だがそれもこれで終わりだ!」
抱えた壺を、ゴウが高々と抱えて地面に叩きつける。ティアの口から「え、それは割ったら駄目なやつじゃない!?」という言葉が漏れたが、時既に遅し。
パリーン!
小気味よい音を立てて、ゴウの罪悪感が砕け散る。するとそのなかから大きな赤い宝石の付いた金色の腕輪が姿を現した。
「これは……? おおおぉぉぉぉぉぉ!?!?!?」
それを手に取り腕に嵌めたゴウが、突如大声をあげながらキョロキョロと辺りを見回し始める。
「どうしたんですかゴウさん?」
「光が!? 色々なところに光が見えるぞ!? 何だこれは!?」
『それこそが貴方が求めた真の勇者の証。身につけることでまだ割ったことのない壺、漁ったことのない箪笥の場所が分かる魔導具です』
「何と!? 何と素晴らしい魔導具なのだ! ああ、これこそ歴代の勇者が求めた世界最高の魔導具! ありがとうエド、ありがとうルナリーティア! これを手に入れられたのは、二人が協力してくれたおかげだ! 心から感謝する!」
「あ、あはは……どうも……」
「はは、ゴウさんらしいなぁ」
さっきよりも更に深い感謝の念を感じられる言葉に、俺とティアは曖昧な苦笑いを浮かべる。腕輪をつけたり外したりしているゴウの笑顔は、これまでで最高の輝きを見せていた。




