最短が直進か回り道かは、歩いてみなければわからない
「……ねえ、この作業って本当にいるの?」
黙々とマップを埋め続けて三時間。何とも不毛に思える行為を続けるなかで、ふとティアがそんな言葉を漏らす。
「何だティア、疲れたのか?」
「そうじゃないけど……やる意味が見えてこないっていうか。だって明らかに何も無いじゃない?」
俺の「旅の足跡」によると、この迷路は縦一キロ横三キロくらいの四角い形状になっているらしいが、その最大の特徴は平面……つまり視界を遮るという意味では壁が無いことだ。それはつまり、これから向かう先の行き止まりに何も無いことがわかっているということでもある。
無論これが迷路である以上、行き止まりについてしまうことは仕方が無い。が、今回は意図的に全ての行き止まりに辿り着くように行動しているわけで、それを無駄と感じるのはごく普通の感性だろう。
「何だ、ルナリーティアは俺のやり方に不満があるのか?」
と、その会話にゴウが割り込んでくる。とは言えその声は普通に問いかけるものであり、だからこそティアも落ち着いてそれに答える。
「ええ、そうね。ゴウさんの判断を否定する形になっちゃうけど、正直ちょっと不満だわ。正解の道がわかってるならまずはそっちを進んで、それが駄目だった時に初めて戻って調査すればいいと思うの。これだけ広い迷路を必要だとわかる前から全部踏破するのはあまりにも効率が悪すぎるもの。
物資も時間も余裕はあるけれど、それでも有限なんだから無駄な浪費は避けるべき。違うかしら?」
「無駄な浪費か…………」
やや厳しい、だが真っ当なティアの意見に、ゴウは静かにそう呟く。こちらを振り返ることもなく、歩くペースも落ちないが、それでもゴウが静かに次の言葉を口にする。
「なあ、エドにルナリーティア。君達は勇者というのは、どういう存在だと思う?」
「へ? 何ですかいきなり。勇者は……己の信念を貫き通す勇気を持った人、ですかね」
問われて俺の脳裏によぎるのは、これまで共に旅をしてきた何人もの勇者の姿。その生き様、在り方は、どれだけ時が経とうとも俺のなかに鮮烈に焼き付いている。
「そうね。折れず曲がらず、最後までやり遂げる人って感じかしら? そういう意味では、ゴウさんは勇者っぽいかも」
「ほぅ?」
「え、驚くところですか?」
「はは。いや、俺は以前にも同じ質問を仲間にしたことがあるんだが、その時返ってきた答えは決まって『魔王を倒す選ばれた存在』とか『誰よりも勇気のある人』なんて答えだったから、少し意外だったんだ。そうか、俺が勇者っぽいか……」
そこで一旦言葉を切ると、ゴウの頭がフッと上に向く。つられて俺も見上げてみれば、そこには快晴の空が広がっている。これが本物の空かはわからねーが、それを突っ込むのは野暮だろう。
「魔王がこの地に現れてから、五〇〇年。これまで何人もの勇者が生まれ、魔王を倒すために旅立ち……そしてその全てが道半ばで倒れた。
強い者もいただろう。賢い者もいただろう。だがどんな勇者も、ただ一人として魔王には勝てなかった。そしてそんな先達から学んだ俺が選んだのが、『堅実である』ことだ」
「堅実ですか?」
「そうだ。何というか……俺は不器用な男だから、賢く立ち回っていい結果だけを攫っていくなんてことはできないのだ。
だが、それなら目の前にある全ての問題を一つ一つ確実にこなしていけばいい。壺があるなら全て割り、箪笥があるなら全て漁り、問題があるなら全て解決し、脇道があるなら全て歩けばいい。
そうやって俺がやるべき事をこなしていけば、最後には『魔王を倒す』ことが目の前にやってくる。後はそれを今まで通りこなせば、俺の勇者としての役目は終了だ。
どうだ、実に堅実だろう?」
「あー……まあ、そうですね」
ちょっと得意げなゴウの言葉に、俺はなんとも言えない生返事を返す。
確かにどれだけ長い道だろうと、一歩ずつ足を踏み出し続ければいずれは目的地に辿り着くだろう。走ったり近道を探したりという行為は失敗も成功もあり得るが、ただ歩き続けるならそれはない。足を踏み出す勇気が失われない限り、必ずたどり着けるというのは一つの真理だ。
だが、そのやり方が必ずしも是であるとは言えない。
「はは、勿論俺のやり方が最適じゃないことくらいわかってるぞ? 俺の歩みが遅いせいでその分魔王の脅威は世界に被害を出している。俺が急げば助けられるはずの人々が犠牲になっていることだってあるだろう。
だが、それを責められても困る。俺は勇者であっても神じゃない。俺が間に合わないせいで犠牲が出たとしても、それは襲ってきた魔王軍のせいであったりその地の警備体制が不十分だったりするせいで、俺のせいじゃないんだからな。
そして、俺は神ではなくても勇者だ。俺の目の前で起こった事件を、俺は決して見捨てない。勇者である俺がいる場所では、絶対に被害を出させない。
どちらかしか選べないから、俺は見捨ててでも間に合わせる勇者ではなく、間に合わなくても見捨てない勇者を選んだ。そしていずれは見捨てずに間に合わせる勇者になってみせる。一つ一つ問題を解決し、一つ一つ実力を積み重ねてな」
クルリと振り返ったゴウが、笑みを浮かべながらグッと拳を握りしめて言う。が、すぐにその表情から力が抜け、少しだけ悲しげに目尻が下がる。
「とまあ、そうは言っても俺のやり方は確かに面倒らしくてな。実のところ俺のパーティになかなか固定メンバーが定着しないのは、これが原因としてあるらしいのだ。
かといって今更生き方を曲げるわけにもいかないし……だからここまで二人が付いてきてくれたことに、俺は心から感謝している。ありがとう」
足を止めたゴウが、俺達に向かって頭を下げる。俺はそんなゴウに軽く笑いながら言葉を返す。
「礼を言われるようなことじゃないですよ。俺達は俺達の目的でゴウさんと一緒にいるんですし」
「そうか……そう言えば君達は何故俺に同行しているんだ?」
「え、それ今になって聞きます!?」
「あ、ああ。さっきも言ったが、正直すぐにいなくなってしまうんじゃないかと思っていたから、気にしてなかったのだ。二人の年齢から勇者に憧れる若者だと思ったのでな。現実を知ればすぐに離れていってしまうものとばかり……」
「あー、そりゃ確かに否定はできねーなぁ」
申し訳なさそうなゴウの顔に、俺は思わず苦笑を浮かべる。俺もティアも、見た目は二〇歳くらいの若造だ。よほどの天才でもなければこの年齢で本気で勇者パーティに加入できるほどの実力はないだろうし、そういう存在であれば世間で名が知れている。
つまるところ顔も名前も知らない若造が二人やってきたら、そりゃ普通に考えれば冷やかしか憧れで、本気で仲間になれる存在だと思わないのも当然だろう。
「俺達の目的も、魔王討伐です。なんでゴウさんさえ良ければ、今後も一緒に旅を続けさせてもらえるとありがたいんですけど」
「お、おお! いいのか!?」
「そりゃこっちの台詞ですよ。俺達が仲間でも構いませんか?」
勇者パーティは本人を入れて四人までという決まりがあるらしいから、仲間枠は実質三人分。そのうち二人分を埋めるのはかなり大きな決断なわけだが……ゴウは満面の笑みを浮かべて俺の手を握り、ブンブンと上下に振ってくる。
「勿論だとも! しかし、エドはともかくルナリーティアはいいのか? 俺のやり方に不満があったんだろう?」
「そうね。確かにそうだったんだけど……それがゴウさんの信念に基づく考えだっていうなら、頭ごなしに否定なんてしないわよ。でも相談くらいはさせてくれると嬉しいわね」
「そうか、わかった! 生き方を変えるつもりはないが、それでも話は必ず聞くし、どうすればいいかを真剣に考えることを約束する! 面倒くさい男だが、どうか気長に向き合ってやって欲しい」
「フフッ、それじゃまるで私達がゴウさんを仲間にするみたいじゃない。改めてよろしくね、ゴウさん」
「ああ、よろしく! うぉぉ、俺に仲間が……本当の仲間ができるとは! よし、これからは君達にも壺を……いや、あれはあくまで勇者本人の特権だから、仲間に割らせては駄目なんだったか? むむむ、これは交渉の必要が……」
「いや、壺はいいですから! それよりそろそろ行きましょう。この迷路まだまだクッソ広いですし」
「む、そうだな。では行くとしよう! クックック、今の俺ならこんな迷路などあっという間に踏破してみせよう!」
にやけた笑みを浮かべたゴウが、さっきまでよりちょっとだけ速く歩き始める。
「それでも早歩きなのね」
「ま、堅実な……いや、堅実の? 勇者様だからな」
せかせか歩くゴウの後を何処か微笑ましく感じつつ、俺とティアも同じ速度でその後を付いていった。




