環境依存の能力は、単体だとどうにも使いづらい
前方に立ち塞がる、三メートルほどの大きさの蜘蛛。虫は痛みを感じないなんて話を聞いたことがあるが、確かに前足を二本切り飛ばされてなおその戦闘意欲に衰えはなく、全力で威嚇の鳴き声をあげてくる。
「キシャァァァ!!!」
「来るぞ!」
「おう!」
ゴウと声を掛け合う俺達に向かってきたのは、その巨体……ではなく、通路で俺達に襲いかかってきた八〇センチくらいの蜘蛛の群れだ。親玉と比べれば小さいが、数を生かして壁、床、天井と立体的に攻めてくるのはなかなかに厄介。
が、それもあくまで厄介止まり。俺とゴウは襲いかかってくる蜘蛛達を次々と切り伏せていく。
「フンッ、ハァッ! 倒せはするが、きりがないな」
「ですね。ティア、さっきの行けるか?」
「勿論!」
虫と言えば火に弱い。ティアの炎の槍ならば、蜘蛛の群れを貫通して本体に大穴を開けることだってできるはず。ならば俺達はそれが発動するまで時間を稼げばいいと思ったんだが……
「キシャァァァァァァァ!!!」
「これは!?」
「うわっ、ヤバッ!?」
母蜘蛛があげた鳴き声に触発されてか、その足下から更に小さな蜘蛛がワラワラと湧いてくる。一匹一匹は大人の拳程度の大きさだが、その数は尋常じゃない。
「ちょちょちょっ!? こりゃ防げねーぞ!? ゴウさん!?」
目の前に迫り来る小蜘蛛の津波に、俺はゴウの方に視線を向けた。でかい敵ならどうとでもできるが、小さいのが大量となると剣士である俺には最悪レベルで相性が悪い。
なのでそっちはどうかと思ったわけだが、残念ながらゴウも渋い顔をして首を横に振る。
「この数は俺も無理だ。残念だが一端撤退して――」
「やぁぁぁぁ!」
どうするか迷う俺達の前に、不意に炎の壁が出現する。地面から吹き上がるそれは飛び込んでくる蜘蛛を悉く焼き尽くしていき、一匹たりともこちらに入ってこさせない。
「ティア!? 何だよおい、スゲーじゃねーか!」
「駄目! 炎の槍をこの剣で無理矢理壁にしただけだから、火力はあるけど持続しないわ! あと一〇秒!」
「チッ、そういうことか」
どうやら機転を利かせたティアが、銀霊の剣の力で無理矢理に特性を変えて使った魔法らしい。ならばこの一〇秒の使い方が肝要になるわけだが……そんな俺の隣で、ゴウがニヤリと笑みを浮かべる。
「問題ない。ルナリーティア、この炎を借りるぞ!」
「えっ!?」
腰を落として低く構えたゴウが、炎の壁を切り裂くように剣を振るう。するとその剣に炎が宿り、同時に斬られたことで一瞬だけ消えた炎の壁を飛び越えてゴウが敵陣へと突っ込んでいく。
「ゴウさん!?」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
燃える剣を振り回せば、その熱気で蜘蛛達は近づけない。邪魔な敵だけを切り飛ばしながらゴウは一直線に母蜘蛛の元へと辿り着くと、その手前で思い切りジャンプした。
「ハァァッ!」
落下に合わせて振り下ろされる剣は蜘蛛の頭部を両断し、剣から伸びた炎の刃は蜘蛛の体を両断する。
「ギ、ギィィィィ…………」
母蜘蛛の断末魔の鳴き声に、周囲にいた他の蜘蛛達があっという間に辺りに散っていく。それに合わせるように即席で生み出された炎の壁は役割を負え、俺とティアはゴウの方へと駆け寄っていった。
「凄い! ゴウさんって強いのね!」
「ホントですよ。今のは?」
「ん? あれは勇者としての俺の力だ。近くにある自然の力を剣に宿して斬ることができるんだ。まあ普段はあまり使い道がないんだがな」
「そうなの? 凄く強そうに思えるけど……」
不思議そうに首を傾げるティアに、ゴウが小さく笑いながら言う。
「考えてみるがいい。例えば水場にいる敵に、水の力を宿した剣が効くと思うか? 剣に土塊をまとわりつかせたところで、あの蜘蛛にどれだけ効果があったと思う?」
「あー、なるほど。ゴウさん魔法使えないですもんね」
その場にあるものしか力にできないなら、そこに住んでいる魔獣に有効な攻撃とはなりづらいのは自明だ。つまりこの力は優秀な後衛がいるか、入念な事前準備がなければ生かしづらい力なんだろう。一周目の時に目にしていなくて当然だ。俺も魔法は使えないしな。
「今回上手くいったのは、元にした炎の力が大きかったからだ。ああいう力の使い方ができるのであれば、ルナリーティアと俺の相性はいいらしい。一緒に旅をする間は今後も期待させてもらいたい」
「勿論、任せて! フフッ、なんならエドより役に立っちゃうかも?」
「チッ、言ってろ」
得意げな顔でこっちをチラ見してくるティアに軽くそう言いつつ、俺達はそのまま洞窟を抜け、今度は来た道を引き返していく。その後はさっきの村まで戻ると、村長の家に報告へと向かった。
「おお、お帰りなさいませ勇者様! それで――」
「む? 壺が新しくなっているな。少し待ってくれ……箪笥も漁り直すか」
パリーン……パリーン……ごそごそごそ…………
「ふぅ、いいぞ」
「……あー、はい。それで洞窟に巣くう魔獣の方はどうなったでしょうか?」
「うむ。それだがな……」
新調したばかりであろう壺を平然と割ったゴウが、村長の問いに答えていく。
「すると、もうあの洞窟は安全だと?」
「そのはずだ。一応脇道まで全部調べたからな。ただそれでも全ての魔獣を倒しきったとは言えない。特にデランスパイダーに関しては当分の間注意をしてくれ」
「わかりました。まあ魔獣を全滅させるなどできるはずもありませんからな。今回は本当にありがとうございました」
「なに、勇者としての務めを果たしただけだ」
深々と礼をする村長に、ゴウはさらりとそう言って家を出た。そうして村の中を歩きながら、ゴウが俺達に声をかけてくる。
「ということで、今回のクエストはこれで完了だ。二人ともよく頑張ってくれた。ありがとう」
「ははは、このくらい大したことないですよ。で、次はどうするんですか?」
「そうだな。一旦アルアナの町に戻って情報収集だろうか? 王様から新しいクエストが届いているかも知れないしな」
「了解。あー、町に着いたら久しぶりにベッドで寝られそうね」
「ガッハッハ! その前に日を置いたから、町中を回って壺を割らねばならないがな」
「……………………」
「……………………」
無言で遠い目をするティアに、俺もまた無言でその背中をさする。
「エド……」
「今夜は何か美味いものでも食おうぜ。あ、とっておきのコーヒーとか飲むか?」
あの世界で買った品物のなかに、小分けにしたコーヒーの元がある。紙と金属の中間みたいな質感の袋に入ったそれは一年くらい中身の状態を維持してくれるらしく、俺の「彷徨い人の宝物庫」に入れてあるのだ。
「そうね。限りがあるものだけど、だからって飲まずに持ってるだけじゃそれこそもったいないもの」
俺の誘いに、ティアが柔らかく微笑む。すると俺達の話を聞いて、ゴウが会話に入ってきた。
「おいエド、こーひーとは何だ?」
「え? ああ、コーヒーは……何だろう、黒いお茶? スゲー苦いんですけど、何となく後を引くような飲み物です。良かったらご馳走しますよ? 数が無いんで一杯だけですけど」
「いいのか? 貴重な品のように聞こえたが……」
「構いませんよ。俺達は仲間なんですから」
一緒に旅をする仲間なのに、一人だけ仲間はずれなんてのはどっちにとっても居心地が悪い。俺はゴウの頼みを快諾し、その日の夜には全員でコーヒーを飲んだ。
「ぬがっ!? これは苦いな」
「ですよね。でもこの苦さがいいんですよ」
「ふぅ。この香り、落ち着くわね……ああ、ケーキが食べたい」
「流石にケーキは無理だ。とはいえ代わりにこちらをどうぞ」
「あら、クッキーじゃない。ありがと……ふふ、甘ぁい」
「エド、俺にもそのクッキーをもらえるか? どうにも口がシブシブするんだ」
「ええ、いいですよ。どうぞ」
村から町への道すがら。たき火を囲んでコーヒーとクッキーを楽しむ勇者一行。こうして俺達の初めての遠征は、無事に幕を閉じていくのだった。




