本人にとって当たり前なら、どんな不思議も常識になる
「おお、よく来てくださいました勇者様! 実は――」
「悪い。俺が話しかけるまで待ってくれ」
パリーン……パリーン……ごそごそごそ…………
「ふぅ。では村長殿、改めて話を聞こう」
「え、ええ。実は……」
「スゲーな、これが勇者の鋼の精神か……」
「一周回って尊敬できる気がしてきたわ……いえ、やっぱり気のせいね」
勇者の凄さを改めて実感しながらゴウと共に村長の話を聞くと、俺達は村を出て件の洞窟の前までやってきた。特に入り口が封鎖されているというわけでもないのだが、内部には人の気配はない。
「うわ、随分と広いのね」
「それにかなり人の手が入ってるな。洞窟っちゃ洞窟だけど、扱いとしては街道に近いんじゃねーか?」
洞窟の中は縦横五メートルほどの広々とした通路となっており、壁には行き交う人々の魔力で勝手に発光する魔導ランタンが定期的に設置されているため、手ぶらでも十分に明るい。
床というか地面というかも固く踏みしめられており、流石に石畳のように整備されているとは言えないが、馬車がかなりの速度を出しても大丈夫そうだ。
「魔獣は出口側の付近にいるということだが、目的の相手以外にもその他の魔獣が入り込んでいるかも知れん。警戒を緩めずに行くぞ」
「了解」
「任せて!」
ゴウを先頭にして、俺達は洞窟を進んでいく。そうして少し進むと主道の脇に幾つも分岐となるような穴が見え始め、ゴウに従い俺達はその全てに足を踏み入れ、中を調べていく。
「脇道も全部回るの?」
「そうだ。こういうところに魔獣が入り込んでいる可能性は高いからな。それに……」
脇道の方は人の手が入っていないため、ティアの精霊魔法で明かりを作って進んでいく。すると何本目かの脇道の行き止まりに、こんな場所には不釣り合いな木製の箱がぽつんと置かれているのを発見した。
「お、あったぞ。宝箱だ」
「えっ!?」
気持ち早足になって箱に近づいていくゴウに、当然俺達も付いていく。そこにあったのは四角い本体とアーチ状の蓋、おまけに縁は金属で加工されているという割と立派な宝箱としか表現しようのない箱が鎮座していた。
「え、何この箱……宝箱!? 何でこんなところに?」
「? 森や洞窟の行き止まりに宝箱があるのは常識だろう?」
「っ!?」
当たり前だと言わんばかりのゴウに、ティアが凄い形相で俺の方を振り返ってくる。が、そんな顔をされても俺だって答えようが無い。
「ティア、大丈夫だ。ゴウさんがそうだと言ったらそうなんだ。いいな?」
「で、でも! 宝箱よ!? 実は盗賊が根城にしてるとか、一〇〇歩譲ってゴブリンが巣を作ってたとかならまだわかるけど、何にも無い行き止まりに宝箱なのよ!?」
「さて、何があるかな……お、薬草か」
「薬草!? 何で宝箱に薬草!? どう考えたってその箱の方が高いじゃない! それにここ、人通りがある道なんでしょ!? いえ、ここまでは普通は入ってこないでしょうけど、それでも道を整備する時にこういう枝道だってちゃんと調べてるはず。なのに今の今まで誰にも開けられずに宝箱が残ってるの!? 何で!?」
「落ち着け、落ち着くんだティア。理屈じゃない、心で感じるんだ」
「うぅぅぅぅぅぅぅぅ…………」
ひたすら宥める俺に、ティアが苦虫をかみつぶしたような顔で唸っている。俺だってずっと開けられていないはずの箱から出てきた薬草の品質が店で売っているものと変わらない……つまりそれなりに新鮮に見えることに大いなる疑問を抱かざるを得ないが、わからないものはわからないのだ。
「ははは、ルナリーティアはいつも騒がしいなぁ。宝箱なんて旅をしていればいくらでも見る機会があるだろうに」
「無いわよ! 結構旅してるつもりだけど、一〇回は見てないわよ!」
「……そうか、それは運が悪いんだな」
「運って……はふぅ」
若干ばつが悪そうにゴウが視線をそらしながら言うと、ティアの体から力が抜ける。封印された遺跡みたいな場所でもなければ、普通は宝箱なんて存在しない。なので運の問題ではないんだが……まあ、うん。この人と旅をしてる間だけはその辺ににょきにょき生えてるしな、宝箱。はは、マジで意味分かんねーや。
「あーもう、わかった! 納得できないけど納得するわ! だからこれは……ただの八つ当たりよ!」
「ギギィ!?」
叫びながら立ち上がったティアが、背後の闇に向かって剣を振るう。するとそこには天井からこっちに飛びかかろうとしていた大きな蜘蛛の姿があった。
「蜘蛛の魔獣……デランスパイダーか。ルナリーティア、よく気づいたな?」
「そりゃちゃんと警戒はしてたもの! っていうか、ゴウさんは気づかなかったの?」
「む……すまん。俺はそういうのはあんまり得意じゃないんだ。地上を歩く敵ならもう少しわかると思うんだが」
「あー、確かに頭上の警戒ってのは難しいですからね。偉いぞティア」
「まあね!」
当然俺も気づいていたが、そんなこと言う意味もない。ポンとハイタッチをする俺達をそのままに、しかしゴウが表情を険しくする。
「ゴウさん? 何か気になることでもありました?」
「うむ、今のデランスパイダーは、成体と言うにはやや小さかった気がしてな。となると……」
「ひょっとして、近くに大きな巣がある?」
「その可能性がある。これは脇道も含めて確実に洞窟全体を調査する必要がありそうだな」
その発言に、俺達は改めて気を引き締める。その後は更に注意深く主道と脇道をつぶさに調べていくが、どういうわけか行きには魔獣に遭遇せず、突き当たりに到達したりたまにある宝箱を開けたりして来た道を戻ろうとした場合にだけデランスパイダーが数匹襲ってくるというのが続いた。
「これは……嫌な予感がするな」
ゴウの漏らした呟きに、俺もまた気持ちを同じくする。そしてその予想は洞窟の出口付近に辿り着いたところで、あっさりと的中してしまった。
「うわ……」
「こいつはヒデーな」
俺達の目の前にいたのは、ここを占拠していた巨大なトカゲの魔獣……ではなく、そいつに糸をぐるぐると巻き付けた巨大なデランスパイダーと、その周囲にこれでもかと産み付けられた大量の卵。
「事前情報とここまで状況が変わるとは……二人とも大丈夫か?」
「問題ない」
「大丈夫よ」
俺達の本来の討伐対象は哀れ餌と成り果てて、立ち塞がるのは巨大な蜘蛛。だが倒す対象が変わっただけで、倒さなければならないという状況は変わらない。
ならば臆することなどない。俺は「夜明けの剣」を抜いて構え、ティアもまた「銀霊の剣」を抜いて精霊魔法の詠唱を始める。
「炎を宿して渦巻くは赤く輝く夕日せきじつの槍、鈍の光を纏めて貫く一対四指の精霊の腕! 貫き引き裂き燃やして絶やせ! ルナリーティアの名の下に、顕現せよ『ヴォルガニック・ランサー』!」
詠唱を終えたティアの背後に、二本の炎の槍が出現する。それと同時に俺とゴウがデランスパイダーの方へと駆け出すと、デランスパイダーは俺達に向かって糸を吐きかけてきて……だがその白いネバネバがまとわりつくより早く、背後から飛んできた炎の槍が悉くを焼き尽くしていく。
「甘いぜ蜘蛛野郎!」
「フンッ!」
「ギギギギギィィィィ!?」
俺とゴウの一撃が、デランスパイダーの前足を一本ずつ切り飛ばす。追撃のチャンスではあったが本能に従い背後に飛び退くと、俺達がたった今までいた場所に子蜘蛛の群れがワサワサと襲いかかってくる。
「うっわ、気持ち悪っ! あれに囓られるのは勘弁だぜ」
「……なあエド、いいか?」
「ん? 何ですか?」
「卵を産むのだから、野郎ではなく雌なのではないか?」
「……あ、はい。そっすね」
驚異的にどうでもいいゴウの言葉を聞き流しながら、俺は次なる一手をどうするか考えつつ剣を構え直した。




