全く違う常識よりも、微妙に違う常識の方が受け入れづらい
「壺と箪笥の中身を接収!? 何それ!? 何のためにそんな特権があるの!?」
「偉い人の考えていることなど俺にはわからん。俺はただその特権を与えられたから忠実に実行しているだけだ」
驚愕するティアの言葉に、ゴウは平然とそう答えて隣の部屋に移動していく。無論俺達も着いていくわけだが、そんな俺にティアが縋るような目をして声をかけてくる。
「ねえエド、どういうこと!? 何で壺と箪笥なの!?」
「いや、俺に言われたってわかんねーよ。無理に類推するなら、勇者に渡す支度金が少ない代わりの補填とかか?」
「支度金? どのくらいだったの?」
こちらは子供部屋と思われる小さな箪笥を漁るゴウにティアが声をかけると、ゴウは振り返ることなく平然と答える。
「銅貨五〇枚と細長い丈夫な棒だ」
「何で!? ゴウさんって勇者なんでしょ!? 何で勇者を送り出すのに一晩宿に泊まることすらできない小銭と棒なの!?」
「さっきも言ったが、偉い人の考えることなど俺にはわからん。それだけだと言われたからそれを受け取っただけだ。まあその後自腹で装備は調えたがな」
「意味がわからないわ! 何で勇者を支援しないのに、変な特権だけ与えるの!? ねえエド、この国の王様は絶対おかしいわ!」
「おいおい、昼間っから公然と王族批判なんて止めとけって」
叫ぶティアを、俺は苦笑しながらまぁまぁとなだめる。よほど治安の悪い国でもなければ酔っ払いが王様の悪口を言った程度でいちいち捕まったりはしないが、それでも権力者……とりわけ王様の批判なんてのは口にするものじゃない。
勿論そんなことはティアだってわかっているはずだが、それでもティアが納得するにはほど遠く……そしてそんなティアを、箪笥を漁り終えたゴウが訝しげな表情で見る。
「ほら、そんな考えてもわからんことをいつまでも騒ぐな。さあ、この家は漁り終えた。次に行くぞ」
「まだ行くの!?」
「当然だ。家はまだまだ沢山あるからな」
「……………………」
無言でパクパクと口を動かすティアをそのままに、ゴウが民家を後にする。その後も更にいくつかの民家に侵入して壺と箪笥を漁り、しなびた薬草や数枚の銅貨を手に入れたゴウは、それで満足したのか次は町の鍛冶屋へと入っていった。
「いらっしゃい」
「……………………」
店員のオッサンの挨拶に応えず、ゴウはジロジロと鍛冶屋の中を見回し、奥にある鍛冶場に無断で入り込むとそこにあった壺を割り始める。
パリーン!
「ああ、また割ってる……あれ?」
その様子を疲れた目で見ていたティアだったが、不意にゴウが割らない壺があることに気づいて、その背中に話しかけた。
「ねえゴウさん。そっちのそれは割らないの?」
「む? どれだ?」
「だからそれよ、それ」
ティアが指さす先には、大小様々な大きさの壺がある。が、それを一瞥したゴウはすぐに視線をそらしてしまう。
「ああ、それは壺じゃなくて瓶だから駄目だ。この大きさの壺以外は壺じゃないから割っては駄目なんだ」
「えぇ……?」
「そんな目で見るなよ。俺だって何でも知ってるわけじゃねーんだぞ」
訴えかけてくるティアの眼差しに、俺は言葉を濁して視線をそらす。本気で調べたわけじゃないが、こんな決まりがある理由なんて俺にもさっぱりわからない。そしてそんな言葉を交わしている間にもゴウはめぼしい壺を割り終え、改めて店先に戻って店主に声をかけた。
「すまない、こいつを研いで欲しいんだが」
「普通に話すの!?」
背中に背負った大剣を抜いて渡すゴウに、ティアが突っ込む。
「あいよ。あー、こりゃ随分使い込んでるな」
「普通に対応するの!?!?」
それを受け取って状態を確認した店員に、ティアがまた突っ込む。
「料金は銀貨三枚ってところだが、どうする?」
「わかった」
「普通に払うの!?!?!?」
チャリンと銀貨を支払ったゴウに、ティアが更に突っ込む。
「おいルナリーティア。さっきからうるさいぞ」
「だって! 人の家に勝手に入って壺を壊して箪笥を漁るのに、剣を研ぐのにお金をちゃんと払うの!?」
「? 仕事を依頼してるんだから、金を払うのは当然だろう?」
心底不思議そうな表情で首を傾げるゴウから視線を外し、ティアは店員の方にも声をかける。
「貴方もそうよ! 勝手に店の奥に入って壺を割りまくった人の仕事を、何で平然と受けてるのよ!?」
「そう言われても、仕事は仕事だからなぁ。ああ、それと割られた壺は申請すると補助金が出るから、それで買い直すんだよ。ま、簡単に壊れちまうような安物だから面倒だって言わない奴の方が多いけどな」
「補助金!? あぅぅぅぅ……ごめんエド、私もう限界……」
「よしよし、宿に行ったらいくらでも話を聞いてやるから、もうちょっとだけ頑張ってくれな」
涙目でその場にしゃがみ込んでしまったティアに、俺は頭を撫でてそう声をかける。その間にもゴウと店員のやりとりは終わり、俺達は何事も無く店を後にした。
「さあ、次は雑貨屋に行くぞ。物資の補給と、さっき手に入れたえっちな下着の買い取りもしてもらわないといけないからな」
「……………………」
「ティア、心を強く保つんだ。大丈夫、お前はおかしくなってないぞ」
死んだ魚のような目をするティアを鼓舞しつつ、俺達は雑貨屋へ足を踏み入れる。無論そこでもゴウは当然の顔をして壺を割り箪笥を漁り、中にあったものを鞄の中へとしまい込んでから店員に声をかける。
「まず買い取りを頼みたい。えっちな下着と薬草と……あとこの回復薬だ」
「ちょっ、それ! それ今そこの箪笥から取ったやつ!」
「わかりました。えーっと、全部で……」
「買い取るの!?」
平然と商談が始まったところで、ティアがこらえきれなくなって店員の肩をガッシリ掴んでガクガク揺らしながら話しかける。
「そこよ! この店の箪笥に入ってた回復薬よ!? 貴方だって見てたっていうか、自分のお店の商品でしょ!? それを買い取るの!?」
「ちょ、ちょっとお客さん、乱暴はやめてください。そりゃ買い取りますよ、仕事ですから」
「いやでも、そしたらその買い取った回復薬をお店の棚にしまったら、またゴウさんが拾って売るかも知れないのよ!?」
「? 何を言ってるんだルナリーティア。商品棚から品物を取ったりしたら泥棒じゃないか。そんなことするわけないだろう?」
「そうですよ。それに損失分は役所に届け出ると補助金が出ますから、別に損はしないですし」
「…………う、う、うわぁぁぁぁぁぁん! エドぉぉぉ、私もうやだぁ!」
当然の顔をした二人の言葉に、ティアが泣きながら俺に抱きついてきた。どうやら遂に限界を超えてしまったらしい。
「よーしよしよし。大丈夫、大丈夫だぞティア。すみませんゴウさん、ちょっとティアを休ませたいので、先に宿に戻ってもいいでしょうか?」
「構わないぞ。俺が泊まってるのは『三つ角の羊』という宿だ」
「わかりました。じゃあまた後で……ほらティア、行くぞ」
「うぇぇぇぇぇぇぇん」
子供のように泣き続けるティアの背中をさすりながら、俺はゴウと別れて宿に向かう。宿の店員にジロジロと見られたが、この際そんな事を気にする余裕はない。
「ひっく……ぐず……何で。私おかしくないのに……」
「そうだな。ティアはおかしくないな。おかしいのはこの世界の決まりだな」
「そうよね……私変じゃないわよね……?」
「ああ、変じゃないぞ。てか俺も最初にここに来たときはどうしようかと思ったしな」
「……エドはどうしたの?」
ガッシリと俺に抱きついたままのティアが、涙目のまま俺の顔を見上げてくる。
「どうもしなかった。適当に話を合わせてた感じだな。ほら、キャナルのいた世界だって随分法律とか常識が違っただろ? だからここもそういうもんだって割り切ったんだよ。
実際あの場にいた奴らは誰もゴウさんを怒ったりしてなかったろ? 出る損失は補填されてるみてーだし、ならそういうものだって納得……は難しくても、とにかく受け入れちまえばいいと思うぞ」
世界が変われば常識も変わる。なまじ自分の知ってるような世界だけに、そこに大きな違いがあるとなかなか受け入れづらいもんだが、ぶっちゃけ誰も不幸になってないって言うなら気にしないのが一番だ。
「…………私、世の理不尽をここまで強く感じたのは生まれて初めてだわ」
「奇遇だな、俺も似たようなもんだったよ」
ようやく落ち着いたティアの顔に、俺もまた苦笑いを浮かべて答えるのだった。




