しなければならないことなどない。自分がどうしたいかだ
俺は勇者ではないので、俺の攻撃は本来魔王には大した効果がない。だが俺の振るう「夜明けの剣」はまごうこと無く勇者の剣であり、魔王の防御……黒いもやを貫くことができる。
ならばこそ俺の剣はジョンの頬をかすめるように突き出され、その背後に迫っていたナニカにずっぷりと刺さる。
「ガ……ギ…………」
剣が貫いた場所からバチバチと火花が散り、何も無かった場所に子供くらいの大きさのゴーレムが姿を現す。そいつが突き刺さったままの剣を思い切り振ってやると、剣先からすっぽ抜けて床に叩きつけられたゴーレムはそのまま全身から煙を噴いて動かなくなった。
「こ、れは……!?」
「おいおい、こんなやつにつけられるとか、ちょっと気を抜きすぎだろ。てか、何だこれ? 透明なゴーレム?」
「要人警護用のゴーレムです。違法改造して暗殺用にしてあるようですが……まさかこれが私を……?」
「俺やキャナルの情報が書き換えられてるってんなら、そりゃ狙われるのはジョンしかいねーだろ。まったく、つまんねーこと考えてたせいで油断したか?」
「そのようですね。申し訳ありません」
軽く言う俺に、ジョンがしょんぼりと肩を落とす。ただそれが自分の顔なのが微妙にウザい。
「なあジョン? 何て言うかその……元? 元でいいのかわかんねーけど、とりあえずジョンの顔に戻ってくれねーか? 自分の顔をした奴と話すってのは、どうも落ち着かねーんだよ」
「そうですか? わかりました」
俺の言葉に、ジョンの顔が元のジョン・D・ジョーンズの顔に戻る。これはこれで他人の顔なんだろうが、本物のジョンとは出会う予定もないのでとりあえずいいだろう。
「では、改めて最後のイベントですが――」
「だからそれは必要ねーって言ったろ?」
「……それは、頼りない私など今すぐに倒してしまいたいということですか?」
「ちげーよ! あんたを倒さなくてもいいって言ってんだよ」
俺の言葉に、ジョンが思いきり眉根を寄せる。
「つまり、私を見逃すと?」
「平たく言えばそうなるのか? 確かに流れで各世界の魔王を倒して力を集めてみようってことになったけど、俺は別に全部の力を取り戻して復活したいとか考えてるわけじゃねーからな」
そう、俺は別に魔王エンドロールとして復活したいなんて思っていない。というか、既に回収が失敗してる世界が幾つもあるので、そもそも三周目に突入しなければ完全復活はできないのだ。
「俺が魔王を倒してるのは、俺の力っていうよそ者がその世界を滅茶苦茶にしてるからだ。でもあんたは違うだろ? 八〇〇〇年って時をかけて、あんたはよそ者じゃなくこの世界の住人になった。ならもう俺がどうこうする理由もねーよ」
「……それでいいのですか?」
「いいも悪いもねーよ。それに……」
「それに?」
「……ハッ、何でもねーよ。強いて言うなら俺が、俺こそが本物の魔王エンドロールだ! どんな風に幕を引くか決めるのは俺だけの特権で、俺が終わらせないって決めたんだから、後は好きにすりゃいいってだけさ」
そう言って、俺は手すりから離れて階段の方へ歩き出す。背後に立っているジョンの顔は、俺にはもう見えない。
「…………ありがとうございます」
だからそんな小さな呟きに、俺はヒラヒラと手を振ってその場を後にした。
そんな事があってから、俺達はまた日常に戻った。相変わらず猫を探したり素行調査をしたりしつつ、相変わらず意味のわからない理由でキャナルが事件に巻き込まれ、誘拐された大統領……世襲制じゃない王様みたいなものらしい……の娘を助けたり、町中に仕掛けられた爆弾を解除したり、水面下で潜伏し続けていた真魔王軍なる組織を叩き潰したりとしていると、あっという間に一年ほどの歳月が流れていく。
そうして季節が巡り、新たな何かが始まろうとする頃。俺達は遂にキャナルに別れを切り出した。
「本当に帰っちゃうの? アタシ達いい仲間だと思ってたのに……」
「無茶を言うものじゃありませんよキャナル。彼らには彼らの事情があるのですから」
「ま、そういうこった。どうも今のままじゃ魔王は倒せないっぽいからな」
早朝の事務所ビル前。寂しそうな顔をするキャナルを前に、俺は苦笑しながらそう言う。勿論魔王ってのは目の前にいる本物じゃなく、S・E・E・D事件の首謀者だ。こいつが一番それっぽかったので、キャナルにはとりあえずそいつが魔王だと説明してあるのだ。
「とは言え、その辺はジョンが何とかしてくれるらしいからな。その目処が立ったからこそ、俺達は帰るんだ。だろ?」
「ええ。敵は強大ですが、S・E・E・Dは私としても見逃せないですからね。まだ時間はかかるでしょうが、必ず」
「アタシも! アタシもできるだけ協力するから!」
「私としては大人しくしていてくれるのが一番助かるんですが……キャナルなら絶対自分から関わってきますからね。邪魔にならないようにだけしてくれれば十分です」
「またジョンはそう言う! アタシだって成長してるんだから大丈夫よ! エージェント資格の九級だって取ったし!」
「ははは……」
得意げに胸を反らすキャナルに対し、ジョンはあえて視線をそらして乾いた笑い声をあげる。なおエージェント資格ってのは武器を所持するために必要なものだが、九級は納税義務を果たしている成人なら誰でも取れる。つまりそういうことだ。
「頑張ってねキャナル。でもあんまり危ないことしちゃ駄目よ?」
「ありがとうティアちゃん。別にアタシが危険なことを望んでるわけじゃないんだけどねぇ」
ティアが差し出した右手を、キャナルがガッシリと掴む。ふむ、ならば……
「じゃあなジョン。頑張れよ」
「エド……?」
ティアに習って右手を伸ばした俺に、ジョンは戸惑いの表情を浮かべる。だが俺はそれを意に介さず、強引にジョンの手を取って握手する。
「ぐっ……ふぅ、これで俺達は繋がった。そっちはどうだ?」
「え、ええ。繋がりを感じます……ですが、何故? 私を取り込まないのなら、貴方が一方的に弱体化するだけでは?」
「へっ、このくらい大したことねーさ。それにこうして繋がっときゃ、俺達はいつだって俺になれる。
もしあんたがこの先生きることに飽きたり、世界に絶望したりしたら、その時は俺がきっちり回収してやる。だからジョン、今を思い切り楽しめ。あんたは俺だが、あんたはあんただ。いつか全てが終わるその日まで……思うままに生きろ、ジョン・D・ジョーンズ!」
「……約束します。我が魂に賭けて」
ガッシリと握りあった手から、熱い何かが俺の中に流れ込んでくる。俺の一部でありながら、俺のものではない力。これこそがきっと、ジョンが八〇〇〇年かけて手に入れたジョンという個である証……魂の輝きだ。
「それじゃエド、ティア。貴方達二人を、キャロライン探偵事務所の暫定職員から解雇します! 別の世界に行っても、アタシのこと忘れないでね!」
「勿論忘れないわ! 元気でねキャナル!」
「じゃあな。二人とも仲良くやれよ」
目に涙を浮かべて手を振るキャナルに、俺とティアは笑顔で手を振り返す。が、俺達が「白い世界」に跳ばされるまでには一〇分ほどの時間がかかる。
「…………えっと、まだ帰らないの?」
「あー、うん。向こうに帰るのって、追放されてから一〇分後だから」
「へー、そうなんだ……………………」
感動的な別れを済ませた後の一〇分というのは、割と長い。お互いに気まずい笑みを浮かべつつ立ち尽くしていると、不意にキャナルが声をあげた。
「あ、そうだ! ちょっと待ってて!」
「へ!? おいキャナル!?」
突然走り去ったキャナルを、俺達はその場で見送る。別に追いかけることはできるんだが、人混みでいきなり消えるのは流石にマズい。どうしようかと思っていると、ほどなくしてキャナルが手に白い箱を抱えて走ってくる。
「これ! お気に入りのコーヒー豆と、あとシフォンケーキ! お土産に……きゃっ!?」
「キャナル!?」
盛大にずっこけそうになったキャナルを、瞬時に駆け寄ったジョンが抱き留める。だが白い箱は宙を舞い、俺達が「白い世界」へ転送されるまで後一〇秒……それだけあれば十分だ。
「よっと。ありがとなキャナル! ティア!」
「うん!」
空中で箱をキャッチした俺は、それを素早く「彷徨い人の宝物庫」に入れて着地し、ティアに向かって手を伸ばす。するとティアが俺の手を握り……そして時が訪れる。
『まったく、最後まで慌ただしいですね』
『お互いにな』
世界から消える寸前、同じようなことを視線で語り合った俺とジョンは、何とも言えない苦笑を浮かべるのだった。




