人の夢が儚いならば、魔王の夢は何となるか
「最初はさ、S・E・E・Dだっけ? それを作ってるのが魔王なんじゃないかって思ったんだよ。ほら、来世を無くして世界を破滅に導くって、これ以上無いくらい魔王っぽい行動だしな。でも違った」
何も言わないジョンを前に、俺はゆっくりとそう話しながら右手の上に金属枠を出現させる。俺の意思に従ってそこに映し出されたのは五〇代くらいの壮年の男で、すぐに羅針が町の中央付近を指し示す。
「……それは?」
「S・E・E・Dを作ってる奴って言うか、黒幕か? そういう奴だよ。俺は誰だか知らねーし、キャナルにも見せてない。下手に知らせると今以上の厄介ごとを抱え込むことになるだろうからな」
「正しい判断ですね。今のキャナルがその人物をS・E・E・Dの製造に関わっているなどと知ってしまえば……流石の私でも庇いきれません。彼はクーロンと違って、それこそ表に出るような人物ではありませんので」
「そうなのか? ま、それはいいんだ。問題はこっちさ」
その男の姿が消え、次に俺が指定した人物の姿が改めて金属枠の中に現れる。そこに映し出されたのは、目の前の人物とそっくりの男。ただし羅針は正面ではなく、別の方向を指し示している。
「俺が今探したのは、ジョン・D・ジョーンズの居場所だ。なのにどうしてこの羅針は別の場所を指してるんだろうな?」
「そんなこと私に聞かれても知りませんよ。その魔導具が壊れているだけでは?」
「ハッ、それはねーよ。ってか、こいつは本当に盲点だったぜ。あの日……ビルのいざこざがあった後すぐに調べてなかったら、きっと気づかなかった。
だってそうだろ? 裏で暗躍してる奴がカモフラージュに昼間は普通の生活をしてるとか、当たり前過ぎて疑いもしねぇ。俺が本物のジョンの方に向かおうとしたらあんたが先に割り込んでくれば、それを追求されることもない。
でもあの日、あの時だけは別だ。あんな戦闘の直後なのに、現場とは反対方向の室内でぐーすか寝てるってのは絶対にあり得ない。そして俺の『失せ物狂いの羅針盤』は絶対に壊れないし嘘もつかない。となればあんたは何らかの手段で、自分の存在にこの男の……ジョン・D・ジョーンズって奴の情報を被せてるってわけだ。
っていうか、それが魔王としてのあんたの能力か? クーロンって野郎の目をそらすのも、俺やキャナルの情報を別人に上書きしたんじゃねーか?」
そう、俺の「失せ物狂いの羅針盤」が魔王の位置を特定できなかったのは、魔王という存在にジョンという実在する別人の情報を被せて隠蔽していたからだ。そう考えれば魔王を見つけられない理由に説明がつく。
「……何もかも妄想の範囲内ですね」
「なら確実な証拠があればいいのか? あんまりやりたくねーけど、一瞬でわかるぜ?」
そう言って、俺はジョンに向かって右手を差し出す。魔王を判別するなら、これが一番手っ取り早い。
「握手しようぜ。それで決まりだ」
「……それをしたら自分がどうなるかはわかっておられるので?」
「ハハッ。そりゃそうさ。でもあんた、別に俺をどうこうしたいなんて思ってねーだろ?」
答え合わせを終えた俺は、ニヤリと笑ってジョンに言う。もし俺を取り込んで自分の意識を残したまま魔王になりたいなんて考えていたなら、俺に触れる機会なんて今までいくらでもあった。それをされなかった時点でジョンがそんなことを望んでいないのはわかりきっている。
「なあ、話してくれよ。何を考え、何を望んで今の形になった? どうしてキャナルを……勇者を守ったりしたんだ?」
この世で唯一自分を倒せる存在、勇者。それを守る魔王という何ともちぐはぐな立ち位置にいるジョンに、俺は徐に問いかける。するとジョンは観念したように小さくため息をついてから、自分のことを語り始めた。
「……私がこの世界に降り立ったのは、おおよそ八〇〇〇年前です」
「八〇〇〇年!? そりゃまた……随分と長いな」
「そうですね。当時の私はそれなりに魔王らしい生活をしておりました。世にはびこる魔獣を操って人間を襲わせたり、魔王軍を結成して攻め立てたりもしてみました。
そうすると当然世界に勇者が生まれるわけで、勇者は幾度となく私に戦いを挑んで来て……しかしその全てを私は退けてきました。それが何百回と積み重なり……何というか、飽きてしまったのです」
「飽きた?」
「ええ。魔王であることに飽きてしまったのですよ。時間を経るごとに知能が高まり高度な思考が可能になると、自分の限界が見えてきてしまったのです。
私単独では神の仕掛けた結界をどうすることもできない。単なる力の欠片である私には大幅な成長の余地などなく、本体である貴方に合流することも不可能。できることはそちらから来てくれるのを待つばかりですが……二〇〇〇年待っても何の音沙汰もないとなると、ただ待つのももううんざりしてしまったというか」
「あー、そりゃまあ……何か、悪い」
思わず渋い顔をする俺に、ジョンは軽く笑って首を横に振る。
「フフッ、別に貴方が悪いわけではないでしょう。というか、それもまたあの神の思惑だったのかも知れませんね。とにかく待つのに飽きてしまった私は、いっそ勇者に倒されるのもいいかと思いました。そうすると本体の力は減ってしまいますが、言ってもたかだか一〇〇分の一ですからね。大した影響はないと思ったのです。
でまあ、当時の勇者を探したのですが……こいつがとんでもない愚物でしてね。アレに負けるのは流石に我慢ならないと全力で叩き潰し、次に勇者の力が宿った人物を探したのですが……そこにいたのは五歳になる盲目の少女でした。
勇者というのはある種の才能ですから、必ず強くなるわけではありません。私はその少女を自分を殺すに相応しい存在となるように育て上げようとしたのですが……何というか、その子もまた変わり者でしてね。世界を見てみたいという夢ばかりを語り、最後まで私と戦ってはくれませんでした。
剣を取れば私を殺せるはずなのに、そうすれば英雄として持て囃され、何不自由ない生活を送れるはずだったのに……彼女は見えない目に世界を映すという夢だけを求め、それを叶えること無く死んだのです」
そこで一旦言葉を切ると、ジョンが俺の隣にやってくる。手すりに手をかけ身を乗り出せば、その目が美しい朝の空を見つめる。
「何となく……本当に何となくとしか言えないですが、私はその魂に興味を持ちました。以後その魂が転生する度にそれを見つけ、近く遠く、様々な関わり方をしてみました。
時には敵、時には仲間、時には友、時には師……ああ、幾度かは恋人を演じたこともありましたが、どれも三年は続きませんでしたね。どうもそういう関係は私には無理なようです。
とにかく私は様々な彼、あるいは彼女と出会い、その行く末を見送ることに夢中になるようになりました。どういう理屈なのか毎回先天的な盲目として生まれるため、邪魔になる魔獣を排除し必要の無い魔王軍を解体させて人類の文明を発展させ、三〇〇〇年かけて先天的な盲目が完璧に治せる文明を築かせた。
目が見えるようになった彼、あるいは彼女は更に多くを見ることを望んだため、もっともっと文明を発展させ続け……そして数え切れないほどの輪廻が巡った今。もはや勇者や魔王などという存在が歴史の裏に消え去ってしまったこの時に、彼女……キャナルに再び勇者の因果が巡ってきた。
正直、これが運命だと思いました。ああ、私は遂にここで死ぬのだと、彼女の手にかかって終わるのだと。そしてそれは貴方がやってきたことで確信に変わります。
ええ、そうですよ我が本体たるエド。私は貴方の力の欠片。キャナルに倒され貴方の一部となって消える……それがきっと私の結末なのでしょう」
そう言って、ジョンが俺の方に体を向ける。するとその体がジジッとゆがみ、ジョン・D・ジョーンズの顔が消えて黒いもやが……その奥から俺と同じ顔が出現する。
「キャナルに相応しい最後の舞台を用意します。そこで決着を――」
「いや、その必要はねーよ」
両手を広げて俺を受け入れるような姿勢をとったジョンに対し、俺は腰から「夜明けの剣」を引き抜いて……ジョンに向かってまっすぐに突き刺した。




