俺の事は見逃して欲しい。だが俺はお前を見逃さない
俺が事務所に帰り着くと、そこには既にキャナルが戻っていた。念のために追っ手を警戒してティアに見張りを頼みつつ俺とキャナルは仮眠を取り、それから三日ほどはジッと息を潜めて生活をした。
そして四日目の朝。ただ一度の襲撃もなく、周囲に監視の目もないことをしっかりと確認すると、俺はようやく臨戦状態から意識を緩めた。
「ふぅ、ここまで何も無かったならとりあえず大丈夫だろ。そっちはどうだ?」
「あ、うん。あの爆発自体はニュースになってるけど、地下の配管が老朽化してて、そこから漏れた可燃性のガスが爆発したってことになってるわね」
マギコンとかいう映像の映る箱形の魔導具をいじったキャナルが、調べていた情報を語る。部屋にいながら世界中の情報が集められるとは、この世界は本当に便利で……そして不便だ。なにせこっちの情報もあっという間に伝わるってことだからな。
「がすって、燃える空気のことよね? 地面が硝子になって建物が消滅するくらい凄い爆発をするものが地下を流れてるの?」
「そんなわけないでしょ! っていうか、そこまで細かいことは書いてないから、多分事実は隠蔽して、普通の事故ってことにしたんだと思う。無人の建物だったから死傷者もゼロってなってるし」
「ま、そうだろうなぁ」
渋い顔をするキャナルの言葉に、俺は朝食のパンを囓りながら言う。いくらこの世界の事情に疎いとはいえ、あんなことが日常的に行われているとは考えづらい。明らかに権力者っぽかったクーロンが背後にいるのだから、事件のもみ消しくらいは当然やっているだろう。が……
「そうなると、何で俺達に何もしてこないんだろうな?」
「それは…………」
俺の漏らした呟きに、キャナルが困惑の表情を浮かべる。そう、全てを隠蔽するのなら、何よりもやるべきは俺達の口封じだ。俺とキャナルは顔を見られているのだから、放置されるなんてあり得ない。
だというのにこの三日、俺達には何の危機も迫っていない。瞬きする間に情報が世界を駆け巡る世界でこれほど何もされないというのはあまりにも不自然で、却って俺達の不安を煽ってくる。
「見逃されたって事はないだろうから、泳がされてる? でもアタシ達を泳がせていいことなんて何も無いはずだけど……」
「ああ、それなら大丈夫ですよ」
悩むキャナルの言葉を遮るように、部屋の外から声が聞こえてくる。俺達が視線を向けると、そこにはきちんと鍵を閉めていたはずの窓を開け、スッと室内に降り立つジョンの姿があった。
「ジョン!?」
「誰!? って、この人がジョンさん? 何で窓から入ってきたの?」
「ははは、そこはこだわりというのがあるんですよお嬢さん。貴方とは初対面でしたね。初めまして、私はジョン・D・ジョーンズと申します」
「あ、はい。私はルナリーティアです」
「やっぱり無事だったか。コーヒー飲む?」
「ええ、いただきましょう」
「何でエドがコーヒー出すのよ!? いや、助けてもらってるからコーヒーくらい出すけど!」
わちゃわちゃと騒ぎつつ、俺達は全員テーブルに着く。俺とティアが隣同士で、その正面にキャナルとジョンが隣り合って座っている形だ。
「それでジョン。大丈夫ってのは?」
「ふふ、私の方でちょっと骨を折りましてね。貴方やキャナルに追っ手がかからないようにしたんです」
「そんなことできるの!? 大変だったんじゃ……」
「そりゃ大変でしたけど、そうでもしないと一生狙われ続けるでしょうからね。特にキャナルはクーロンの正体を言い当ててしまいましたから」
「うっ……アタシその時のこと、正直よく覚えてないんだけど……」
思い切り顔をしかめるキャナルに、しかしジョンは呆れたような声で答える。
「それを相手が信じるわけがないでしょう? 一応対処はしましたが、またキャナルがS・E・E・D関連の事件に首を突っ込んだりしたら、今度こそ消されますから気をつけてくださいね」
「わかってるわよ! そもそも何で……アタシはただ猫を探してただけなのに……」
「いいじゃねーかキャナル。夢見てた世界の真実ってのに挑戦するチャンスだぜ?」
「そうだけど、でもそういうのはあくまでも子供の頃の夢っていうか、現実に立ち向かうには危険が大きすぎるっていうか……」
「そう思うなら努力するこったな。立ち向かえる力をつけるのか、立ち向かわない注意力をつけるのかは自由だが、どっちも無いとあっさり詰むぜ?」
「むぅ」
むくれ顔をするキャナルだが、俺の中には確信がある。キャナルは勇者だ。ならきっと今までの偶然も必然であり、これからもその偶然が続く。本人が固く拒否すれば多少は違うだろうが、多分心の奥底ではキャナルは夢を捨てていないんだろう。
「いいじゃない。困ったことがあったらジョンさんに頼ればいいのよ。私がエドを頼るのと同じね」
「お嬢さん、私にこれからもキャナルの尻拭いをしろと? 私だって決して暇ではないのですが……」
何となく落ち込んだようなキャナルにティアが声をかけると、ジョンが軽く眉根を寄せて言う。
「でも今だって、キャナルのことを気にかけてここに来てくれたんでしょ? いいコンビじゃない」
「だな。てかキャナルの力を最大限に引き出せば、ジョンの仕事にも有利に働くんじゃねーか? 幻影越しにちょこっと話しただけで個人を特定するとか相当とんでもないぜ?」
「それは…………」
ニヤリと笑って言う俺に、ジョンがわずかに困り顔を見せる。すると隣でコーヒーを飲んでいたキャナルがカチャリと音を立ててカップを置き、ジョンの方をまっすぐに見つめて言う。
「そうね。今回も助けてもらっちゃったみたいだし、アタシにできることなら協力するわよ?」
「…………わかりました。ならこれからも大人しくしていてください。貴方が余計なトラブルに巻き込まれて、それを助けに行かなくて済む方がよほど私の仕事が楽になりますから」
「むきー! なによそれ! アタシだって好きで巻き込まれてるわけじゃないのにー!」
「もう少しお淑やかにしろと言っているんですよ。その調子では結婚どころか恋人だってできませんよ?」
「アタシは仕事に生きるからいいのよ! フンだ!」
残ったコーヒーを飲み干すと、空になったカップを持ってキャナルが肩を怒らせて調理場の方に消えていく。それを見送るジョンの顔は何とも穏やかで……俺はガリガリと頭を掻いてから声をかける。
「なあジョン。ちょっと二人で話さねーか?」
「貴方とですか? 残念ながら男性と二人きりになる趣味はないのですが……」
「そう言うなって。それとも……俺が肩を掴んで連れて行った方がいいか?」
「ハァ、何とも強引なお誘いですね。仕方ありません」
俺の誘いに、ジョンが小さくため息をついて席を立つ。俺もまたティアに一声かけると、二人でこのビルの屋上まで階段を上っていった。
「うーん、高いところってのは気持ちがいいな! これで周囲がもっと高くなけりゃ最高なんだが……」
周囲にはここより高いビルが何本も建っており、予想よりも眺めは良くない。それでも少しだけ近くなった朝の太陽の日差しは柔らかく、俺は手すりに身を預けながら言う。
「それで、何ですか? 私も暇ではありませんので、用件は手短かにお願いします」
「そう焦るなって。ってか、予想はついてるだろ?」
「何のことでしょう? 修羅場をくぐったとはいえ、私と貴方はほとんど接点もない。貴方の話すことなどわかるはずが――」
「魔王」
俺のその言葉に、しかしジョンは表情を崩すこと無く話を続ける。
「魔王? ああ、そう言えば貴方は魔王とかいう時代錯誤な存在を倒すとキャナルに話していたそうですね。ならば私に魔王を探す手伝いをして欲しいということでしょうか?」
「そうじゃないさ。魔王はもう見つけた」
手すりに背を預け、俺はジョンの方を見つめて言う。
「お前が魔王だ、ジョン・D・ジョーンズ」
時が凍り付いたように動かない俺とジョン。その間をビル風がヒュルリと吹き抜けていった。




