祖は全て泡沫の夢。触れるに能わぬ満開の花
今回は三人称です。ご注意ください
「ううん……?」
「おや、目が覚めましたか」
全く人通りの無い夜の裏道。背中から聞こえたうめき声に、ジョンはわずかに走る速度を落として声をかける。肩口にべったりとよだれが垂れていたが、今更それを気にしたりはしない。
「はれ? じょん?」
「ええ、そうですよ。その様子だと、体に問題はないようですね」
寝ぼけた声を出すキャナルに、ジョンは軽く苦笑して言う。するとキャナルは軽く首を傾げてから、すぐにさっきまでの事を思い出して声をあげた。
「体に問題……っ!? アタシどうして!? っていうかエドは!?」
「彼なら、私達を助けるためにあのビルで敵と戦ってますよ」
「何よそれ!? 大丈夫なの!?」
「どうでしょう? 私の見立てでは平気だと思いますが」
「そう、なの? まあうん。この前も平気だったし、ジョンがそう言うなら……」
ジョンの言葉に、キャナルが少々不安げながらも納得する。ただしキャナルの記憶は銃を持った男に囲まれているところまでしかなかったため、もしエドが戦っているのが軍用のバトルゴーレムだと聞けば、一も二も無く引き返せとジョンの頭をベシベシ叩いたことだろう。
「にしても、何で貴方は毎度毎度、こんな危険な問題に巻き込まれるんですか?」
「そんなのアタシが知りたいわよ! アタシだって好きで巻き込まれてるわけじゃ……ホント何なの!?」
「ははは、それを私に言われても困りますけどね」
表も裏も、世界の全てが知りたい。そんな夢を抱いて探偵という職に就いたキャナルだったが、その実態は浮気調査や猫探し、お店の片付けやペットの散歩など、探偵とは名ばかりの雑用仕事がほぼ全てだった。
だというのに、キャナルは何故かこういう突拍子も無いトラブルに巻き込まれることがある。そこにたまたま居合わせたジョンが普通なら死ぬしか無い状況からキャナルを助け出すのは、これで四回目のことだ。
「とりあえず、その様子なら平気そうですね。私はまだやることがありますので、一人で事務所まで帰れますか?」
完全に足を止め背中からキャナルを下ろすと、下ろされたキャナルは軽く頬を赤らめながらも口を尖らせる。
「当たり前でしょ! ちっちゃい子供じゃないんだから、事務所にくらい帰れるに決まってるじゃない!」
「そうですか。ではここをまっすぐ進んでください。そうすれば見覚えのある通りに出るはずです。では……」
「わかったわ。それじゃ……あの、ジョン?」
「何ですか?」
「助けてくれて……ありがとう」
何とも言いづらそうにモゴモゴとお礼を口にするキャナルに、ジョンは思わず口元が緩みそうになるのを我慢して平然と答える。
「どういたしまして。顔見知りに死なれたら寝覚めが悪いから助けてるだけですしね」
「またジョンはそう言う! ま、その方がジョンらしいけど……じゃあね!」
ニコッと笑顔を見せてから、キャナルが小走りにその場を走り去る。その背後にはこの世界の魔導技術とは根本から異なる力によって存在を完全に隠蔽された使い魔が追従しているのだが、それを知るのは主たるジョンただ一人。
「これでキャナルはいいでしょう。さて……そろそろ出てきては如何ですか?」
「へぇ、気づいてやがったのか?」
ジョンの正面五メートルの場所で不意にチカチカと世界が瞬き、強化外骨格を纏った厳つい男が姿を現す。
「迷彩は完璧だったはずなんだが?」
「フッ、この世に完璧なものなどありませんよ。それより追っ手は貴方一人で良かったのですか? てっきりもう数人は特殊部隊が来ると思っていましたが」
「……テメェ、どこまで掴んでる?」
「さあ? 三年前に表舞台から消えた将軍閣下がこんなところに出張っている理由など、私にはさっぱりわかりませんね」
「ハッ、そうかよ。勲章ぶら下げてふんぞり返る生活なんざ飽き飽きだとこっちに来たが、どうやら正解だったようだな」
金属製の骨組みに体を包み込んだ男が、腰から細い棒を取り出す。すると棒の上に白熱する魔導の刃が出現し、周囲に浮遊する塵や埃がそれに触れてバチバチと音を立てる。
「ボスが褒めてたぜ? 何処をどう探ってもテメェの飼い主がわからねぇってな。だがここで殺せばそれで終わりだ!」
男がジョンに向かって踏み出すと、魔導光学迷彩で浮かべていた二機のドローンから実体弾が放たれる。それをジョンが身をひねってかわすと、そこに男がプラズマブレードで切り込んでくる。
「チッ!」
「おら、避けろ避けろ! ちょっとでも触れりゃ一瞬で消し炭だぜ?」
「なるほど、近接武器もこういうときは強いものですね。これでは彼を馬鹿にできなくなってしまいますよ」
「ハッハー! テメェを斬ったら、次はあの女だ! 脳をグチュグチュかき混ぜて、悶絶させて殺してやるぜぇ!」
「……………………」
「何だ、諦めたか? なら死にやがれ!」
興奮する男とは裏腹に、ジョンの顔からスッと表情が消える。そのまま棒立ちになるジョンに嬉々として斬りかかる男だったが……その表情が驚愕に染まる。
「な、に……!?」
「興ざめだ」
一万度を優に超えるプラズマブレードの刃を、ジョンは素手で掴みとる。そのまま少々力を込めれば、白光する刃がバチっという音を立てて焼失した。
「今日は気分が良かったので遊んでやろうと思ったが……なるほど、そういう下品な輩だったか。ならばこれで終わりだ」
「ふざけんな! 撃て撃て撃て!」
ドローンから撃ち出された銃弾がジョンの背中に降り注ぐが、その全てがジョンの体から立ち上る黒いもやに阻まれて消失する。
「何だそりゃ!? どんな防御機構だ!?」
「お前程度にはわからんよ。これに関する知識だけは、私は与えてこなかったからね」
「はぁ!? ならこれでどうだ!」
つまらなそうな顔をするジョンに、男は腰につけていた高周波振動ナイフを突き刺す。が、それもまた黒いもやに阻まれ、刃先がジョンに届くことはない。
「ステイシスシールド!? 馬鹿な、ジャマー全開の状況でこんな出力が維持できるはずがねぇ!」
「そんな低俗なものではないと言っているだろう? まあいい……」
ジョンの手がスッと伸びると、男の顔を掴む。どういうわけか一切体が動かないことに気づいた男の表情に、ここで初めて恐怖が宿った。
「何だってんだ!? 神経毒? 強化外骨格をハックされた? それとも条約違反の洗脳――」
「黙れ」
ジョンの言葉に、男の口も動かなくなる。大きく見開かれた目だけがギョロギョロと動き回るが、それでこの状況がどうにかなるはずもない。
「なあ将軍。私は人間が好きだ。別に清廉な人間だけではなく、君のように愚かで下品な人間もね。だってそうだろう? 清濁合わさってこその人間だ。そもそも正義だの悪だのは傾いた天秤の左右に名前をつけただけのものだしね」
「……………………」
「だが、彼女に手を出すというのなら別だ。多少のハプニングは楽しめるが、それ以上はいけない。元気に遊ぶ子供が服を泥だらけにするのは笑って許せるし、転んで泣くなら優しく頭を撫でてやろう。ちょっと意地悪する悪友が隣に来たって、ハラハラしながら見守るさ。
だが、明確に傷つけようとする輩は駄目だ。あれは私のもので、私以外が傷つけることを許さない。つまり――」
「……………………っ!?」
「君はこの世界に必要無い。終われ」
ボッと黒い火が灯り、男の体が装備と共に塵となって消えた。それと同時にガシャンという音を立てて飛んでいたドローンが落下し、ジョンが視線を送ればその二機もまた塵となって消える。
「ふぅ。ま、今回はこんなところですかね。向こうもそろそろ終わるようですし」
何事も無かったかのようにそう呟くと、ジョンはチラリとエドが戦っていたビルの方に意識を向ける。このままいけばかなり賑やかなことになりそうで、目立つのはジョンの本意ではない。
ならばこそ、ジョンは夜の闇にその身を溶かす。周囲にとてつもない爆音が響くのは、それからわずか一分後の事であった。




