どれだけ覆い隠しても、真実は決して揺るがない
飾り気の無い簡素な大部屋。壁際の窓と思われる部分には全て分厚い布がかかっており、天井に無数に取り付けられている魔導具が真昼の如き明るさを湛えている。
その部屋の中央には椅子に縛り付けられたキャナルが涙目でこちらを見ており、その左右には黒服を着た男が飛礫を放つ魔導具を構え、更にそれ以外にも同じような黒服の男が何十人とひしめいている。まあそれはいいんだが……
(あれ? 何でキャナルが助けられてねーんだ?)
耳元で聞こえた声からてっきりキャナルの救出が終わったんだと思ってたんだが、どうやらまだ役割分担は有効らしい。チッ、囮をやってやったんだからその間に片付けてくれりゃいいものを。
「んーっ! んーっ!」
猿ぐつわを噛まされたキャナルが必死に何かを訴えかけてくる。そしてそんなキャナルの口から、側に立つ男の一人が猿ぐつわを外した。
「ぷはっ! エドぉぉぉぉぉぉぉ!」
「うおっ!? 落ち着けキャナル。大丈夫だから!」
「これの何処が大丈夫なのよぉ!」
「黙れ!」
「っ!?」
騒ぐキャナルの頭に、魔導具がゴリッと押しつけられる。だったら猿ぐつわを外さなきゃいいだろと思った矢先、室内に置かれていた丸くて平べったい金属板が輝き、その上に半透明の人影が浮かび上がった。
『やあ、よく来てくれたね』
「……誰だ?」
おそらくは幻影魔術。首から上が存在しない椅子に座った男の幻影が、俺の言葉に余裕を示すように足を組み替える。
『私は……そうだね、ゴーストとでも呼んでもらおうか。本来なら君達程度とは同じ場所に存在するはずのない人間なのでね』
「へー、そりゃ大層なご身分で。で、その幽霊様が俺達に何の用だ?」
『それを聞きたいのは私の方だよ。君のお仲間はなかなかに強情でね。部下がどう問いただしても猫を探していただの何も知らないだのとしか答えてくれなかったんだ。
もし一晩経っても誰も接触してこないようならもっと強引な方法で情報を引き出すつもりだったが……その懸念が解決してくれて嬉しいよ。ここまで君が辿り着いたってことは、万が一の可能性として本当に偶然だったという線も消えたしね』
「あー…………」
ゴーストの言葉に、俺は内心で苦笑いする。確かにキャナルが猫探しの果てにこいつらの取引だか何だかを見ちまう可能性はギリギリあり得ても、攫われたキャナルの場所を短時間で正確に特定し、ここまで助けに来られる戦力を投入するのは偶然の産物たり得ない。
要はキャナルを助けに来たことがキャナルが偶然こいつらに接触した可能性を否定してしまったわけだが、かといって助けに来ないわけにもいかないだろう。これまでの経緯を鑑みれば、放っておけば「念のため」と口封じされるのは明らかだ。
『参考までに教えてくれないか? どうやってこの場所を調べ上げたんだい? それだけの情報力……飼い主は誰だ?』
「生憎と敵に手札を見せびらかして自慢する趣味はねーよ。得意げにそんなのを語るのは、勝ちを確信した悪党だけだろ? しかもその後自滅する」
『なるほど、これは手厳しい。だが……そちらは今こそ「破滅する一歩手前」なのでは?』
「……………………」
ゴーストの言葉に、俺は沈黙で答える。すると気を良くしたゴーストが、勝手に言葉を続けてくれる。
『君達は私のことを知らない。が、私は君達の顔を覚えた。以後君達が何処でどんな活動をしていようとも、私にはその情報が筒抜けだ。エージェントとしての活動どころか、日常生活すら私の許可無しでは送れなくなる。ならば――』
「……クーロン」
不意にぽつりと、キャナルが言葉を漏らす。意識しなければ普通に聞き流してしまうようなその呟きに、しかしゴーストの口が止まる。
『何だね?』
「クーロン。貴方、クーロン・C・ケストレルね」
『……何故私がそのような有名人だと? 私と氏の共通点など――』
「わかるわよ」
髪の毛と同じキャナルの赤い瞳から、淡い黄金の炎が漏れ出している。緊張も恐怖も何もかもを忘れているかのように、ただまっすぐに幻影の男……ゴーストを見つめてキャナルが断言する。
「声や幻影のイメージなんてどうとでも調整できるでしょうけど、言葉は違う。貴方の言葉は貴方の意思。たとえ原稿を用意して誰かにそのまま読み上げさせるのだとしても、その言葉には絶対にそれを言った人間の意思が宿る」
『……………………』
「貴方の意思は貴方だけのもの。誤魔化すことも嘘をつくこともできない。だってそれをしてしまえば、貴方は貴方で無くなってしまうから。
貴方は有名人だ。だから何度も貴方の言葉に、意思に触れる機会があった。表も裏も、演説も独り言も関係ない。その全てが貴方の意思であり……だから私は貴方を間違えない。
そうでしょう? クーロン・C・ケストレル」
天に瞬く星の数ほどの情報から、たった一つの真実を導き出す。それは俺が初めて見た、情報の勇者キャナル・B・キャロラインの真価。
永遠にも感じられるような、ほんの数秒の沈黙。それを破ったのは、完全に動きを止めた幻影からの苦々しい声だった。
『…………どうやら私の予想を遙かに超えて、君のお仲間は優秀だったようだ。確実に殺せ』
「やらせるかよっ!」
幻影が消えるのと同時に、キャナルの頭に押しつけられた魔導具の引き金が引かれようとする。だが俺はそれよりも更に早く「追い風の足」で踏み込み、すくい上げるように指と魔導具を切り裂く。
そのまま返す刃で隣にいた男の腕も切り飛ばし、ぐったりしているキャナルを抱いて即座に引き返す。だが出入り口の前には既に他の男達が立ち塞がっており、周囲の男達もこちらに魔導具の先端を向けている。
「殺せっ!」
「チッ!」
同士打ちも関係ないとばかりに飛んでくる金属片に、俺は意識の無いキャナルを抱え込んでその場にうずくまる。「不落の城壁」を発動している俺に敵の攻撃は一切効かないが、かといってキャナルを守りながらではこちらも反撃手段がない。
が、焦ることはない。こっちにはまだ、とっておきの伏せ札がある。
「さっさとやれ! じゃねーとキャナルを放り出すぞ!」
ガシャーン!
俺の叫びに反応して、窓硝子が割れて黒い人影が飛び込んでくる。敵の注意が一瞬それた隙に俺はキャナルから離れ、周囲の敵を切り飛ばしていく。
「なっ!? くそっ、撃て撃て!」
「させませんよ」
敵の攻撃は俺とキャナルに二分され、当然キャナルは無防備になったわけだが……そこにジョンが何かを投げると、キャナルの周囲を薄い黄色の膜が覆う。パンパンと音が鳴っているにも拘わらずキャナルの体が傷ついていないところからみると、あれがあれば遠距離攻撃は無視しても大丈夫なようだ。
「随分と乱暴なやり方ですね。私が助けなかったらどうするつもりだったので?」
「でも助けただろ? それが全てさ!」
ジョンは必ずキャナルを助ける。その確信があったからこそ俺は動いたし、実際そうなった。俺達二人は次々と敵を倒していき……だが不意に天井が崩れ、巨大な金属製のゴーレムが降ってくる。
「うおっ!? おい、これ床崩れねーか!?」
「心配するのはそこですか。まあ確かに同感ですが」
テラテラと輝く金属の巨人を前に、俺とジョンはキャナルを背に構えを取る。出会ったばかりの男との共闘は、どうやらまだ続くようだ。




