無知と間抜けは似て非なるもの、されど結果は同じである
星明かりしか無いような暗闇の中、ビルの正面入り口に男が二人立っている。その様子を物陰から確認した俺に、背後のジョンが声をかけてくる。
「二人ですか……一応確認ですけど、ちゃんと見えてますよね?」
「当たり前だろ」
深い森の中で魔獣を警戒するのに比べれば、整然とした町並みに立つ人間の気配なんて目をつぶっていても感じ取れる。そしてこの状況からして、向こうも同じようなものだろう……つまり暗闇を過信したら足をすくわれるってことだ。
「なら結構。私が左をやりますので、貴方は右をお願いします」
「わかった」
暗いから見えないだろうと高をくくって行動すれば危なかっただろうが、最初から見えている前提で動くなら何の問題もない。俺は角から身を乗り出すと、「追い風の足」を起動して一瞬で男の懐に入り、剣の背で頭を殴り飛ばす。そいつが倒れるのと同時に横にいたもう一人の男もくたっとその場に崩れ落ち、それをジョンが優しく受け止める。
「やりますね」
「そっちもな。ってか、殺しても良かったのか?」
ジョンがそっと地面に転がした男の額には、小さな穴が開いている。明らかに死んでいるその男を前に、しかしジョンは悪びれることもなく答える。
「騒ぎにならないことの方が重要なので、必要ならば。ああでも、その剣で首をはねるなんてのはやめてください。後始末が大変すぎますから」
「ま、一応は気にしとくよ」
どうもこの世界の「穏便」の基準はわかりづらいが、こいつがいいと言うのなら必要ならぶった切ればいいだろう。
ま、とりあえずさしあたっての障害は排除した。後は普通に入って上に登れば――
「おい、待て!」
「ん?」
不意にジョンに呼び止められ、俺はその場で足を止める。だがジョンは酷く顔をしかめており、同時に上から感じる人の気配がざわめき始める。
「馬鹿かお前は!? 何故監視カメラやセンサーを警戒しない!?」
「は? かめらにせんさー?」
「…………ハァ。とにかくたった今、私達がこのビルに潜入したことが相手側にばれた。すぐにでも武装した護衛達が殺到してくることだろう」
「は!? 何でだよ!?」
「お前が下手を打ったからだ! とにかく……事前の取り決め通り、私の足を引っ張ったからには精々囮になってくださいよ」
「お、おい!?」
一方的にそう言い捨てると、ジョンがビルの外へと走り去っていく。そのすぐ後に室内の天井に光が灯り、階段から何人もの男達が降りてくる。
「いたぞ、侵入者だ!」
「見張りは……やられたか。殺すな、無力化して裏を吐かせろ」
「くっそ、何なんだよ! わけわかんねーぞ!」
小さな魔導具らしきものを手に持つ男達を前に、俺は思わず悪態をつく。状況の推移に理解が追いつかないが、こうなってしまえばやることは一つだ。
「まあいいか。囮ってことなら、派手に暴れてみますかね!」
「撃てっ!」
改めて「夜明けの剣」を構える俺の腕や足に、敵の魔導具から放たれたであろう何かがバシバシと当たる。小さいうえに高速で飛来するそれはいくら俺でも防ぎきれるものではないが、「不落の城壁」を展開している今の俺にはそもそも防ぐ必要もない。
「何だ、効かないぞ!?」
「シールドだ! ジャマーグレネードを投げろ!」
無傷な俺に驚いた敵が、俺の足下にいくつかの金属球を転がしてくる。床に転がる拳ほどの大きさの物となると流石に切りづらく、二つは切ったが残りの三つがバチバチと音を立てて炸裂し……しかし何も起こらない。
「ん? 何だ今の?」
「よし、撃て!」
「……駄目です、効果ありません!」
「何故だ!? まさか軍用グレード品だとでも言うのか!?」
「あー……」
俺としては「不落の城壁」で防いだだけなのだが、男達は大混乱に陥っている。今なら簡単に全員切り伏せられそうなんだが……囮って言うからには時間を稼いだ方がいいんだよな? このまま棒立ちでも余裕そうなんだが……
「おうお前等、下がれ!」
悩む俺の前で、ひときわ体のでかい男が仲間を押しのけてやってくる。
「銃弾が効かねーなら、イナーシャル系のフィールドバリアだろ? ガトリングかブラスターでも持ってくりゃ抜けるだろうが、それよりこっちの方が手っ取り早い」
禿げた頭を輝かせ、手に嵌めたナックルダスターをガチンと打ち合わせた男が凶悪な笑みを浮かべる。
「オメーも剣なんて骨董品を振り回してんだ。ならこっちもコイツでぶん殴ってやるぜ!」
「おお、お前はわかりやすくていいな! いいぜ、受けて立つ!」
「潰れろぉ!」
大男が振り落としてくる拳を、俺は「夜明けの剣」の背で切り払う。ガチンという音がして男の腕が跳ね上がったが、即座にもう一つの拳が俺の脇腹に突き刺さる。
「ぐっ……軽いぜ!」
「抜かせ! 次はへし折ってやる!」
脇腹に走るジクジクとした痛みをそのままに、俺はなおも大男と対峙する。こちらの剣は一本だが、敵の拳は二つ。おまけに相手の方が膂力は上となれば、状況はこちらがやや不利。
とは言え、こちらも一方的に負けてばかりじゃない。振り抜かれた拳をかいくぐりお返しとばかりに大男の脇腹に「夜明けの剣」の背を叩き込めば……何!?
「うおりゃあ!」
「チッ、効いてねーのかよ!?」
「へっへっへ、さっきまでとは立場が逆だなぁ」
どうやら普通の服の下に、かなり高性能な鎧を着込んでいるらしい。俺の一撃をものともせず拳を振りかぶってくる大男に、俺は大きく後ろに飛び退かされる。
「さあどうする? テメーの攻撃じゃ俺には通じねーぜ?」
「おいおい、たった一発我慢できたくらいで泣き言か? でかいのは図体だけかよ?」
「言ってろ糞チビがぁ!」
豪風の如く吹き荒れる拳の嵐に、俺は必死に防御しながら反撃を繰り返す。一見すれば一進一退、だがわずかずつ追い詰められていく俺の耳元に、その時小さなささやき声が届いた。
「もういいですよ」
「……そうか」
「諦めたか? なら死ねぇ!」
構えを解いた俺の顔面に、大男の拳が炸裂する。が……
「な、何だ!?」
「悪いな、遊びは終わりだ」
無防備な俺の顔に、二発三発と続けて拳が当たる。だがそれはもう俺を傷つけることなどできない。派手な戦いを演出するために切っていた追放スキルを戻してしまえば、もう俺を止めることなど誰にもできない。
「何で、何で効かねー!? シールドを切り替えた!? お前等、こいつを撃て! 今なら銃が――」
「通じねーよ」
剣を一閃。たったそれだけで居並ぶ男達の腕や足が切り飛ばされる。背後から聞こえるうめき声と漂い始めた強烈な鉄錆の匂いに、さっきまで余裕たっぷりだった大男の顔が恐怖に歪む。
「何だこりゃ!? どういうこった!?」
「わかるだろ? ちょいと時間稼ぎをしてたのさ」
「くっ……そぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
怒り、怯え、世の理不尽。様々な思いを込めた渾身の拳が俺に迫り、俺は今度もそれを剣で切り払う。ただし今回は背ではなく、刃の方でだ。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!? 手が!? 俺の腕がぁぁぁぁぁぁ!?」
「おっと、柔らかすぎて切り過ぎちまったか? ま、あとで治しとけよ。文明の発達した世界に生まれて良かったな」
「ぢ、ぢ、ぢぐじょぉぉぉぉぉぉぉぉ――――っ」
「……まあそれでも、死んだら生き返るのは無理みたいだけどな」
怯えてうずくまるのではなく、なおも向かってくるのなら容赦する理由はない。男の首を跳ね飛ばし、俺は怨嗟の呻きが溢れるその場を後にする。その後は散発的に襲ってくる敵を適当にあしらいながらひたすらに階段を上っていき……そしてようやく辿り着いた目的の部屋。
「……あれ?」
そこでは何故か未だにキャナルが椅子に縛り付けられており、その頭に飛礫を撃ち出す魔導具が押しつけられていた。




