換金できないお宝は、ガラクタよりも価値が無い
チンピラ達に嵌められて殺されかけ、返り討ちにしてジョンと出会い、帰宅して朝まで痛飲する。そんな激動の一日を終えた俺達に待っていたのは……ごく普通の日常だった。
懸念されていたチンピラ達からの報復も、警察とかいう統治機構からの調査もない。最初の数日こそ警戒して行動を控えていたが、これ以上引きこもっていても仕方がないと改めて仕事を受け始め――そして二週間。
「ただいまー」
「あ、お帰りなさいエド。お疲れ様」
「おう、ありがとうティア」
ゴミ掃除……暗喩とかではなく、本当に普通のゴミ掃除だった……の仕事を終えて帰宅した俺を、ティアが温かく出迎えてくれる。そのままどっかりと長椅子に腰を下ろすと、目の前のテーブルに湯気を立てたコーヒーカップが置かれた。
「はい、どーぞ」
「サンキュー」
この世界以外ではまず見かけないこのコーヒーという飲み物も、今では毎日仕事終わりに飲むようになってしまった。苦み走った黒い液体が喉を滑り落ちれば、胃に生まれた灼熱が魂を覚醒させていく。
「ふー……キャナルは?」
「まだ戻ってないわ」
「そっか。あいつの今日の仕事って……」
「猫探しよ」
「……猫探しかぁ」
一体この町では、毎日どれだけの猫が行方不明になるんだろうか? キャナルが語った大仰な怪異の話よりも、ここまで頻繁に猫がいなくなることの方がずっと不思議で仕方がない。
不思議だが、まあ仕事は仕事だ。この町だけで何百万人と住んでいるみたいだし、なら相応に猫もいるんだろう。毎回依頼主も違うしな。
「まあ、猫探しならそのうち帰ってくるだろ。そしたら夜の依頼を確認するから、キャナルが帰ってきたら起こしてくれ。それまで一休みしてる」
「了解。ごゆっくりー」
ティアに一声かけてから、俺はそのまま長椅子に横になって目を閉じる。そうして静かな時が流れ……
「起きて。ねえ起きてエド」
「んあ?」
声をかけられ体を揺すられ、俺は寝ぼけた目をあける。すぐ側にティアの顔があるが、その表情はどうにも優れない。
「どうしたティア? キャナルが帰ってきたのか?」
「違うのエド、逆よ。帰ってこないの」
「帰ってこない?」
むくりと上半身を起こして窓の外を見ると、すっかり夜の帳が降りている。俺が横になったのは昼を少し過ぎた辺りだったから、あれから六時間くらい経っているようだ。
「連絡は?」
「無いわ。だからどうしようかと思って」
「ふむ……」
この世界には、離れていようが簡単に連絡を取れる魔導具が存在する。そんな便利なものがあるというのに予定の時間を大きく過ぎても連絡一つないということは……
「こりゃ何か厄介ごとに巻き込まれたか? 現れろ、『失せ物狂いの羅針盤』」
俺は手の上に「失せ物狂いの羅針盤」を出現させ、キャナルの場所を問う。すると金属枠のなかに映し出されたのは、椅子に縛り付けられ猿ぐつわを噛まされているキャナルの姿。
「はぁ? 何で猫を探してるだけでこんなことになるんだよ!?」
「この前の奴らの仕返しかしら?」
「にしちゃあ随分と間が開いた気がするけど……どっちでもいいさ。俺はちょっとキャナルを助けに行ってくるから、ティアはここを頼む」
「任せて!」
闇に紛れて襲ってくる魔獣のひしめく野営に比べれば、昼の如く明るい堅牢な拠点でチンピラを待ち受けるなんて楽勝だ。何の憂いも残すこと無く俺は事務所を飛び出すと、改めて「失せ物狂いの羅針盤」でキャナルのいる方へと進んでいく。
夜とは言ってもまだまだ宵の口。魔導の光に溢れる通りを目立たないように人混みに紛れて進み、時折薄暗い路地に入っては猫より素早く闇を駆け抜けていく。周囲の建物がどれも尋常では無い高さのため、目的地に向かって直線移動できないのが何とももどかしい。
「チッ、こっちは行き止まりか。ならさっきの曲がり角を……いや、いっそ大通りまで戻るか?」
「おいアンタ、こんなところで何してるんだ?」
灰色の壁と金属製の管に行く手を遮られて俺に、薄汚れた格好をした男が話しかけてくる。
「この辺は俺の縄張りだ。ゴミ漁りなら他に行きな」
「縄張り? ならこの行き止まりの向こうに行く道を知らねーか?」
「この向こう? 再開発地区か? やめとけ。確かにあそこにゃここよりいいゴミが転がってるだろうけど、筋の悪いのが多いから殺されちまうぞ?」
「そいつはいい情報だ。なら追加で行き方も教えてくれると助かるんだが」
言って、俺は腰の鞄から取りだした金貨を一枚男に弾く。だが男はそれを一瞥して俺に投げ返してきた。
「おいおい、金貨だぜ? その辺で換金すりゃ四〇万オーブラくらいにはなるはずだぞ?」
「ハッ! そりゃ換金できればの話だろ? そんなもん持ち込んだら殺されて奪われるだけさ。よこすならこっちにしな」
男は自分の左手首にある水晶をペシペシと叩いてみせる。
「そっちだって奪われないってわけじゃねーだろ?」
「フラグメントから情報を抜き出すなんてどれだけ金がかかるか! 俺達みたいなのから奪うなんてそれこそ大損確定だからこそ、こっちの方が信用できるんだよ。ほれ、情報料! 五〇〇オーブラに負けてやる」
「うっ……」
男の言葉に、俺は思わず顔をしかめる。俺の左手首にも同じ水晶が存在しているが、こいつは「半人前の贋作師」で作った偽物だ。当然内部に情報が書き込まれていたりはしないので、金のやりとりなんてできない。
何か、何かねーか? ほどよい金額で簡単に換金できそうなもの、何か……あ、そうだ。
「記録に残る取引はしたくねーな。こいつならどうだ?」
改めて鞄から取りだしたのは、猫の首輪に取り付けられていた発信器だ。壊れていたからってことでもらったんだが、これも魔導具。こういう場所でなら金になるかと思ったわけだが……それを受け取った男が嬉しそうに目を細める。
「おお、ロイザーニ社のじゃねーか! 状態も悪かねぇ。何処で拾ったんだ?」
「いや、普通に仕事で手に入れたもんだけど……」
「そうか。このレベルのが落ちてる場所があるなら是非行きたかったんだが、そこまでは甘くねーか。いいぜ、教えてやる」
壊れた発信器を懐にしまった男がニヤリと笑うと、裏路地の道をいくつか教えてもらう。それを参考に進んでいくと、ようやくにして俺はキャナルが捕らわれていると思われる建物の側まで辿り着いた。
「この中か」
あの男が再開発地区と言っていただけあって、この辺りの建物は光がついていない。だと言うのにその建物……ビルか? ビルの一部からはわずかな光が漏れ出しており、その向こうには多数の人の気配もある。
さて、後はどうやってその場に行くかだが……
「で? 何であんたがここにいるんだ?」
「それは私の台詞なんですけどねぇ」
俺の隣には、黒衣に身を固めた一八〇センチくらいの細身の男がしゃがんでいる。呆れと警戒の入り交じった視線を向けてくるのは、言わずと知れたジョンだ。
「キャナルがあそこに捕まってる。そっちは?」
「あそこでS・E・E・Dの取引があるはずだったんですよ。改めて問いますが、何故キャナルがそこに?」
「……猫を探してたはずだ」
「……猫、ですか?」
「猫だ。暗喩とかそういうのじゃなく、本当にただ猫を探してたはずだ……しかも昼間っからな」
「それがどうしてあんなことになっているのか……本当に彼女の行動は意味がわかりませんね」
「それに関しては全面的に同意する」
頭を抱えるジョンに、俺は深く頷いてみせる。本当に何故こんなことになっているのかがこれっぽっちもわからない。
「まあ、状況がどうであれ私の仕事は変わりません。そちらもそうでしょう?」
「ああ。ま、お互い上手くやろうぜ?」
「フッ、私の足を引っ張る時は、精々囮になってくださいよ」
「言ってろ」
目的は違えど、取るべき行動はほぼ同じ。俺達は息を潜めてビルの中へと侵入を試みるのだった。




