住んでいる世界が違えば、判断基準も当然変わる
ということで、キャナルの仕事を手伝うようになって二週間。魔獣退治や薬草採取のような他の世界では当たり前の仕事が存在しない代わりに、やたらと素行調査と猫の捜索ばかりが舞い込んでくる……素行調査はともかく、何故そんなに猫がいなくなるのかは全くわからねーが……日々のなか、その日受けたのは珍しくそれらとは毛色の違う依頼だった。
「で? 姉ちゃんは何しに来たわけよ?」
「あのー、ですね。ロータスさんの借金の返済の方をですね、もう少し穏便に待っていただけないかという話なんですけど……」
ビルと呼ばれる巨大な石造りの塔。その一六階に位置する部屋にて強面の男達に囲まれながら、俺の隣でキャナルが必死にそう口にする。
あ、ちなみに俺だけが外に出られるようになったのは、何か致命的なミスをしたときでも追放スキルでどうにかできるのと、手首に「半人前の贋作師」で作った水晶もどきを接着剤で貼り付けるという荒技をこなしたからだ。調べられれば一瞬で偽物だとばれるが、誰もが持っていて当然のものを身につけていることを不審に思うような奴はまずいない。
「あのなぁ姉ちゃん。そんなこと言われて『はいそーですか』ってなるわけないことくらい、姉ちゃんだってわかるだろ? あん?」
「は、はい! そりゃあそうなんですけれども、そこはほら、ロータスさんの誠意を信じて欲しいというか……」
「ふざけんな! 誠意って言うなら借りた金くらいきっちり返せや!」
「ひぃっ!」
背後の若い男から恫喝され、キャナルが思わず肩をすくませる。それを見た正面に座る丸刈りひげ面の凶悪な面相をした男が、若い男を軽く睨んでからキャナルに言葉を続けていく。
「おい、黙ってろ! 悪いな姉ちゃん、ウチの若いのはどうにもこらえ性が無くてなぁ」
「い、いえ! そんなことは……」
「でもよぉ、言ってることは間違ってないだろ? 人に借りたものはきっちり返す。そりゃ人として当たり前のことだ。違うか?」
「違いませんけれども! でもその、利率がちょっと……法的に認められているよりほんのちょっとだけ高いかなーという相談も受けておりまして……」
「ハァ? だから何だ? ウチは金を貸す時にちゃんとその説明もしてるぜ? それに納得して借りてんだから、そんなの関係ねーだろ。
まあいいや。文句があるってんなら、姉ちゃんが代わりに返してくれりゃそれでいい。とりあえず一億でいいぞ」
「いちおっ!? な、何でアタシが!?」
驚愕するキャナルに、しかしひげ面の男は薄い笑みを浮かべて答える。
「何で? 姉ちゃんが来たってことは、ロータスの野郎は俺達に返す金はねーのに、姉ちゃんを雇う金はあったってことだろ? なら姉ちゃんはロータスの代わりに借金を返すつもりがあるからここに来たんじゃねーか。違うか?」
「違うに決まってるじゃないですか! どうしてアタシが――」
「なら何か? テメーは俺達から金を借りた奴から金をもらって、金を返す気も無いのにここに来たってか? それは流石に通らねぇなぁ」
「意味がわからないわ! それにロータスさんの借金は二〇〇万だって――」
「それはお前、つまんねー使いっ走りをよこした罰金ってやつさ。いいから払えや!」
「ひうっ!?」
大きな拳をダンッとテーブルに叩きつけたひげ面の男に、キャナルが再び肩をすくめて怯える。あー、これはもう様子を見る意味もないか。
「いいやキャナル。もう帰ろうぜ」
「え、エド……?」
「おいおい兄ちゃん、どういうつもりだ?」
ドスのきいた声でひげ面の男が俺を睨み付けてくる。が、俺はそんなもの意に介さない。ひげ面の男を完全に無視して、キャナルに向かった話を続ける。
「わかってんだろ? 最初っから嵌められてんだよ。てか何でこんな依頼受けたんだ?」
「そ、それは、最近割のいい依頼をよく回してくれてた人から頼まれたから、断りづらくて……」
「あー、となるとその依頼の段階で仕込まれてたのか?」
「どういうこと?」
「どうもこうもねーよ。こいつら……ロータスって奴どころかその前に依頼を回してくれたって奴まで含めてグルで、最初っからキャナルから金を毟るつもりだったんだ。ダイスレインで一山当てた情報が出回ってんだろうな」
「そんな、何で!?」
またも驚いたキャナルが、キョロキョロと俺と男達の顔を見回す。そんなキャナルを無視して、ひげ面の男はジッと俺の方だけを見つめている。
「兄さん、酷い言いがかりをつけるじゃねーか。そいつはなんかの根拠があって言ってんだろうな?」
「根拠? こんな若い女に一億なんて金を請求してる時点でまともじゃねーだろ。どうやったって回収できねーし、話の持っていき方が無理矢理すぎる。んな雑な理屈で納得する奴なんているわけねーだろ。
だが今のキャナルなら話は別だ。降って湧いた大金に気が大きくなってりゃ、怖い思いをするくらいならその程度は……って払える絶妙な額。まあ一度でも払ったら延々と難癖つけて根こそぎ搾り取られるだろうけどな」
「……それの何処が根拠なんだよ?」
「あー、なら言い換える。テメーの顔が怖いから俺が悪党だと決めた。ということで、伝えることは伝えたからな。ほらキャナル、帰るぞ」
「へっ!? あ、うん」
椅子から立ち上がりキャナルの手を取って振り返ると、唯一の出入り口の前に揃いの黒服を着た若い男二人が立ち塞がる。
「なあ兄さんよぉ、俺もアンタもガキの使いじゃねぇんだ。帰るって言って帰れるほど世の中甘くねぇぞ?」
「そりゃこっちの台詞だ。丸腰の男の一〇人かそこらで、俺を止められるとでも思ってんのか?」
俺のその言葉に、周囲を囲んでいた男達がプッと吹き出す。
「フッ、ハッハッハ! おいおい何だコイツ!? 俺達が丸腰!?」
「まさかそのご立派な剣で戦うとか言うのか!? どんな大道芸だよ!」
「なあ兄ちゃん。俺も若い頃は色々ヤンチャしたけどよぉ……流石にそこまで馬鹿じゃなかったぜ? 姉ちゃん、悪いことは言わねぇから大人しく金払っとけ。それともそのコスプレ野郎とドラマみてぇな大立ち回りでもするのか?」
「エド……」
俺を見下し馬鹿にする男達を前に、キャナルが不安げな視線を向けてくる。キュッと力の入った手をそっと離すと、俺は躊躇うこと無く「夜明けの剣」を抜き放ち、背の部分で目の前の男二人を殴り飛ばす。
「ぐげっ!?」
「野郎、やりやがった!? おい、お前等――」
それに反応した他の男達も懐に手を入れ何かを取り出そうとしていたが、そんなのろまな動きを待ってやる理由は無い。五メートル四方程度の室内は余すこと無く俺の剣の届く範囲であり、ほんの数秒でひげ面の男以外の全員が床に転がった。
「あー、言い換える。丸腰と変わらない程度の腕しか無い奴らで、俺を止められるとでも思ってんのか?」
「テ、メェ……何者だ?」
「俺か? 俺は――」
「ふむ、実に興味深いですね」
突如、ガシャンと音を立てて部屋の硝子が割られ、中に人が飛び込んでくる。腰まで届く絹のような黒髪をなびかせ、キャナルも着ているスーツという黒服の上から真っ黒な外套を羽織った何とも黒ずくめなその男が、驚いたひげ面の男を壁まで蹴っ飛ばしてから音も無く床に着地する。
「是非ともお聞かせいただきたい。君は一体何者だ?」
「……そいつは、俺の方からも聞きたいところだな」
その男から感じられるのは、床に転がる奴らとは次元の違う圧倒的な強者の気配。キャナルを庇うように構えた俺を押しのけたのは、しかし庇っているはずのキャナルであった。




