確率は同じなのに、数字が並ぶと何故か途端にイカサマ臭くなる
『さあ、今年もダイスレインの時期がやってまいりました! 司会進行は――』
壁際に設置された黒い長方形の箱。その上に映し出された映像の中で、赤と黄色の目が痛くなるような服を着た男がいい調子で話している。ふーむ、この画面の映り方は、俺の「旅の足跡」とちょっと似てる気がするな。
「……………………」
「ねえキャナル、もう少し落ち着いたら?」
革張りの長椅子に座ってその画面を見ている俺達だったが、一人ソワソワと落ち着かないキャナルの様子に、ティアが苦笑して声をかける。
「おち、落ち着いてるわよ! フンッ、どうせ当たりゃしないでしょうし!」
「ははは、そいつは見てのお楽しみだ。さてどうなるかな?」
一周目での俺はキャナルがぼやいた結果を聞いただけなので、この光景を見るのは初めてだ。画面の中では薄く輝く泡のようなものに包まれた大量のダイスがガシャガシャと内部を飛び交っており……お、どうやら動きがあるようだ。
『さあ、それではまいりましょう! 運命の……ダイスレイン!』
司会の男のかけ声と共に光の泡が弾け、中のダイスが青い光を纏った流星となって床の上に次々と降り注いでいく。その華やかな演出に俺達の視線が釘付けになっていると、何らかの仕掛けで床に落ちたダイスの上面の数字が次々とカウントされ、背景に記録されていく。
「うわー、うわー! すっごく綺麗!」
「だな。こりゃ確かに熱狂するわ」
「当たんない……当たるはず無い……当たるわけが……ブツブツブツ」
『貴方の運命を決めるダイスの目が、今全て決まりました! それでは集計結果をご覧ください』
そうして画面には全てのダイスの出目の合計や、一から六の目が幾つ出たのかが表示されていく。合計の方は覚えていなかったが、出目の方ははっきりと覚えている。一周目のキャナルが「こんなのある!? 絶対仕込みじゃん!」としかめっ面で言っていたその数字は――
『何と! こんなことがあるんでしょうか! 一の目が一一個、二の目が二二個、三の目が三三個、四の目が四四個、五の目が五五個、そして……六の目が六六個! 奇跡! まさに奇跡です!』
酒場でこんな結果が出たら秒で殴り合いの喧嘩になるだろうが、公営ギャンブルなら国家権力に文句を言える存在でもなきゃいちゃもんのつけようもない。まあどんな数字だろうと出る確率は同じなのだからたまたまと言えばたまたまなんだろうが、それにしたって酷い結果だ……っと、それはそれとして。
「どうだキャナル? 当たっただろ?」
「……………………」
「キャナル?」
「あ、あた、あた、当たってる……………………」
ドヤ顔で言う俺の前で、キャナルの体が小刻みに震えている。その手にはギュッと今発表された番号の記された紙切れが握られており、力を入れすぎてくしゃくしゃになったそれをキャナルがそっとテーブルの上に置く。
「おいおい、くしゃくしゃの上に手汗でぐっしょりになってるけど、平気なのかこれ?」
「それは平気よ。購入記録はちゃんとフラグメントに記録されてるから、これは単なる確認用だし……じゃなくて、当たってる? え、本当に当たったの?」
「だからそう言っただろ? で、これいくらになるんだ?」
「そ、そうね。確かに当たったけど、そんな大した金額にはなってないかも知れないし! ふふ、そうよね。こういう数字なら記念に買ってる人なんかもいるだろうから、そこまで高額には……………………きゃふん」
「きゃふん? ってオイ!?」
手首の水晶をちょこちょこいじっていたキャナルが、いきなり変な声を出してその場に倒れ込んだ。程なくして目覚めたキャナルは一切何の反応も示さなくなったり、あるいは幼児のようになったり片言の言葉を話し始めたりしてまともな意思疎通が敵わず……明けて次の日。まだそのままだったらどうしようと思う俺達の前で、むくりと長椅子から起き上がったキャナルがまた手首の水晶をいじってから大きくため息を吐いた。
「……………………夢じゃなかったのね」
「キャナル! よかった、やっと元に戻ったのね!」
「ティアちゃん……ごめんなさい、心配かけちゃったわね」
「いいのよそのくらい。ね、エド?」
「ああ。にしたって一日は長くね?」
「無茶言わないでよ。寝て起きてもまだ残高が変わってないから、ようやくギリギリで現実を受け入れたって言うのに……あれ? お兄ちゃん誰?」
「やめて! これ以上俺達を混乱させないで!」
光の消えた目で再び幼児退行しようとしたキャナルに、俺は全力でノーを返す。即座に調理場に行って濃いめのコーヒーを入れると、ちょっと強引にキャナルの口に流し込んだ。
「あっつ!? 熱! 苦!?」
「目覚めろキャナル! 真の自分を思い出せ!」
「わかった、わかったから! いやでも、こんなの普通に取り乱すわよ? 一体いくら手に入ったと思ってるの!?」
「そう言えばいくらだったんだ?」
一周目と違い、自分が異世界人であることを明かせた俺達は、堂々とキャナルに「知っていて当然の常識」を問うことができた。それによって得られた知識によると、各異世界における銅貨一枚の平均価値がおおよそ一〇〇オーブラらしい。
で、そこから換算すると一〇〇万オーブラの価値があるはずの金貨はキャナルによって四〇万オーブラで換金されたようだが、そこはもう納得しているので問題ない。重要なのはその四〇万オーブラがいくらになったかだが……
「五〇〇億」
「ん?」
「五〇〇億! 五〇〇億オーブラよ!」
「あー、金貨換算で五万枚くらいか? それだけありゃ当分金の心配は必要なさそうだな」
「そうね。美味しいものを思いっきり食べて、お土産を買ってもおつりが来そう」
「何で!? 何で貴方達そんなに落ち着いてるの!?」
暢気に言う俺達に、キャナルが思い切り食ってかかってくる。
「五〇〇億よ!? アタシが一〇〇回死んで生まれ変わっても到底稼げないような大金なのよ!? 貴方達の世界でだって目が飛び出るくらいの大金じゃないの!?」
「まあそりゃそうだけど、所詮はただの金だしなぁ」
「それにほら、お金ってある程度以上になると後はもう細かく気にしなくならない? 普通に生活してたらそんなにお金を使う事って無いし」
確かにある程度までは金があると選択肢が広がるが、今の俺達にとって金で何とかなる程度の問題はぶっちゃけ大した問題じゃない。それにティアの言う通り、普通に暮らす分にはそこまでの金は必要無い……というか、使いようが無い。普通に美味いものを飲み食いしたりする程度じゃ、一日に金貨一枚分を使い切るだけだって大変だろう。
「おかしい、貴方達絶対おかしいわ……それともアタシが小市民なだけ? ううう、胃が痛い……錠剤の買い置きはあったかしら……」
「ま、そう言えるだけの経験を積み重ねてきたってだけさ。で、どうだキャナル? 今度こそ俺の言い分を信じてくれる気になったなら、改めて協力を要請したいんだが」
「うぐっ……まあ確かに、国家権力がアタシを騙そうとしていることに比べれば、貴方達が本当の事を言っている可能性の方が高いんでしょうけど…………でも、協力? ありきたりで善良な一市民であるアタシに何をさせたいわけ?」
上目遣いで俺を見るキャナルに、俺はニヤリと笑って答える。
「そりゃあ勿論……魔王討伐さ」




