再会はいつも予想外のタイミングで訪れる
「よっと」
軽い酩酊感の後、いつものように新たな世界に降り立つ。周囲を見回してみれば、今回もまた軽い森の中だ。
「何か、森の中に出ることが多くない?」
「まあ人目につかない場所ってなると、街道沿いの森ってことになるんじゃね? それともうちのお嬢様は、衆目の前や木箱の中がお望みかな?」
「うっ、それは確かに嫌だけど……」
当時のことを思い出してしょっぱい顔をするティアに笑いつつ、俺は適当に光の強い方へと歩いて行く。するとすぐに森は切れて目の前には綺麗に舗装された街道が……って、こいつは!?
「この道……」
「うわぁ、随分綺麗に整備されてるのね。まるで王様の通り道みたい!」
ティアが驚くのは無理もない。目の前の街道は完全に平らな石のようなものが継ぎ目すら無い状態で敷き詰められており、しかもそれが見える範囲で延々と続いている。
ならばとその道を目で追って行けば、その先にあったのは天を突くような建物が数え切れないほど伸びた、とてつもなく巨大な都市。
「きたきたきたきた! やったぞティア! 大当たりだ!」
「エド!? 大当たりって?」
「ここだよここ! この世界にずっと来たかったんだ!」
あの景色を見間違うはずがない。ここは第〇九二世界……他の異世界から比べて一〇〇〇年は先を行っているんじゃないかと思われる、超高度な魔導文明世界なのだ。
「ここなら他の世界で手に入らないようなものが大量に手に入る! 一粒で四肢欠損すら治す薬や、遠く離れた相手と簡単に話せる通信機、つまみ一つで温度を調整できる鍛冶用の魔導炉や、金さえあれば空を飛ぶ魔導船だって買えるんだ! うぉぉ、どうすっかな? まずは何を買うべきだ? いや、その前にここの通貨を手に入れなきゃだが……」
「ちょっ、落ち着いてエド! まだ町に入ってすらいないのに!」
「お、おぅ、そうだな。すまん」
思わずはしゃいでしまった俺を、ティアが小さな子供を見るような目で見てくる。ぐぅ、いやしかし、今はそんな扱いだって甘んじて受けよう!
「とにかく行こうぜ! ほら、ティア!」
「はいはい。わかったわよ」
苦笑するティアの手をひっつかんで、俺は町の方へと進んでいく。が、町に近づくにつれすぐにそれを思いだし、俺は途中で道を外れて人気のない方へと移動していく。
「? どうしたのエド? 町に入らないの?」
「……今思い出したんだがな。この町に入るには身分証がいるんだよ」
「ああ、確かに大きな町だものね。ならどうするの? 無くしちゃったことにして頼んでみるとか?」
「それがそういうわけにもいかなくてな」
この世界に住む住人には、例外なく市民アイディーというのが振り分けられており、それは左手の手首に埋め込まれた水晶のようなものに登録されている。
体に埋め込まれているのだから無くしたりするようなものじゃないし、そいつがついていなければ市民とは認められない。つまり人として扱ってもらえないということで、当然ながら町に入ることもできない。
無論抜け道はあり、他人からそれを抜き取って移植するとか内容を書き換えるなんてのを生業にしている裏家業の輩はいるらしいが、そいつらだって普通に生活しているんだから当然根城は町の中であり、そもそも町に入れないんじゃ交渉することすらできない。
「うーん……」
眉根を寄せて壁を見上げているティアを横に、俺は腕組みをして考え込む。
俺が一人で町に入るだけなら、実は簡単だ。一周目の時も最終盤であるこの頃であれば十分に強かったため、「不可知の鏡面」で壁を抜けて町に潜り込むことができたし、その後の活動もまあまあ何とかなった。
が、そこにティアを連れ込むとなると話は別だ。当たり前だが俺自身にはこの町に伝手など何も無いので、密入町させてくれるような組織に心当たりなんてねーし、素人が適当に町を歩き回って出会える類いの相手でもない。そんな奴に声をかけてくるのは騙そうとする詐欺師だけだ。
いや、あるいは「失せ物狂いの羅針盤」でそういう奴を探せば見つけられるのか? 上手く立ち回ってこっちの要求を通せれば……
「ねえ、貴方達!」
と、そこで不意に背後から呼びかけられた。振り返った俺は、そこに立っていた人物の姿に驚きで目を見開く。
「っ!?」
「ん? 私達のこと?」
「貴方達しかいないじゃない! そんな変な格好して、こんなところで何してるの?」
「ほえ? 変な格好?」
俺の目の前に立っていたのは、勝ち気そうなつり目をした身長一六五センチくらいの赤毛の女性。ただしその服装は俺達とは大きく違い、男性貴族がダンスを踊る時のようなぴっちりとした濃赤の服を着ている。
「ねえエド、私達って変な格好なの?」
「あー、それは……」
「変に決まってるじゃない! 鎧に剣って、何処かの仮装パーティにでも出席したの? でも、そんな人がその格好のまま町の外にいるのはおかしいわよね?
怪しい、怪しいわ! 事件の匂いがプンプンするわ!」
俺達よりも少し年上に見えるその女性が、訝しげな目で俺達を見つめてくる。ああ、何とも懐かしい。この顔をした彼女に、俺は幾度もトラブルに巻き込まれたものだ。
「……キャナル」
「っ!? 貴方、何でアタシの名前を知ってるわけ!?」
突然その名を呟いた俺に、キャナルがその身を翻す。あからさまな警戒を見せるキャナルに、しかし俺はニンマリと笑顔を浮かべる。
「そりゃ知ってるさ。俺達はあんたに会いに来たんだ」
言って、俺は左手の袖をまくって手首を見せつける。最初は眉をひそめていたキャナルだったが、そこにある事実にがしっと俺の左手を掴んで手首の部分を凝視してきた。
「嘘っ、フラグメントが無い!? ほじくり出してから復元薬で再生した? いえ、フラグメントがなかったら復元薬だって効果を発揮しないはず……まさか、存在しない子供!? 貴方一体何者なの!?」
「おっと、情報はタダじゃないぜ? あんたならそれをよく知ってるだろ?」
「うぐっ!? そ、それは……いくらよ?」
「金は必要無い。ちょいと俺達が町に入る手伝いをして欲しいだけさ。これのせいで入れなくて困ってるんだよ」
ペシペシと自分の手首を叩いてみせる俺に、キャナルはあからさまに顔をしかめる。
「馬鹿言わないで。アタシだって人を密入町させるような伝手なんて無いわよ? あったとしてもやらないし!」
「ははは、そこはもう解決してるんだ。あんたは法を犯す必要も、後ろ暗い輩に借りを作ることもない。ただとある荷物を持って町に入ってもらえればそれでいい」
「……その荷物が違法なんじゃないの?」
「そうじゃねーって。安心してくれ、運んでもらうものはあんたの目の前で鞄に入れる。それでどうだ?」
「そういうことなら……本当に目の前で見せてくれるのよね? 鞄に仕掛けがあるとか、そういうのは……?」
「心配なら鞄も調べてくれていいさ。あんたが協力してくれさえすれば正攻法でいけると思ってるから、俺には嘘をつく理由も騙す理由もない。さあ、どうする? ちょいと重い荷物を運ぶだけで、目の前の謎の答えがわかるんだぜ?」
「ぐぐぐぐぐ……」
挑発的な笑みを浮かべて問う俺に、キャナルは深く考え込む。だが彼女がどんな答えを選ぶかなんて、火を見るより明らかだ。
「わ、わかったわ。協力する! するから、ちゃんと教えるのよ!」
「勿論。よろしくな、キャナル」
この先のことを思えばちょっとだけ気の毒に思わなくもないが、これは正式な取引だ。心の中で軽く謝罪しつつも、俺はキャナルとガッシリと握手するのだった。




