脇役が頑張ったら、主人公でも目立てなくなる
それからの三日間、俺とティアは残された日々を大いに満喫した。絶望的な状況から生還したことで町中は軽くお祭り騒ぎとなっており、俺達もまたガストル達やティアが仲良くなった後衛組の奴らなんかと酒を飲んで騒いだり、約束通りアメリアにお高い店に連れて行ってもらったりして……そうして四日目の朝。人気の無い町の入り口にて、俺達はアメリアからの見送りを受ける。
「すまないな。本来なら町を挙げて送り出したいところなんだが……」
「いやいや、勘弁してくださいよ。そんな勢いで『追放』されるとか、どれだけ大悪人なんですか」
申し訳なさそうな顔をするアメリアに、俺は冗談めかしてそう言って笑う。そう、これはあくまで追放であって、故郷への凱旋ではない。もしも人を集めたりすれば、飛んでくるのは歓声ではなく石ころだろう。
「ふふ、馬鹿なことを。君が本当に追放されると思っている人物が、一体何処にいたんだい?」
「いやまあ、そりゃそうですけどね」
無論、それは建前だ。ガストル達にもこの町を追放されることは話したが、誰一人として深刻そうな顔をする奴などいなかった。傭兵が河岸を変えるなど日常茶飯事だし、そもそも魔王が倒され魔獣の襲撃がなくなったことで、この町に留まり続ける旨味はもう無い。
流石に今の段階では二度と襲撃が来ないとまで考えている奴はほとんどいないが、それでも大物が仕留められたのは事実。ならばここでの稼ぎは減る一方だろうと予測して他の町に旅立とうと様子見しながら検討している傭兵達は多く、ガストル達からするとその流れに俺が一番乗りしたという、その程度の認識なのだろう。
「とはいえ、結果は必要だ。君達を追放したという事実がこれで間違いなく刻まれる。いずれは君達の名誉を回復するために動くが、それまではしばらくのんびりしていてくれたまえ」
「ありがとうございますアメリアさん。まあ派手な表舞台に立つつもりはないんで、多分もう顔を合わせることはないと思いますけど」
「……そうか」
俺の言葉に、アメリアが少しだけ寂しそうな顔をする。そんなアメリアの前に、ずっと大人しくしていたティアが徐に歩み寄ってその手を取った。
「ティア君?」
「せっかく追放されるなら、少しくらい無礼なことをしてもいいかなって。じゃあねアメリア。今までありがとう!」
「……ははっ、貴族にそんな口をきいたら、確かに追放案件だね。ああ、私も楽しかった。ありがとうティア君。君たちのしてくれたことを、私は生涯忘れない。
では、これにて最後だ……エド君、ティア君! 二人をこの防壁都市ドラスドンから追放とする!」
ティアの手を離すと、腰の剣を抜いて天にかざし、アメリアが堂々と宣言する。その姿に一礼すると、俺達は手を取り合ってドラスドンに背を向け歩き出した。
「……どう、エド? 私にはわからないんだけど……」
「ああ、大丈夫だ。あと五分ってところか」
ちょっと早足で道を行き、アメリアからこちらが見えなくなったのを感覚で理解してからダッシュで物陰に隠れると、ティアが俺に確認してきた。今回も一番確実な帰還条件である「勇者パーティで半年以上一緒に過ごす」という条件を満たしていないうえに、俺に至っては二ヶ月も離れたところにいたので、これで帰還できるかは割と微妙だったのだが、どうやら全部上手くいったようだ。
「よかった! っていうか、もし失敗してたらどうするつもりだったの?」
「んー、多分だけど、どっちか片方だけが帰れる場合は、手を繋いでりゃ一緒に帰れると思う。どっちも駄目だった場合は……ここから町にとって返してこっそり内部に潜入し、条件達成まで隠れ住んだ後でアメリアの前に顔を出してもう一回追放してもらうとか?」
「うわ、それは絶対やりたくないわね。せっかくの綺麗なお別れが台無しだし」
「ま、そうならなかったんだからいいだろ」
「お気楽ねぇ」
俺の言葉に、ティアが少しだけ呆れたような表情を見せる。深刻な話にならないのは、魔王を倒しても勇者という存在が失われないと判明しているからだ。仮に片方が取り残されたりしても、とにかく半年一緒に過ごせば帰れるとわかっているのであればどうにでもなる。
そう。互いが無事ならば、生きてさえいればその程度の時間差なんて問題じゃないのだ。俺達は固く手を繋いだまま時を過ごし……そして無事に「白い世界」へと帰還を果たした。
「あー、今回も盛りだくさんだったわね! さ、まずは『勇者顛末録』を確認しましょ!」
「お、やる気だなティア。いいけどさ」
何かを誤魔化すように急ぐティアに、俺は何も言わずに付き合う。
この数日で、俺はどうやって俺を助けてくれたのかを一度だけティアに聞いたことがある。が、上手い具合に……と本人は思っているようだが、正直見え見えのとぼけ方だった……誤魔化されたことで、それ以上は聞いていない。
多分、聞かれたくないことがあるんだろう。なら聞く必要はない。俺はティアを助けたし、ティアは俺を助けてくれた。条件を達成したせいか小指の糸は消えてしまったが、俺達の関係は何も変わらない。
「さて、何が書いてあるのか……」
ならばこそ、俺はティアの望み通りに「勇者顛末録」に手をかける。その内容はアメリアの半生であり、貴族令嬢特有の苦労話などを交えつつ話は進んでいって……そして最後。
――第〇〇九世界『勇者顛末録』 終章 ありきたりな幸福
見事町の防衛を果たした勇者アメリアは、その功績を称えられ上級騎士へと出世し、以後数年にわたって無難に職務をまっとうする。その後は上司の紹介で子爵家の次男と良縁を結んで子を成し、ごく平凡な貴族女性としてその生涯を終えるのであった。
「……えーっと、これはどう、なの? いや、幸せな人生を送ったんだと思うんだけど」
「あー、多分こりゃ俺のせいだな」
輝かしいというにはささやかな、されど普通に幸福だったと思われるアメリアの人生にティアが首を傾げる横で、俺は微妙に渋い顔をする。
「エドのせいって、どういうこと?」
「アメリアの立場とか持ってる才能からすると、アメリアは拠点防御に特化した勇者だったはずなんだよ。だから俺が偵察から無事帰還する、あるいはあれで死んじまった場合、押し寄せてくる魔獣の群れに対してアメリアの勇者の力が覚醒して、ドラスドンは難攻不落になるわけだ。
で、どうやっても落とせないことに業を煮やして直接攻めてきた魔王を、俺が預けてた『勇者の剣』で倒して功績をあげるって感じが本来の歴史の流れだったんじゃねーかな。
でもほら、何でかわかんねーけど俺の中に勇者の力があったせいで、大量の魔獣も魔王も俺が全部倒しちまったから……」
「活躍する機会がなくなって、ごく普通の人生になっちゃったってこと?」
「だと思うぜ。あくまでも予測だけど」
アメリア自身にとって、それが幸福だったか不幸だったかはわからない。が、そういう歴史になってしまったものはどうしようもない。倒した魔王は世界が巡っても二度と復活しないので、未来永劫アメリアが勇者として称えられる世界は存在しなくなってしまったのだから。
「……結果として沢山の人が無事に済んだわけだし、エドを助けないなんてあり得ないけど、もし万が一もう一度会う機会があったら、今度は私達が美味しいものをご馳走してあげたいわね」
「そうだなぁ。その時は異世界の名産品とか手土産にしてもいいかもな」
乗り越えたものは何より大きく、だがそれを口にしないからこそ微妙に締まりのない結末。顔を見合わせ笑い合った俺達の物語は、こうしてまた一つの区切りを以て終わりを告げるのだった。




