勝負に出るなら掛け金をケチってはならない
今後の方針を決めるための方針……という何とも迂遠な結論を出した翌日の仕事終わり。俺は今日も仲間からの誘いを断り、その足でアメリアの姿を探した。
傭兵と違ってかっちりとした金属鎧に身を包んだアメリアの姿は幸いにもすぐに見つかり、俺がその名を呼ぶと足を止めて振り返ってくれる。
「おや、エド君じゃないか。一人とは珍しい。私に何か用かい?」
「はい。ちょっと話したいことというか、相談したいことがありまして……」
「ふむ? いいだろう。じゃあいつもの店でいいかな?」
「ありがとうございます」
もう幾度も食事を共にしているだけあって、アメリアはあっさりと承諾してくれた。そのままそろそろ顔なじみになりつつある店の個室に入ると、俺は昨日ティアにした内容をいくらかはしょってアメリアにも語っていく。
と言うのも、俺の追放スキル、とりわけ「旅の足跡」に関しては絶対に秘密だからだ。簡単に地図が作れるなんて能力を軍の関係者に知られたら、飼い殺しにされるか普通に殺されるかの二択しかない。アメリア個人の良識を疑うつもりはないが、かといって軍の正義の前には無力だろうからな。
「魔獣が増え続ける元凶が近づいてきている、か……確かにそういう考え方もあるのだろうが、エド君はその話をして私に一体何をして欲しいのだ?」
「はい。この町の防衛戦力の可能な限りの拡充をお願いしたいんです」
「そんなことを言われてもな……」
俺の言葉に、アメリアは思い切り眉根を寄せて渋顔で言葉を続ける。
「確かに魔獣の襲撃頻度が高まったことで、この町の防衛には少々人手が足りなくなってきている。我々だってそんなことはわかっているし、可能であれば戦力を集めたいと思ってもいるが……それが口にするほど簡単なことでないことくらい、エド君にだってわかるだろう?」
「それは勿論。集められる分はとっくにここに集まっちゃってるでしょうしね」
金で買える即戦力こと傭兵は、既にこの地に集まりきっている。更に報酬額をつり上げればもう少しくらいは集まるだろうが、逆にそれを危険と感じて離れていく奴もいるだろうから正直微妙なところだ。
かといって国元に残っている正規軍や、地方貴族が抱えているであろう軍隊をこっちに派遣してくれるかと言えば、まあ無理だろう。よほど差し迫った危機がはっきりと目に見えなければ……いや、それはそれで我が身可愛さに出兵を渋られる可能性があるので、どっちにしろそこは期待できない。
最後の手段としては徴兵令というのもあるが、そんなものを出せるのは王族くらいだし、何より農民や商人に剣を持たせたところで魔獣の大軍相手では肉の盾にすらならないだろう。それを戦力と数えるほど俺は間抜けでも鬼畜でもない。
詰まるところは八方塞がり。どうやってもこれ以上防衛戦力を増やすことはできない。俺が出した結論もアメリアと近いが……決定的に違うところが一つある。
「確かに防衛戦力の総数を増やすことは難しいでしょう。なら余所から借りればいいんじゃないですか?」
「借りる!? 一体どこから!?」
「そりゃあ勿論、これから手が余るであろう……他の防壁都市からですよ」
「……? 一体君は何を言ってるんだ?」
ニヤリと笑って言う俺に、アメリアは困惑の表情を浮かべる。が、当然それは想定済みだ。
「さっきも言った通り、魔獣を生み出す元凶がこちらに近づいてきています。つまり他の防壁都市、特にここから遠い防壁都市ほど魔獣の襲撃頻度が下がってるはずなんです。
なので、そこの戦力をこっちに回してもらうのはどうでしょう?」
「待て待て待て! その元凶とやらがこちらに近づいてきているというのは、あくまでもエド君の推論だろ? たった一人の何の裏付けも無い情報で防壁都市の戦力を動かせるわけないじゃないか! 君は私を王族とでも思ってるのか!?」
「まさか。確かに王族でもここに滞在していれば戦力の増強はされるでしょうけど、アメリアさんがそうだとは思いませんよ。
なので俺が求めているのは、そういう決断ができる上層部の人に繋ぎをとってもらうことです」
「…………つまりエド君は、私のエド君に対する信頼に私自身が持つ信頼を上乗せして、私の上官に掛け合いたいというのだな?」
アメリアの目つきが鋭くなり、まっすぐに俺を見つめてくる。だが俺はそれを正面から受け止め、決して目をそらさない。
「確かに私はエド君達とそれなりに親しくなったと思っている。が、アメリア・カールトンの名を貸し出すほどの関係を築けているとは思っていない。田舎の男爵家とはいえ、貴族の名はそう軽いものではないぞ?」
「わかっています。ですから……これを」
言って、俺は自分の腰から「夜明けの剣」を外してテーブルの上に置く。それを手に取り鞘から剣を抜きだしてみたアメリアが、夜明けの如き刀身の輝きに驚愕の表情を浮かべる。
「これは……素晴らしい剣だな。私程度の鑑定眼では、これにどれほどの値がつくかわからないほどだ」
「それをお預けします。ですからどうか、繋ぎをお願いできませんか?」
「……わからないな。これは君にとって大事な剣なのだろう? それを私に預けてまで、どうしてそんなことにこだわる? そこまでする理由は何だ?」
「その剣は俺が師匠から託された、命と同じくらい大事なものです。それを預けるのは俺がアメリアさんを信頼しているからと、アメリアさんからの俺に対する信頼の不足分を埋めるにはそれくらいのものが必要だと判断したからです。
そしてそれだけのことをするのは……俺の目的のためですかね」
「目的? エド君は何を目指しているんだい?」
「元凶の討伐を」
短く、だがはっきりと。そう断言した俺の顔を、アメリアが訝しげに見返してくる。
「君は英雄にでも憧れているのか?」
「はは、そんな大層なもんじゃありませんよ。ただ元凶が倒れれば、もうこの世界に魔獣が溢れることはなくなる。世界から争いが消えることはないにしても、少しばかり理不尽に泣く奴が減って……そうすれば仲間達と美味い酒を飲む機会も増える。
それに何より……今まで俺を支えてくれた人達に誇れる生き方をしたい。ま、そんな感じの自分勝手な理由ですよ」
「ハァ、君は何というか……」
軽く肩をすくめて言う俺に、しかしアメリアの表情から険がとれ、何とも言えない苦笑が浮かぶ。
「わかった。だが私にできるのはあくまでもエド君を紹介し、話を聞いてもらえるような場を設けることだけだ。その後エド君の提案が受け入れられるかはわからないし、場合によっては不敬罪で罰せられることだってあるかも知れない。
その場合よほど理不尽な状況でもなければ私はエド君を助けないし、助けられない。様々な危険を背負って、それでも言葉を伝える……そういう覚悟があるんだね?」
「はい。どうかよろしくお願いします」
俺はスッと席を立ち、その場で深々と頭を下げる。そんな俺の側に人の気配が近寄ってきて、俺の肩にポンとアメリアの手が置かれる。
「まったく、君という奴は……面白い人だとは思っていたが、ここまでどうかしているとはな」
「ははは……それは褒め言葉と受け取っても?」
「好きにしたまえ。さ、それよりそろそろ食事を再開しよう。すっかり料理が冷めてしまっているからね」
「あー、それは……すみません」
「いいさ。というか、これだけ話すなら料理を出すのを待ってもらえば良かったか」
「すみません……本当に申し訳ないです……」
己の気の回らなさに、俺はひたすら謝罪を繰り返す。ぐぅ、こういうときにティアが一緒にいてくれれば……いやいや、そこでティアに頼ったら駄目だろ。あっちはあっちで色々やってもらってるんだし……
「まあ、元がいい料理なのだから、少し冷めたくらいでそこまで味が落ちたりしないさ。エド君と同じだよ」
「は? 俺ですか?」
意味がわからず間抜けな声を出してしまった俺に、席に戻ったアメリアが目の前のパスタにフォークを刺しながら楽しげに笑う。
「そうさ。芯がしっかりしている人間の言葉は、表面をどう取り繕ったって響く。自分のためだと言っていても、結果それが世界を救うなら……人はそれを英雄と呼ぶんだよ」
親愛を感じさせるアメリアの瞳に、俺はばつの悪さを誤魔化す笑みを浮かべることしかできなかった。




