考察の楽しさは答えを知っていても変わらない
「なるほど……どうやらエド君は腕が立つだけでなく、頭の方も良く回るようだね」
「いやぁ、そんな大したものじゃないですよ。あくまでもちょっと思いついただけですし、所詮はこの一週間だけに当てはまることですからね。もっと長い期間ならやっぱり違ってるーなんてのも普通にあるでしょうし」
決してお世辞ではなく、本当に感心したように言うアメリアに、俺は頭を掻きながら言う。俺の方だって謙遜しているわけじゃなく、絶対にそうだという確証なんてないからだ。まあ「失せ物狂いの羅針盤」と「旅の足跡」を組み合わせて調べた結果なので割と確度は高いと思うが、それを説明するのは流石に時期尚早だろう。
「ふふふ、謙遜する事はあるまい。実を言うとエド君のように魔獣の襲撃には法則性があるんじゃないかと調べた者はこれまでに何人もいたのだ。だがどうしても整合性がとれず……そうか、襲撃そのものを更に魔獣の種類毎に分割して、それぞれの単位で時間を計るとは……これは盲点だったな」
「ホント、エドったらよくそんなこと気づいたわよね。私なんか上から魔法をバーって打つだけで、全然気づかなかったわ」
「むしろ俺が『死線』で戦ってたからだろうな。ほら、上からだと団子状になってる的をまとめて吹っ飛ばすだけだけど、『死線』までやってくる魔獣は速力の違いで種類がばらけるだろ? だからそれぞれを個別に分けて考えるってのがふと頭に浮かんだだけさ」
「むぅ、『死線』で戦うことがそんな発見に繋がるとは……これは私も一度くらいは『死線』で戦ってみるべきだろうか?」
真剣な表情で物騒なことを言うアメリアに、俺は思わず眉根を寄せて渋い声を出してしまう。
「いや、やめてくださいよアメリアさん。騎士様が最前線で戦って万が一あったら……なんて思うと気になって仕方ないですから」
「何故だ? 私の生き死には君たちの仕事と何の関係もないだろう?」
俺の言葉に、アメリアが不思議そうに首を傾げる。何とも世間知らず……というか、これは貴族に染まってないと考えるべきか。
「あー……多分ですけど、本当にやろうとしたら何人かの正規兵が傭兵になりすまして護衛任務を与えられると思いますよ? 命の重さが平等なのは意志無き神と知恵無き魔獣にとってだけですから」
寿命や天災、事故などの「運命」は、国王だろうが盗賊だろうが平等に命を奪う。知恵の無い魔獣もまた目の前の命を無差別にむさぼるだけ。だがそれ以外……つまり人間にとって人間の命は平等じゃない。一人殺して一〇〇人助かるなら一人を殺すのが合理的だが、その一人が自分にとって重要であれば一〇〇人の方を殺すのが人間なのだ。
「ハァ、何ともままならぬものだな」
「ええ、まったく」
苦笑するアメリアを前に、俺も同じ顔をしながらグラスを傾ける。上等なはずのワインが若干苦く感じるのは、場の空気的なものだろう。
その後は特に何事も無く食事を終え、俺達は戦いの日々へと戻った。だが俺達の事が気に入ったのか、以後は時々アメリアに食事に誘われるようになった。そして今日もまた、俺達はアメリアと夕食を共にしている。
「度々すまないな。どうも君たちと話をするのは楽しくて、つい声をかけてしまうのだ」
「ははは、俺達は構いませんよ。なあティア?」
「そうね。毎回美味しい食事をご馳走になってるから、多少のやっかみを我慢するくらいの価値はあるもの」
「む……」
何気ないティアの返答に、しかしアメリアが顔をしかめる。
「すまない。ひょっとして私が声をかけることが、君たちにとって迷惑になってしまっているだろうか? だったら断ってもらっても一向に構わないのだが……」
「考えすぎですよ。そりゃ偉い人に取り入ろうと必死に媚びを売ってるなら嫌でしょうけど、仲良くなった相手がたまたま偉い人だったからって文句を言われたって気にしないわ。そんな相手鼻で笑ってあげるだけだもの」
「そうか……少し前から思っていたが、ティア君はアレだな。思ったよりも……その、強いな」
微妙に言葉を選んでいるアメリアに、ティアがニッコリと笑顔を向ける。
「あら、ありがとうございます。でも私はただ自分らしく生きているだけだわ。アメリアさんだってそうでしょう? この町には何人も騎士の人がいるのに、女性はアメリアさんだけだもの」
「そう、だな。私は小さな男爵家の娘でな。家は兄が継いだから、私に待っている未来は適当な下級貴族か、あるいは羽振りのいい商人の家にでも嫁ぐことだったんだが……どうしても自分の力で生きてみたくてな。割と強引に両親の反対を押し切り、騎士になったのだ。
ま、そのせいでいきなり最前線であるこの町に送られたわけだが、それでも今日まで生き延びているのだから……割と好きに生きられているのか?」
「そうですよ! ほら、やっぱりアメリアさんだって強いじゃないですか」
「ははは、そうか強いか……お世辞や皮肉ではなくそんなことを言われたのは初めてだ。ありがとう」
何の打算も無いティアのまっすぐな言葉に、アメリアがはにかんだ笑みを浮かべた。日に焼けた浅黒い肌は貴族の令嬢としては酷いマイナス評価なのだと以前に言っていたことがあるが、その程度でこの愛らしい笑顔を切って捨ててしまうとは、どうやらこの国の貴族連中は人を見る目が無いらしい。
「あー、ほら、それはもういいだろう! それよりも……そうだな。今日は『黒の森』の奥に存在するであろう何かについて話をしようじゃないか!」
「何か、ですか?」
露骨に話題をそらされたが、それを突っ込むほど俺は無粋でも勇者でもない。グラスの酒を軽く一口飲んでから、変わった話題に乗っかっていく。
「そう、何かだ。以前にも話したが、あれだけの数の魔獣が自然に繁殖し続けているなどあり得ない。必ず原因があるはずだが……そこで話題になるのが、その原因が『何か』なのか『誰か』なのかということだ」
「ほほぅ、何かと誰か?」
俺としてはその答えは「誰か」……つまりは魔王だとほぼ確信しているが、この世界の人々がどんな風に考えているのかは興味がある。そんな俺の態度を察して、アメリアがあえて神妙な表情を作って話を続けてくる。
「そうだ。『何か』の方で有力なのは、遙か古代の魔導具により魔獣が複製されているというやつだな。嘘か本当かはわからないが、たった一人の人間を何百、あるいは何千もの人間に増やす技術が大昔には存在していたらしい……何故大昔にそんなものがあったのかはわからんがな」
「あー、何かありそうな感じですね」
どんな世界にも「遙か昔には今は想像もできないような超文明が存在していた」という話があるものだ。普通に考えれば古代に滅びているんだから、現代に繁栄している今の技術の方が優れていると思うんだが、そこは浪漫というやつだろう。
「ちなみに『誰か』の方は、古代に封印された凶悪な魔獣が己の体から無限に眷属を生み出し続けているというのが最有力となっている」
「えぇ、何その古代押し。私達エルフからすると、人間の言う『古代』って普通に記録が残ってたりするから、今ひとつ理解できないわ……」
「そういうこと言うなよティア。浪漫じゃん!」
「そう言われても……」
エルフの平均寿命は三〇〇年ほどなので、五世代も振り返れば一〇〇〇年前の存在になる。そして五世代くらいなら普通に記録が残っているので、人間の感覚では「ずっと昔に滅びた大国の……」なんて話が「お爺ちゃんがそのお爺ちゃんから聞いた話なんだけど……」というスケールに落とし込まれてしまう。確かにそのくらいだと浪漫は感じづらいかも知れない。
「ははは、寿命の違いによる見方の違いというのもまた面白いものだ。で、どうだ? 二人は魔獣の異常繁殖……いや、増殖の原因は、何、あるいは誰、どういうものが原因だと思う?」
「そうですね。俺は『誰か』だと思いますよ」
せっかく話題を振られたので、ここは一つ語ってみよう。そんな俺の言葉に、アメリアは今回もまた興味深そうに俺の顔を見つめてきた。




