情報の大事さを痛感するのは、情報が足りない時である
俺達がこの世界……第〇五五世界にやってきたのは、一週間ほど前のことだ。ここがどんな世界であるかを思い出した俺はティアを引っ張って全力で町に逃げ込み、そこで前線で戦う傭兵として登録した。
その後は最低限の犯罪歴の調査と簡単な実力チェックを経て、実際に戦場に配属されたのが三日前。だが激しい連戦に次ぐ連戦のため俺もティアも疲労が溜まり続けており、最低限の説明以外は泥のように眠るばかりで、そんな日々に多少慣れた今、ようやくゆっくりと話をしているというのが現状である。
「前の時のエドは、どんな感じだったの?」
ということで、食事を続けながらのティアの問いに、俺は天井を仰いで当時のことを思い出す。
「前か……確か暢気に森を歩いてたら背後からとんでもない量の魔獣の気配が迫ってきて、必死こいて逃げてギリギリで町に辿り着いて、そのまま『死線』の連中と一緒に戦って……あとはなし崩し的に戦い続けた、かな?」
「ああ、だからあの時すっごく焦って私の手を引っ張ってたのね。まあすぐに原因はわかったけど」
「ああ、ありゃ無理だ。単純な物量はどうしようもねーよ」
苦笑するティアに、俺は肩をすくめて答える。
あの時は本当に死ぬかと思った。そこそこ強くなってきてはいたけど、あんな大軍とやりあってどうにかなるわけじゃなかったからなぁ。今なら……いや、今でも逃げの一択だな。俺一人なら追放スキルを使えば戦えないことはねーけど、ティアを守りながらってのは絶対に無理だ。うん、数の脅威ってのはどうしようもない。
「ごめん、話がずれちゃったわね。で、魔王を倒す方法だけど……何かいい案は思いついた?」
「うーん……………………」
期待の込められたティアの視線に、しかし俺は食事の手を止めしかめっ面でうなり声をあげることしかできない。
「今言ったばっかりなんだが、物量ってのは個人じゃどうにもできねーんだよ。だからリーエルの時だって連合軍を結成させたわけだし。
でも、この世界じゃ魔王の存在が認知されてねーから、まずはそいつの存在を証明できなきゃどうにもならん。あるいは大軍の指揮権が得られるくらい出世するって手も無いわけじゃねーけど……」
「それは流石に現実的じゃないわよねぇ」
小規模な調査部隊くらいなら、この場所でなら一、二年頑張れば部隊長になれないこともないと思う。が、あの魔獣の大軍を突破するには最低でも数千、できれば万の軍勢がいる。
そんなレベルの軍人になるのはこの世界においての人脈がない俺には無理だ。大軍を独断で指揮する権利って、それこそ国を一つ乗っ取るようなもんだしな。
「今のところ一番可能性が高いのは、俺の『失せ物狂いの羅針盤』の存在を上層部に見せたうえでその性能に納得してもらって、そのうえで軍を出してもらうって案だけど……それもなぁ」
何処の誰ともわからない奴が提示する、本人以外は使えない魔導具。そんなものを信じて失敗すれば国が傾くような人数の国軍を費やすなんてのは正気の沙汰じゃない。むしろ信じない方がまともだし、逆に有用であると信頼された結果様々な勢力に政治的な利用をされたり、そのせいで命を狙われたりする可能性があまりにも高すぎる。
本命の魔王討伐に繋がるまでが遠すぎるうえに、こちらの背負うリスクが大きすぎるため、個人ではなく組織に俺の能力を明かすのは本当に最後の手段なのだ。
「ま、そんなところだから当分は様子見だな。この世界の勇者とももう少しちゃんと接触しておきてーし」
「勇者って、いつも号令をかけてるあの騎士の人よね?」
「ああ、そうだ」
防壁での戦いの際に、俺達の担当区画に号令を下す女性騎士。彼女こそがこの世界の勇者であり……ここでの立場はごく一般的な騎士である。魔王が認知されていないのだから、当然彼女が勇者であるということも誰も知らない。
「勇者ってことは、あの人は強いの?」
「うーん、特別強くはねーはずだ。多分だけど、指揮能力が高いんだと思う。あるいは味方を鼓舞する能力を知らずに発揮してるとかか? どっちにしろ今は目立った感じじゃねーな」
「今はってことは、将来的には違うってこと?」
「多分な」
前の周、俺がここにいた半年の間では、彼女が出世したり大手柄をあげたりということはなかった。そしてその先どうなったかは、当時の俺には知り得ない。勇者であるからには歴史の転換点となるような何かを持っているのは間違いないはずだが、その形まではすぐにわからないこともある。
「……何か、今回のエドは『多分』とか『おそらく』みたいなのが多いのね?」
「はは、悪いな」
俺だって断定できるものならしたいが、わからないことはわからないとしか言えない。それに「追放」されてこの世界を出て行くだけなら、この世界はとても簡単なのだ。傭兵として参加した時点で「勇者パーティ」と認められるし、今の状況であれば適当な理由で立ち去ろうとすればそれで「追放」と認められると思う。
日々が戦いであるために危険度こそ高いが、嫌われないように勇者のご機嫌をとったり、先回りして問題を解決するとかの細かい手を回す必要がない辺り、単純な「追放難易度」は極めて低いというのが俺の見解だ。
実際俺は危なければこっそり追放スキルを使えば怪我すらしねーし、「死線」が破られないなら後衛のティアも安全なわけだからな。
「……ごめん。皮肉を言いたかったわけじゃないの。私だって何の解決策も思いつかないのに。やっぱりちょっと疲れてるのかしら?」
「気にすんなって。実際何も知らずにすんじまうからって、知ろうとしなかった俺が悪い。前の時にもうちょっと情報を集めとけば楽できたんだろうけど、それこそ今更だからな」
傭兵の立場は、当たり前だが低い。流石に使い捨ての消耗品とまでは言わずとも、それに近い扱いを受けるのは「金で依頼を受け、ヤバかったらとっとと逃げる」という傭兵の在り方を考えればむしろ当然だろう。
そしてそんな奴が下手に軍の上層部が何を考えて戦っているのかなんて情報を集めようとすると、悪目立ちして厳重注意……なんて甘い処分にはならない。この世界から出るだけなら必要の無いリスクを前の俺が負うはずもなく、結果としてここでの記憶は「ひたすら戦った」というのがほとんどになってしまった。
「私のせいでもあるけど、そういうこと言わないの! そうよ、未来のことなんてわからないのが普通なんだから、エドの言う通りのんびりやっていきましょ。私も精霊魔法で色々してみるし」
「おう。あ、でも無理はすんなよ? 下手打って追い出されたりしたら、元の世界に帰れなくなっちまうからな」
「りょーかい。でも大丈夫よ。私って意外と魅力的みたいだし?」
パチリとウィンクをしながら、ティアが冗談めかして言う。傭兵にしろ軍人にしろ男の比率が圧倒的に高いため、やや幼く美しいティアの容姿は庇護欲を誘い、快活な性格は多くの人物に好感を抱かれている。
しかしてその中身は一〇〇年以上を生きるエルフなのだから、粗野な男の扱い方など熟知しているだろうし、ティアの実力を考えれば早々どうにかされるとも思わないが……それでもやはり気にはなる。
「本当に無理するなよ?」
「あら、心配してくれるの?」
「当たり前だろ? 同僚の頭を殴って回るくらいならやってもいいが……師匠のところにいた時、ちょいと厄介な目に遭ったんだろ?」
「うっ……そ、そうね。気をつけることにするわ」
ニヤリと笑って言う俺に、ティアがキュッと眉根を寄せて言う。確かに男の比率が圧倒的に高い場所だが、それでも女がいないわけじゃない。そしてそっちに関しては俺が殴って終わりというわけにはいかないのだから、本人に自重してもらうのが一番だ。
「さ、それじゃ明日も魔獣退治だ。やることやったらさっさと寝ようぜ」
「そうね。あー、たまにはお風呂に入りたいわ」
軽く食事の片付けをしてから、ティアが自分の部屋に移動していく。決して安宿というわけではないが、流石に風呂はついていない。それでもティアは精霊魔法で身綺麗にしている方だし、中には汗の匂いがいいって奴も……いや、これは言ったら駄目なやつだな。
さてさて、明日はどんな日になるか? 魔獣を叩き斬るばかりじゃなく、何か実りのある出来事があればいいんだが……なんて妄想を頭に浮かべつつ、身支度を終えた俺は手足を投げ出してベッドに転がり込むのだった。




