口の悪さと性格の悪さは必ずしも一致しない
目の前に押し寄せるのは、雲霞の如き魔獣の大軍。町を守る防壁の上に立つ二〇代中盤と思われる赤毛の女性騎士が、そんな状況に臆することなく剣を振るって指示を出す。
「弓隊、撃てーっ!」
号令に合わせて防壁の上から大量の矢が放たれる。それは魔獣の群れに突き刺さり先頭を進む何百もの魔獣を倒したが、その程度の障害では魔獣の群れの動きは止まらない。死んだ……あるいは死にかけている仲間を踏み潰し、魔獣達は町に迫る。
「次! 魔術師隊、放て!」
その号令に従い、魔獣の群れに炎や雷、風に氷と攻撃魔法の華が咲く。派手な爆音と血しぶきがそこかしこでほとばしり、ようやくにして魔獣達の勢いが衰えた。
だが、衰えただけで止まったわけではない。まず先んじて防壁側までやってきたのは、弓と魔法をかいくぐる素早さのあるウルフ系やボア系の四つ足の魔獣だ。
石の防壁は五メートルの高さを誇り、人間であればはしごでもなければ登れないところだが、魔獣の身体能力があれば話は別。流石に一足飛びでとは言わずとも、わずかな隙間に爪を引っかければ割とあっさり登ってきてしまう。
ならばどうする? 決まってる。それを防ぐためにこそ……俺達がここにいるのだ。
「うおらぁ!」
気合いと共に剣を振るえば、俺の喉笛を食いちぎらんと飛びかかってきたグレイウルフの首が飛ぶ。生臭い口を開けたままの生首が俺の顔の横をすっ飛んでいくが、そんなものをいちいち気にする余裕はない。
「スゥ……ハァッ!」
息を吸いながら剣を戻し、吐き出すと同時に剣を振るう。呼吸と剣撃を連動させ、弧を描くように剣を振るうことで休むことなく敵を切り倒し続けるそれは、単独で大量の敵を相手取る剣士には必須の技能だ。
「おぅ、調子いいじゃねーか新入り! 伊達に死線に志願したわけじゃねーってか?」
「まあな!」
俺から一〇メートルほど離れたところで戦う先輩の軽口に、俺もまた凶悪な笑みを浮かべて答える。他にもこの壁際……最も死にやすく、かつここを超えられると防壁を登られ後衛や町の住人に被害が出ることから「死線」と呼ばれる場所には何十人もの戦士が配置されているが、その誰もがこの状況に適応したように戦いを続けている。
実際、これはこの町の日常だ。西に位置する「黒の森」より押し寄せてくる魔獣の群れ、それを撃退し続けることこそがこの町の存在意義であり、その全てに成功しているからこそこの町は存在している。
防壁都市ドラスドン。この世界に七つある人類と魔獣を分かつ砦、その一つがここであった。
「んじゃま、今日の勝利に乾杯!」
「「「乾杯!」」」
激戦を終えて町の中に戻った俺は、同僚とでも言うべき男達と酒場でジョッキを打ち付け合う。中身は薄いエールだが豪華なことにキンキンに冷やされており、戦いに火照った体には染み渡るように美味い。
「カーッ! たまんねぇな。この一杯の為に生きてるぜ!」
「へっ、ガストルはいっつもそれ言ってるよな」
「おうよ! 俺はお前と違って浮気はしねぇからな。また別の女に手を出したって?」
「うっわ、トマソンお前、また!? 今度は誰だよ!?」
「三つ隣の酒場にいた女給だよ。ほら、あのおっぱいのでっかい……」
「ああ! ってか、だから今日はここで打ち上げなのか。何で俺達までトマソンの巻き添えを食らわなきゃいけねーんだよ。あそこの煮込み美味かったのに……」
「うるせぇ! 俺の聖剣を挟むにはでかい胸が必要なんだよ!」
「性剣の間違いだろ」
テーブルに座る男達からは、口々に馬鹿話がこぼれていく。それは心と体の傷を癒やすためであり、恐怖を拭い去るためであり、生きていることへの感謝であり、明日を戦うための英気を得るため……つまりは絶対に必要なことだ。
となれば俺もそこに加わりたいところだが、そうもいかない理由がある。そしてその理由は、今まさに俺の背後から迫ってきている。
「あら、みんな楽しそうね?」
「おー、嬢ちゃん! おい野郎共、エルフの姫君が我らに勝利の祝福をしに来てくれたぞ!」
「今日の魔法も凄かったぜティアちゃん! こっち来て一緒に飲もうや!」
「ティアちゃーん! エドばっかじゃなくて、たまには俺の相手してくれよー。欲しい物何でも買ってあげちゃうぜ?」
「馬鹿、テメーは娼婦相手の借金を払いきってからそういうことを言いやがれ! それより俺はどうだ? その小ぶりな尻を俺の上で振ってくれるなら、いくらでも――へぐっ!?」
「その臭ぇ口は死ぬまで閉じとけ!」
馬鹿なことを口走る同僚の頭を、俺はちょっと強めに殴りつける。殴られた男が頭を押さえながら恨みがましげな目でこっちを見てくるが、そんなことは知らん。
なお、この一連のやりとりを前に、ティアは苦笑いを浮かべているだけだ。最初のうちこそ余りに遠慮の無い馬鹿の発言に戸惑ったりしていたが、三日も過ごせば良くも悪くも慣れるということだろう。
「で、どうしたティア? 何か用か?」
「うん、ちょっと話したいことがあるんだけど……」
「わかった。じゃ、宿に戻るか」
ティアに答えて、俺はジョッキの中身をぐいっと飲み干してから席を立つ。背後からの囃し立てる声を颯爽と聞き流すと、道すがら適当な料理をいくつか購入し、俺達は宿の部屋へと帰り着いた。
「ふぅ。大丈夫かティア? あいつらも悪い奴らじゃないんだけど、何回言っても口の悪さはどうしようもなくてさ」
「フフッ、いいわよ別に。もう慣れちゃったし、実際悪い感じはしないもの。あ、でも、こっそり私のお尻を触ろうとした人は思いきり蹴っ飛ばしてあげたけど」
「おぉぅ、そいつは怖いな」
悪戯っぽく笑うティアに、俺は大げさに怯えてみせる。それから顔を見合わせ笑い合うと、改めてテーブルの上に並べた料理を食べながら話を始めた。
「それにしても、本当にずーっと魔獣が攻めてきてるのね」
「そうだな」
この城塞都市は、毎日魔獣の襲撃を受けている。日に一回の時もあれば二回、三回と襲われることもあるし、魔獣の種類によっては倒しきれない間に次の襲撃がやってきたりすることもあって、気が休まるときというのは全く無い。
一体どこからこれだけの魔獣が湧いて出てくるのかを調べようとした奴もいたみたいだが、その答えが出たという話を聞いたことはない。ないが……
「これって、やっぱり魔王のせいよね?」
「まあ、そうだろうなぁ」
こんな異常現象など、魔王の力だとしか思えない。が、この世界では魔王の存在が認識されていないので、誰もその答えにはたどり着けない。何か原因があるはずだという話くらいはでているだろうが、逆に言えばそれが現状の限界でもある。
「なら、私達が魔王を倒しちゃえば襲撃もなくなるのかしら?」
「多分な」
ワッフルの世界にいたクロヌリと違って、この世界の魔獣は俺達にしても見慣れた感じの奴らばかりだ。つまり魔王が魔獣そのものを生み出しているというよりは、魔獣に何らかの干渉をして異常に増殖させてるんじゃないかと思われる。
その場合、魔王を倒して防げるのは魔獣が異常増殖することであり、魔獣そのものが消えるというわけじゃない。それでもこれだけの規模の襲撃が頻発することはなくなるはずなので、今よりずっと安全になるのは確実だろう。
「つまり、問題は……」
「ああ。どうやって魔王を倒すかだ」
手にした肉串に豪快にかぶりつき、ジョッキに入れたエール……残念ながら今度のは冷えていない……で飲み下してから、俺は渋顔で言う。
無尽蔵と思われるほどに湧いてくる魔獣の中を突っ切り、その奥にいるであろう魔王を倒す。単純だからこそ難しい難題に、俺は今日も答えが出せずにいた。




