二人いたから二つある。当たり前だが新しい
「……っと、戻ったか。はー、今回は随分と忙しかったなぁ」
無事に「白い世界」へと戻ってきた俺は、大きく息を吐いて気を抜く。とは言え今回は随分とイレギュラーな帰還になってしまったため、何の憂いもないというわけではない。それは俺の隣に立つティアも同じらしく、その表情は微妙に曇っている。
「そうね。せめて里長とアース君にくらいは挨拶したかったけど……」
「気持ちはわかるけど、無理だろ?」
帰還のために与えられる猶予時間は一〇分しかない。単にその場を立ち去るだけというのなら十分ではあるが、今回のような場合ではとてもじゃないが短すぎる。
「もしやるなら、祭りっぽく盛り上がってるであろうアース達を探して腕試し大会に乱入して、そこで一方的に『俺達今すぐ帰ります!』って叫んでから大急ぎで逃げ出すくらいか?」
「それは……何も言わない方がマシね」
「だろ?」
俺達の姿が消えたことは少なからずエルフ達に混乱を招くだろうが、それでも祭りに水を差したうえに更なる混乱の種を蒔いて逃げ出すよりはずっとマシだ。強いて言うなら書き置きくらいは残しても……いや、駄目だな。やっぱり何も言わずに立ち去るのが一番影響が少ない気がする。
「……そうね。考えてもあの世界に戻れるわけじゃないんだし、気持ちを切り替えていきましょ!」
「おう! じゃ、早速読んでみるか」
パンパンと軽く自分の頬を叩いて言うティアに、俺も笑顔で頷きつついつものテーブルの方へと歩いて行く。するとそこには「勇者顛末録」が……?
「あれ?」
「二冊あるわね?」
テーブルの上には、何故か「勇者顛末録」が二冊乗っていた。両方ともぱっと見はほぼ同じだが、上巻と書かれた方は今までの倍近い厚みがあり、逆に下巻と書かれた方は不安になるほどに薄い。
「ふむん? 勇者が二人いたから『勇者顛末録』も二冊ってわけか? そう言われりゃそういうもんだと納得できるけど……まあいいか。じゃ、とりあえず薄い方を読んでみようぜ。俺達がいなくなった後のことも書いてあるかも知れねーし」
「そうね」
どっちがどっちの「勇者顛末録」かなど、考えるまでもない。実際に開かれた本はその厚みのほとんどが表紙で、中身は悲しくなるほどにペラペラだ。
「うわ、ページ数少ねーな!? どれどれ……」
色々と覚悟しながら中を読めば、そもそも始まりが俺が魔王に捕まったところからで、ぶっちゃけ特筆すべき内容は何もない。アース視点で書かれているため当時の心情なんかがちょっとわかったりはしたが、それは顔を見たりその後の会話でわかっていたことなので別段驚きもない。
なのでサクサクと読み進めながらペラリペラリとページをめくっていくと、あっという間に最後の部分に辿り着いてしまった。
――第〇〇八世界『勇者顛末録 下巻』 終章 祖は勇者と共に在り
勇者を鍛え導いた二人の仲間は、その日忽然と姿を消した。勇者エルエアースは同胞と共に里の中のみならず周辺の町にまで捜索の手を伸ばしたが、彼らが出ていったという痕跡を見つけることはついぞできなかった。
ある日突然現れ、勇者を導き精霊樹を救い、使命を終えて消えていく。その在り方に「彼らは我らを助けるために精霊が使わした存在だったのではないか?」という見方が広がるも、当のエルエアースはそれを笑って否定する。
曰く「あの二人はそんな不確かな存在じゃなく、確かに僕と一緒に旅をしたんです。その思い出を夢か幻みたいに扱うのはやめてください」と。
晩年英雄として幾多の伝説を打ち立てたエルエアースだったが、彼が時折語る幼少期の思い出のなかにはいつも件の二人組の名があがり、「あの人達こそ我が生涯の師であり、友である」と言い続けたという。
「あー……まあ、うん。そんな感じだよな」
「そうね。そんな感じよね」
なんとも言えない半笑いを浮かべる俺が、同じような表情をしたティアと顔を見合わせそう口にする。迷惑をかけた申し訳なさはあるものの、ずっと慕ってくれているらしいというのは素直に嬉しい。
それと、魔王が既に倒されているため、アースの勇者としての活動はあの時点で既に終わっており、結果「勇者顛末録」の内容が薄くなったのは本当にどうしようもない。とりあえず俺達をずっと探し続けるみたいな後ろ向きな決断をしていないとわかっただけで十分だ。
「じゃ、次はこっちだな」
「こっちは長老様の本よね?」
「多分な。それじゃ読むぞ……」
アースの「勇者顛末録」をテーブルに置き、俺は改めて分厚い方の「勇者顛末録」を開く。予想通りこちらは長老の三〇〇年以上の人生が詰まっており、俺とティアはそれをゆっくりと読んでいく。
「へー、長老様ってガルガドーレって名前なのか。そういや聞かなかったなぁ」
「異国のお姫様と種族を超えた禁断の愛!? でもお姫様の婚約者が長老様の友人で、愛と友情の狭間で揺れ動きながらも『義』のために単身で黒竜討伐に……エド、次! 早く次のページをめくって!」
「お、おぅ」
魔王こそ登場しないが、それを補って余りある勇者ムーブを繰り返す長老の活動記録にティアが大興奮し、俺もまた興味深く読み進めていく。あらゆる欲求が存在しないのをいいことに無我夢中で分厚い本を読み進み……そして最後。
――第〇〇八世界『勇者顛末録 上巻』 終章 そして世界は続いていく
偉大なる勇者ガルガドーレは、その生涯にて無数の英雄譚を生み出した。だが唯一魔王にだけは手が届かず、志半ばにてその生涯を終えることになる。
最後の時、無念を抱くにはあまりにも歳を取り過ぎた勇者の胸に去来したのは、若かりし日の旅の夢。秘めた想いは伝えることなく、友と去った淡い心。されどそれは運命の荒波に翻弄され、次なる勇者へと繋がっていた。その命が事切れる瞬間、ガルガドーレの脳裏には大事な二人の友の面影が宿る幼い勇者の姿が確かに浮かんだのだ。
彼の眠る庭には、これからも精霊が花を運ぶだろう。一〇〇年後それを引き継いだ勇者の青年は、何も知ることなくただ穏やかにそれを愛でる。
告げずとも、伝えずとも、心は残り志は継がれていく。解放された魂は輝く木を経て世界に還り、いつかまた愛するものの元へと戻るだろう。
命は巡る。想いは巡る。そして世界は続いていく。
「……………………」
全てを読み終えそっと本を閉じると、俺は無言のまま瞑目する。この胸に去来する感情を言葉にするには、俺の人生経験は些か以上に力不足なようだ。
「くすんっ…………」
そんな俺の耳元で、ティアが小さく鼻をすすった。ゆっくり目を開いてみれば、その翡翠色の瞳にたっぷりと涙が溜まっているのが見える。
「何だティア、泣いてるのか?」
「うん。何か色んな気持ちが溢れちゃって……」
「そっか。そうだな」
俺達と長老が関わったのは、時間にしてしまえばまる一日分にすら届かない。だが長老の歩んだ三〇〇余年の人生は、確かに俺達の中にも刻まれた。
「何てーか、頑張ろうって気になるよな」
「そうね。私今すっごく頑張りたい気分! ねえエド、早く次の世界に行きましょ!」
「わかったわかった。んじゃやることやったら次に行きますかね」
俺が二冊の「勇者顛末録」を丁寧に本棚にしまっている間に、ティアは水晶玉に手をかざし、新たな力を得てから扉の方へと走っていく。
「そういや、前回どんな能力を身につけたのか結局聞いてねー気がするんだけど、まだ秘密なのか?」
「あれ、そうだったっけ? まあ必要になったら言うわよ」
「えぇ? そこは知っといた方が今後の方針とかに影響するんですけど?」
「だーめ! 物事にはしかるべき時ってのがあるのよ。必要になったら教えてあげるから、それまで我慢しなさい」
「むぅ」
ニンマリと笑いながら、ティアが人差し指でちょんと俺の鼻をつついてくる。そんな風に言われてしまうとこれ以上追求するのは無粋な気がしてしまう。
「チッ、仕方ねーなぁ」
泣く子と老人とティアには敵わない。随分と負ける相手の多い魔王だなと思わず苦笑いを浮かべながら、俺は次の世界へ続く扉を開くのだった。




