嘘か本当かわからないなら、都合のいい方を信じておけばいい
「今回も何とか乗り切ったなー……」
戦いを終え、俺達は森を出るべく歩いていく。俺の背には未だ眠ったままのアースが背負われおり、その分ティアが張り切って周囲を警戒してくれているが、今のところ魔獣だの何だのに襲われる気配はない。
まあいくら魔王が死んだからと言って、この地に精霊の力が戻ってくるのは何週間、あるいは何ヶ月も先の話となるだろうから当然と言えば当然だが。
「アース君、凄かったわね」
「ああ。俺達を助けるために向かってきてるのはわかってるのにゾクゾクしちまったぜ」
あれに斬られたら、ひょっとして俺も塵になって死んだり……はしねーよな。その程度で死ぬんだったら、神なんて存在に一〇〇と一つに分割されて無限の世界に閉じ込められたりしてねーわ。
「あはは……あ、そうだ。今回はエドじゃなくてアース君がとどめを刺してたけど、魔王の力は回収できたの?」
「ん? ああ、大丈夫だ」
ティアに問われて、俺は自分の手を握ったり開いたりして感触を確かめつつ答える。既に追放スキルは使えるようになっており、その力がほんの少し強くなっているように感じられる。
「多分だけど、俺と繋がってる状態で魔王が死ぬのが回収の条件なんじゃねーかな?」
「えっ? じゃあエドは毎回魔王に捕まって『ぐぁぁー!』ってやらないと駄目ってこと?」
「それは……いや、何かこう、もっといい方法があるだろ、多分」
「フフッ、そうね。ちゃーんと考えておいた方がいいと思うわよ? だって毎回魔王に捕まって勇者に助け出されるなんて、お伽噺のお姫様みたいだもの」
「ぐっ……そ、そんなことねーよ」
クスクスと笑うティアに、俺は苦み走った引きつり笑顔で答える。うん、真剣に考えよう。触れられても力を封じられないようにとか……どっかで訓練とかできればいいんだがなぁ。
と、そんな雑談を交わしつつ、俺達は無事に出発した町まで帰り着くことができた。町についてもまだアースは目覚めず、このまま眠り続けるようなら大きな町の教会にでも連れて行こうと話し合ったりもしたが、翌日の朝には普通に目覚めたので事はそれで済んだ。
ただ、アースには勇者として覚醒してから気絶するまでの記憶がおぼろげにしかないらしく、俺とティアが「お前が何か凄い力に目覚めて精霊樹を冒していたヤバそうな敵を倒したんだ」とどれだけ説明してもピンとこないようだった。
が、本人が自覚していようがいまいが事実は変わらない。精霊樹の状態を確認するためにも三人揃ってエルフの里に帰還すると、そこで待っていたのは若き英雄を歓迎するエルフ達であった。
口々に感謝の言葉を投げかけてくる人の列を抜け、通されたのは俺達が初日に訪れた集会場。ただし今回はその中にも沢山の人が集まっており、威厳溢れる里長の顔にも隠しきれない喜びが溢れている。
「よくぞ戻った! ルナリーティア殿、エド殿。お二人の助力により、精霊樹は元の状態を取り戻した。約束の謝礼は後ほど渡すとして、まずは我らの心からの感謝を受け取ってくれ。
そしてエルエアース。里を出たばかりのお前が、まさか瞬きの間に立派な戦士となり精霊樹を救うとは……里長としてこれほど喜ばしいことはない。お前は我が里の誇りだ。大義であった、勇者エルエアースよ」
「ありがとうございます、里長様」
「ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます……?」
礼を言って頭を下げる俺とティアに対し、アースだけは微妙な表情を浮かべている。それを見て苦笑するのは里長だ。
「どうしたエルエアースよ。何故そんな顔をする?」
「あの、何度も説明したと思いますけど、僕が倒したって実感が全然なくて……やってもいないことで褒め称えられているようで、どうも落ち着かないというか」
「ふむ。だそうだが、エド殿?」
「ははは、アースは間違いなく元凶を倒してくれましたよ。自分がやってもいない手柄を横取りする趣味はありませんし、逆に未熟な戦士に手柄を押しつけて死地に近づけるようなことをするつもりもありません。敵に捕まった俺達を助けただけでなく、そのまま倒してくれたのは間違いなくアースです。
ただ、記憶が無くなるくらい必死だったからこそそれができた……ということはあるでしょうから、若い戦士に過度な期待を背負わせるべきではないかとは思いますが」
「それもそうだな。ではエルエアースに関しては、後ほど改めてその実力を確かめさせてもらおう。精霊樹を救った英雄との手合わせを望む戦士は多いからな。
構わないかエルエアース?」
「あ、はい。勿論です。ちゃんと僕の実力が知られるのは僕としても助かりますし」
「フフフ、きっと驚きますよ?」
「そうね。思いっきりやって、みんなをびっくりさせちゃいなさい!」
「が、頑張ります!」
緊張気味に言うアースだが、その顔に怯懦の色はない。里への帰り道で何度か模擬戦をやった結果、確かに魔王と戦ったときの圧倒的な強さこそなくなっていたが、それ以前の冗談みたいな双剣の腕は普通に維持されているので、きっと里の戦士達は大いに驚くことだろう。それを見て「あいつは俺が育てたんだ」とほくそ笑むのも楽しそうだが……俺達にはその前にやることがある。
「おお、綺麗に消えてるな」
「本当。優しい精霊の力が溢れてる……良かった」
里長に引き連れられたアースと別れて、俺とティアは精霊樹の前へとやってきた。絡みついていた黒い蔦はもはや跡形もなく、精霊樹の放つ淡い光からはほのかな温もりが感じられる。
「長老様にも、これを見せてあげたかったわね……」
「そうだな……」
アースが勇者の力に目覚めた時から覚悟していたことだが、やはり長老は既に亡くなっていた。自宅で眠るように息を引き取っていたという長老の葬儀は既に終わっており、その体はあの家の庭に埋められたうえでエルフの使う「葬送の魔法」によって腐敗させられ、そうしてできた腐葉土には若木が一本植えられている。
朽ちた体を源として、新たな命の苗床となる……自然や精霊と共に生きるエルフの価値観だそうだが、精霊が遊びに来るというあの庭で眠るなら寂しいことはあるまい。あとでティアと手を合わせにいくとしよう。
『ほっほっ、その必要はないぞぃ』
「? ティア、今何か……ティア?」
不意に声が聞こえたような気がして辺りを見回すも、アースの方に集まっているせいか周囲に人影はない。ならばとティアに問いかけてみると、ティアは何故か眉根を寄せて不思議そうに精霊樹を見つめている。
「どうしたティア? 何か気になることでもあるのか?」
「うん。今フッと精霊樹から、長老様の気配を感じたような……」
「そうなのか? でも体が眠ってるのは家の庭なんだろ? だったら……いや、ひょっとして?」
「ひょっとして……何?」
「あーほら、前に長老様が『歳を取ったら精霊と近くなる』みたいなこと言ってただろ? ならひょっとして、死んだらその魂が精霊になって、そいつがこの木に宿ったりするのかなって」
「えぇ? 流石に死んだ人と精霊は違うわよ。でも、そうね。本当にひょっとしたらだけど、死んで少しの間くらいなら、精霊と間違われてここにとどまれる可能性は……あるのかしら?」
「さあなぁ。わかんねーけど、そういうこともあるって思っておけばいいんじゃねーか?」
俺には精霊のことなんてわからねーし、死んだエルフの魂がどうなるかなんて見当もつかない。が、わからないことなら自分に都合のいいように解釈したっていいはずだ。
生きている俺達に都合のいい言い訳で、俺達が落ち込まないための自己満足。それが優しくて自分勝手な嘘だとわかっていても、後悔に沈んで過ごすよりずっといい。
「確かに生きてる間には間に合わなかったかも知れねーけど、死んで魂がどっかに行く前には間に合った。勝手にそう思うくらい、あの長老様なら怒らねーと思うぜ?」
「そう、かしら……うん、そうよね」
微笑むティアの横顔に、俺は思わず手を伸ばす。すると俺の頬をヒュルリと風が撫でていき――
ピコンッ!
『条件達成を確認。帰還まで残り一〇分です』
「えっ!? 何で!?」
「どうしたのエド?」
「いや、条件が達成されたって……あと一〇分で帰らされるらしい」
「えっ、何で!?」
驚く俺と全く同じ言葉で、ティアもまた驚きを露わにする。いや、本当に何でだ? まさかアースが俺達を「追放」した? でもまだ三ヶ月くらいしか一緒にいねーはずなんだが……
『……ありがとう』
「っ!?」
再び聞こえた不思議な声に、俺は精霊樹の方を見る。勿論あの魔王じゃねーんだから木が喋ったりはしないわけだが……その淡い光が何かを伝えるようにわずかに明滅した気がしなくもない。
「まさか……?」
俺が世界を「追放」される条件は二つ。勇者と半年以上行動を共にするか、一定以上の信頼を得ることで仲間と認められ、その状態で追放されること。
今まで一度として想定していなかったが、もし長老が俺達に向けた感謝が、信頼と同義であれば? そして俺達を追い出すのではなく、長老自身が俺達の前から去ることで結果的に「追放」と同じになるのだとしたら……?
「ハッ。何だよ、本当にそこにいたのか? それとも……」
「ねえエド、どういうことなの!? 私まだ長老様の若木にお祈りだってしてないのに――」
「その必要は無さそうだぜ? そこにいた長老様が、たった今旅立ったみてーだ」
俺はニヤリと笑いながら視線を精霊樹の方に向ける。当然ティアは戸惑った表情を浮かべるわけだが、それもすぐに微笑に変わる。
「長老様が!? ……わかった。エドがそう言うならそうなのね。約束を守れたんだったら嬉しいもの。
さようなら長老様。枯れた一葉が大地に還り、いつか大樹の葉となりて再び巡り会わんことを」
瞑目し祈りの言葉を唱えるティアに、俺もまた目を閉じて手を合わせる。そのまましばらく待てば、俺達の体はこの世界から消えてなくなる。
『三……二……一……世界転移を実行します』
新たな旅立ちのその瞬間、俺の鼻には長老の庭に満ちていた優しい香りが届いた気がした。




