それは俺を守る意志で、俺を滅ぼす力なり
「チカラ、チカラ! オイシイ、オイシイ! モット、モットクワセロォ!!!」
「ざっけんな! これ以上たかられるのは御免だぜ!」
人型を取り戻した木人の魔王が、再び俺に向かって無数の蔓を伸ばしてくる。真っ黒に焼け焦げたはずの体表がボロボロとこぼれ落ちると、その下からは艶めいた肌が露わになり、何なら燃える前よりも人間に近くなっている気がする。
というか、多分なっているんだろう。俺を食ったことでパワーアップしたってわけだ。チッ、なら代金くらいよこしやがれってんだ!
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
雄叫びをあげながら、俺は必死に剣を振るう。今回もやはり追放スキルは使えなくなっているようだが、俺の剣技は魔王の力じゃなく俺自身が磨き上げてきたものだ。体が動きさえすれば剣は振るえるし、戦える。
「エドさん! 僕は……っ」
「戦えないなら下がってろアース! 悪いが守る余裕がねぇ!」
そんな俺の背後から、アースの震える声が聞こえる。だが俺にはそっちを振り向く余裕すらない。背中に残った蔦の切れ端は未だに俺の体内に根を張っており、そこから伝わる焼け付くような痛みが容赦なく俺の集中力を削ってくるからだ。
「エド、大丈夫なの!?」
「ああ、今回はまだ戦える……ティア、さっきのもう一回できるか?」
「ごめん、無理! 精霊の力が無い領域が空まで伸びてるみたい」
「チッ、ちゃんと対策してるってか……面倒臭ぇな」
目の前の魔王は闇雲に蔦を振るっているだけじゃなく、ちゃんと増した力の使い方を理解しているらしい。良くない……これは非常に良くない流れだ。
(一旦退くか? いや、しかし……)
蔦に剣を当てはじき返す刹那、俺は「これからどう戦うか?」を少しずつ積み上げていく。
俺達の都合だけを考えるなら、一度撤退して態勢を整え直すのが一番いい。切り飛ばした蔦をどうにか除去できれば追放スキルが戻る可能性があるし、精霊魔法を無効化してる範囲から出ればさっきみたいにティアが長距離から魔法を発動して狙い撃つことだってできるだろう。
が、出会った時より確実に強くなっている魔王が俺達を素直に逃がすとは思えないし、何よりもし逃げてしまった場合、今と同じこの間合いまで再び近づくことができるかどうかがわからない。俺の力がどうやっても戻らず、ティアの魔法が使えない空間が広がり続け、二度と剣の間合いに捉えられない可能性の方がずっと高そうなのが何とも厄介だ。
(退きたいが、退けない。だが逆転の手も思いつかねーし……どうする!?)
魔王から伸びる蔦の数が徐々に増え力も増しているが、今はその多くが俺の方に向かってきているため、ティアは何とか持ちこたえているが、当然ながらそこに余裕など見受けられない。
そして俺の方もじり貧だ。痛みに耐えながらの剣は精彩を欠き、さっきから半歩ずつの後退を何度も余儀なくされている。これ以上下がるとアースを庇いきれなくなっちまうんだが……っ!?
「ぐあっ!?」
ビクンと、俺の体が俺の意志に反して跳ねる。その一瞬の隙を突かれて、俺の腕に黒い蔦が巻き付いた。途端に体の自由が奪われ、再び俺のナニカが吸われていって……唯一自由に動く眼球をグリグリと回して自分の状態を見れば、背中にひっついたままの蔦がいつの間にか繋がっている。おそらく死角に蔦を回り込ませて再接続したんだろう。
「く、そ……やっち、まったか……?」
「エド!? 待ってて、今……きゃあっ!?」
「ティア……っ!」
俺が捕まったことでティアに対する攻勢が一気に強まり、その体にも黒い蔦が巻き付いていく。精霊魔法の使えないティアにはそれをどうすることもできず、あっという間に蔦に絡め取られてしまった。
ヤバいヤバいヤバいヤバい! 絶体絶命のピンチを迎え、俺の思考がとてつもない勢いで加速していく。手段を選ばす犠牲をいとわず、ただこのピンチを終わらせることだけを考え、俺の中の何かにピシリとヒビがが入ったその時。
「……アース?」
その場で項垂れていたアースが、不意にふらりと立ち上がった。それに反応して魔王の蔓がアースに襲いかかるが、アースはそれを無造作に切り捨てる。
「……熱い。ああ熱い。僕の中に、突然熱いものが湧いてきたんです。これって一体何なんですかね?」
一歩一歩を踏みしめながら、アースがこちらに近づいてくる。先ほどの様子見から倍に増えた蔦がアースに襲いかかるが、今回もまたその全てがあっさりと切り捨てられ、塵となって消えていく。
「アース、お前……っ!?」
「こんなの生まれて初めてなんです。初めてなのに……わかるんです。あの日双剣を手にした時より、もっとずっとはっきり。ああ、僕はこうするために生まれてきたんだって」
静かに話すアースの周囲に、俺達を拘束する以外の全ての蔦が一斉に襲いかかる。だがそれすらもアースには届かない。振るわれる双剣は闇を切り裂く銀閃となり、その身に触れようとする一切を許さない。
「迷惑をかけてごめんなさい。ちょっと寝坊しちゃいましたけど……でも遅刻はしないですんだみたいですね」
「エド、あれって……!?」
「ああ。あいつは、今のアースは……」
「キュァァァァァァァァ! イタイ! イタイ! オイシクナイ! オマエキライ! コッチクルナ!」
怒り狂った魔王が、濁流のような勢いで黒い蔦をアースに伸ばす。しかしもう遅い。もう間に合わない。太陽は沈み、新たな太陽は昇ってしまった。
ああ、その何と眩しいことか。俺を滅ぼし魔王を助けるために、エルエアースが悠然と進んでいく。神によって外から押しつけられた魔王の力という異物を排除するために、世界が創った防衛機構。その力が十全に発揮されるならば、もたらされるのは必然の結末のみ。
「イヤダ! イヤダ! コワイ! コワイ! ヤメテ! ヤメテ!」
「……お前が何なのか僕にはわからない。でもお前がお前の都合で僕たちをどうにかしようって言うのなら、僕も僕の都合でお前をやっつける」
「ウルサイウルサイ! オナカスイタラ、タベル! ソレダケ! シラナイ!」
「みんなの大事な精霊樹を……エドさんやティアさんを返してもらう」
「イヤ! タベル! オマエ、キエロォォォォォォ!!!」
木人の魔王の体から突如ブワッと黒いもやが噴き出し、まるで夜になったかのように辺り一面が闇に覆われる。全ての視界が奪われたなか、ブォンという風切り音が辺りに響き……場を満たす黒霧も振るわれたであろう黒蔦も、その一切合切がアースの振るった双剣に切り裂かれる。
「……終わりだ!」
「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァ!?!?!?」
取り戻された光の下、魔王の眼前に立つアースが裂帛の気合いと共に魔王の胸に剣が突き立てられる。するとガキンという固い音が響き、魔王の体を構成していた木片がボロボロと朽ちて崩れていく。
「アァ……アァァ…………オナカ、スイタ……………………」
全ての木片が塵と化し、アースの剣の先に刺さっていた赤い石が砕け散る。同時に俺達を拘束していた蔦も消え去り、ふらりと倒れたアースの体を俺は慌てて支えた。
「おっと」
「エド! アース君! 二人とも大丈夫なの!?」
「俺は平気だ。アースも……これなら平気だろ」
俺の腕の中では、意識を失ったアースが安らかな寝息を立てている。外傷があるわけでもないし、これなら単に力を使い切って寝ているだけだろう。その身に勇者の力の存在は感じられるが、それが振るわれることはおそらく二度と無い。何せもう魔王は倒しちまったんだからな。
誕生からわずか五分で魔王を討伐。それが勇者エルエアースがこの世に残した最初で最後の英雄譚だった。




