論理的には間違っていても、心が叫べばそれが正解だ
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
気合いの雄叫びをいれながら、俺は豪雨の如く降り注いでくる蔦の雨を剣撃にて打ち払っていく。だがこちらの剣を柔らかく受け止める蔦はなかなか切り飛ばすことができず、また切ってもすぐに生えてきてしまうため俺はその場で足を止めることを余儀なくされている。
(チッ。相手が魔王じゃなけりゃ、「不落の城壁」でごり押しできるんだが……)
脳裏に蘇るのは、一つ前の魔王との死闘。あの時俺は魔王に掴まれることで追放スキルを封印され、その拘束から逃れる代償としてティアに腕を切り飛ばしてもらった。
そこから学んだことは二つ。一つは「不落の城壁」などの追放スキルは魔王には通用せず、全て無効化される可能性があること。そしてもう一つは、魔王に触れられると追放スキルが封印され、倒すまで元に戻らない可能性だ。
無論、どちらもあくまで可能性で、絶対じゃない。絶対じゃないが……だからといって試してみたいとはこれっぽっちも思わない。であれば俺に求められるのは魔王の攻撃全てをかわし、その本体に一撃を入れるという離れ業だ。
(となると、何とか大きめの隙を作りてーところだが……)
チラリと左右に視線を向ければ、そこではティアとアースもまた戦っている。ただしその光景はここに来る前に予想していたのとは少々違っている。
「ハッ! ヤァッ!」
短いかけ声と共に縦横無尽に双剣を振るっているアースの方は、その手数の多さで十分に蔦を捌けている。強敵に立ち向かう緊張が解ければもう少し余裕が生まれるだろうが、まだまだ冒険者になりたての戦士なのだから予想を遙かに超える大健闘だ。
「くっ! このっ!」
対してティアの方は、表情を歪めて必死に剣を振るっている。細剣は切るのには向いていないし、何より精霊魔法が封じられているのが大きい。いつもより切れの悪い動きは、ともすればかなり危うく感じられる。
「ティア、無理すんな! 下がって弓で援護してくれ!」
「馬鹿言わないで! 剣ならここに立ってるだけで手数を奪えるけど、精霊魔法の乗らない弓なんて牽制にもならないわよ!」
「そりゃそうかも知れねーけど……」
「大丈夫、考えがあるの。必ず隙を作るから、エドはその時に一発入れられるように準備しておいて!」
「……わかった!」
ティアがそう言うのなら、俺はそれを信じて待つだけだ。俺は半歩だけ前に踏み出し、わずかに激しくなった蔦の攻撃を必死に防ぎ続ける。
少しだけ強く、少しだけ大きく。体力と集中力がガリガリと削られていくなか、それでも俺と魔王の距離はじりじりと縮んでいく。
だがもう少し。必殺を狙うならもう少しだけ近づきたい。そんな俺の思惑に、期せずして未来の勇者が応えてくれる。
「やぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
命がけの実戦は、どんな訓練よりも経験となる。戦いの中で高まり続けるアースの剣技が、遂に黒い蔦を押し返し始めたのだ。チラリと向けた視線の先ではアースの額に大粒の汗が浮かんでおり、体力の余裕は無さそうだが……しかし最後の輝きとも言えそうな剣舞は、俺とティアを襲っていた蔦の動きを大きく鈍らせた。
「よくやったアース! 無理せず下がれ!」
一気に二歩木人の魔王へと詰め寄った俺は、振り返ることなくアースに賞賛の声を投げる。それと同時に一気に蔦の動きが激しくなったが、踏みとどまるだけならギリギリなんとかなる。あとは――
「炎を宿して渦巻くは赤く輝く夕日の槍、鈍の光を纏めて貫く一対四指の精霊の腕! 貫き引き裂き燃やして絶やせ! ルナリーティアの名の下に、顕現せよ『ヴォルガニック・ランサー』!」
背後から聞こえた詠唱の声。だが俺の背後にはいかなる熱も感じられない。
「ハァ、ハァ……近くに精霊がいないなら、いる場所で発動した魔法を持ってくればいいのよ……上! 三秒!」
確認なんてしない。俺は魔王から目を離さない。全力で蔓を打ち払いつつ腰を落として力を溜めれば……天より降り注いだ炎の槍が、木人の魔王の脳天に突き刺さる。
「アヅィィィィィィィ!?」
いかにも燃えそうな体が炎にまかれ、木人の魔王が叫び声をあげる。だが降り注ぐ炎の槍はもう一本ある。それを防ごうと魔王の蔦が一斉に天に向かって密集し……俺の前にがら空きの道ができた。
「……………………っ!」
隙を晒してくれた相手に、わざわざ声を出して知らせる必要はない。俺はただ無言で踏み込み、魔王殺しの夢と実績が詰まった「夜明けの剣」を閃かせる。
瞬きの間に、四閃。魔王の四肢が切り飛ばされ、最後に首を飛ばそうとした時、天を仰いでいた魔王の顔がクルリと動いて俺を見た。
「ゴバァァァァァァァ!」
ガパッと開いた口から、何十本もの黒い蔦が生えてくる。だがその程度――
「うわぁぁぁ!?」
「なっ!?」
背後から聞こえた悲鳴がティアのものだったなら、俺はそのまま魔王の首を飛ばしていただろう。だがそれがアースの声だったが故に俺は振り返り……そこでは俺が切り飛ばした腕から生えた蔦が、戦い疲れたアースに向かって大量の蔦を伸ばしているのが見える。
「くそっ! アースぅぅぅぅ!!!」
二本、三本。向かってくる蔦をアースは双剣で弾いたが、体力を使い切ったアースにはそれ以上は防げない。咄嗟に「夜明けの剣」を振るってアースに伸びる蔦を根元から断ち切ったというのに、刃が通り過ぎた次の瞬間には繋がってしまうのではどうしようもない。
ならばどうする? 合理的に考えれば、一番いいのはアースを見捨てることだ。あの蔦に触れたらどうなるのかわからないが、それでも即死さえしなければ治療する事は可能だろう。
対して最悪なのは、俺がアースを守って負傷することだ。この場で魔王に対抗できるのは俺だけで、俺が戦えなくなったら一気に状況が不利になる。
――まだ出会って二ヶ月にもならない、現状は勇者でもない子供なんて見捨てるべきだ。確実な勝利のための必要な犠牲に過ぎない。
――俺とティアが健在なら、いくらでも仕切り直せる。むしろアースに攻撃がいく分魔王の攻め手が減るんだから、少し我慢してもらった方が勝率があがるんじゃねーか? アースだって役に立てて本望だろ。
――勇者の力は死んだら誰かに継承されるんだろ? ならアースが死んだって他の誰かが勇者になるさ。次はちゃんと勇者と一緒に魔王を倒しにくれば……
「……んなこたぁ、わかってんだよぉぉぉぉ!!!」
俺は「追い風の足」を起動して、アースの体を正面から抱きしめて庇う。その一瞬後には俺の背中に黒い蔦が触れ、そこからまるで根を張るように俺の体を何かが浸食してくる。
「ガァァァァァァァァ!?!?!?」
「エドさん!?」
「エドぉぉぉぉぉぉ!!!」
焼けた鉄杭で刺し貫かれたような激痛と、俺の中の何かがドクドクと吸われ……いや、食われていく不快感。思わずふらりとよろめくが、今回は幸か不幸か俺の体はまだ動く!
「だらぁぁぁ!」
体を半回転させて、自分に繋がっていた黒い蔦を「夜明けの剣」でぶった切る。すると今度は繋がり直すこともなく蔦を断ち切ることができたが、全身を襲う倦怠感と喪失感に俺はその場で膝をついてしまう。
「エドさん! エドさん! ああ、そんな! 僕のせいで……っ!?」
「うろたえるな! まだこれからだ!」
「アハハハハ! オイシイ! オイシイヨォ!」
動揺するアースを大声で怒鳴りつけながら、俺は気力で顔をあげる。俺の睨む先では、伸ばした蔦で切り飛ばした手足を繋ぎ合わせた魔王が恍惚の表情で嬌声をあげていた。




