自分にしかわからないことを他人に伝えるのは難しい
「……何て言うか、別に普通の森だな?」
町から歩くこと三日。急ぎ目でやってきた「静寂の森」に足を踏み入れた俺が漏らした呟きに、しかしティアがギョッとした顔でこっちを見てくる。
「え、嘘でしょ!? これの何処が普通の森なの!?」
「うぉっ!? 何処がって……全般的に?」
ティアに言われて改めて見回してみても、木も草も普通に生えているこの場所はただの森にしか見えない。強いて言うなら周囲に魔獣や獣の気配が全くないことが異常だが、そもそも野生の獣の大半は人の気配があれば逃げていくもんだし、魔獣にしてもよほどの魔境でもなければそう頻繁に遭遇したりはしない。
つまるところ、俺からすれば現状は平和な森そのものであった。だがそんな俺の言葉に、ティアは信じられないとばかりに頭を抱えて首を横に振る。
「あり得ない……こんなにエドとわかり合えないと思ったのは初めてだわ」
「えぇ……? アースはどうなんだ? 何か感じる?」
「そうですね、ちょっと息苦しい感じがします。あるべきものがないっていうか……」
「そうなのよ! この辺には普通ならあって当然のもの……精霊の力が全然ないの。エドにわかるように言うなら、高い山に登って空気が薄くなるのの精霊バージョンって感じかしら?」
「ああ、そういう! そりゃ確かに俺にはわかんねーや」
ティアの例えは極めて納得のいくものだったが、同時に精霊の力などこれっぽっちも感じられない俺にはどうやっても理解できないということもわかった……俺が精霊の力を感じられないのって、この体が人間だからか? それとも魔王だと精霊と相性が悪いとかあるんだろうか……?
「って待て。それ大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。別に精霊の力が無くなったからって死んだりするわけじゃないもの。ただあって当たり前のものが無くなってるせいで体が戸惑ってるの。
それと、ここだといつもみたいに精霊魔法を使うのは無理ね。もし戦闘になったら、悪いけど私はあんまり役に立てないかも」
「っ……そうか。いや、事前にわかったんなら上等だ」
精霊魔法の使えないティアは、戦闘力が大幅に落ちる。それでも並の冒険者よりは強いだろうが、いつもと同じに考えると取り返しのつかない失敗をする可能性がある。これは気をつけねーとだな。
「となると、むしろアースを連れてきて正解だったか」
「そうね。精霊魔法の補助がない純粋な剣の腕だと、アース君の方が今の私より強いと思うわ」
「そんな!? そんなこと――」
「事実よ。だから頼りにさせてね?」
「ティアさん……はい、頑張ります!」
あっさりと自分が下だと認め、年下であるアースを頼ったティアに対し、アースは驚き戸惑いつつもいい感じの気合いを入れて返事を返した。勿論本気でアースに頼り切るつもりなんて俺にもティアにも無いわけだが、やる気になるのはいいことだ。後はそいつが空回りしないよう、こっちのフォローもしっかりとしてやらないとな。
と、そんな感じで軽い会話を交わしつつも、俺達は森の中を進んでいった。アースには「便利な魔導具」として紹介してある「失せ物狂いの羅針盤」を手に目的の場所へと辿り着けば、そこにあったのは周囲の木より二回りほど太い立派な木だ。
「ここだな」
一応ぐるりと木の周りを回って確認してみたが、反応はこの木で間違いない。幹の部分に小さな節穴が開いているので、おそらくはその中だろう。
「この節穴の中に反応があるんだが……さてどうすっかな」
「覗き込む? それとも指でも突っ込んでみる?」
「どっちも勘弁してくれ」
冗談めかして言うティアに、俺は苦笑してそう答える。こんなヤバい場所に突っ込んで楽しい想像ができるのは発情したゴブリンくらいだ。当然俺の頭はそんなに幸せな出来はしていない。
とはいえこの状態では何もわからないのも事実。どうにかしてこの穴を広げて中を見えるようにしたいわけだが……
「節穴のところだけ魔法で燃やせねーか?」
「うーん、普段ならいけるけど、この場所じゃ無理ね。さっきも言ったけど、出力は勿論精密なコントロールも無理」
「そっか。まあ無理なら仕方ねーよなぁ」
「あの、棒か何かを突っ込んでみるのは駄目なんですか?」
「それも手ではあるんだが、中にある……いる? 何かをできるだけ刺激しないで確認したいんだよ。切り倒すのとどっちがいいかな?」
切り倒した場合、大きな衝撃が発生するが中身に伝わるのは二次的なものだ。対して棒を突っ込んだ場合、小さな衝撃とはいえ直接中身を刺激することになるので、どちらかというならこっちの方が危険度が高い気がする。意図はともかく動作が攻撃に近いしな。
「うーーーーーーーーん……………………よし、切り倒そう!」
それなりの熟考の結果、俺は木を切ることを選んだ。木を切り倒す場合は切ってからすぐに距離をとれるが、棒でつつくとなると近距離で手に持っていなければならないからだ。
そうと決まれば後はやるだけ。俺は二人を後ろに下がらせ、「夜明けの剣」を手に構えをとる。まずは節穴から上の部分を切り落とし、それで変化がなかったら今度は根元から節穴部分を切り離そうと考えていたわけだが――っ!?
「「「「「「「「「「キキキキカキコキカカカカカカカカ!!!」」」」」」」」」」
「うおっ!?」
まるで俺の殺気を感じ取ったかのように、突如として節穴の中から聞き覚えのある不協和音が響いてくる。それと同時に魔王の力が収まっていると思われる木がブルブルと震えだし、驚くべき速度で枯れていく。
「チッ、動き出したか!」
「どうするのエド!? 攻撃する?」
「いや、少し待て」
前回はなかなかに不幸な出会いだったが、今回も同じとは限らない。背後のティア達をかばいながら油断なく立つ俺の前で、枯れ木がギュッと凝縮していき人のような形になっていく。
「「「「「クカカキカコカコキ…………クキィ!」」」」」
更にそれは胸の辺りから黒いもやを噴出させるも、それは無差別に広がることなく枯れ木人形の周囲だけに立ちこめる。そうしてしばし待てばやがて黒いもやが晴れ……そこに在ったのは俺の姿を模した粗雑な木人形だった。
「クカ……カキ……」
「あれって、エドさん……? ティアさん、これは一体……!?」
「シッ! 今は黙ってて!」
この場で唯一これを予想していなかったであろうアースがティアに問いかけるも、ティアがそれを鋭く制する。そのやりとりだけでもとりあえずアースが取り乱したりしていないことは確認できたので、俺は改めて目の前の魔王に声をかける。
「よぅ、魔王様。俺のことがわかるか?」
「カ、キキ…………オナカ、スイタ…………」
「腹減ってんのか? えーっと……食う?」
俺は腰の鞄から干し肉を取りだし、魔王の顔の前に差し出してみる。すると魔王は不思議そうにそれを見て……その視線が腕を伝い胸を這い上がり、俺の顔まで登ってくる。
「オナカスイタ……チカラタリナイ……チカラ、チカラ? チカラ……タクサンアル……?」
「あー、何かスゲー嫌な予感がするんだけど、まずは話し合ってみねーか? 会話ってのは大事なんだぜ?」
「チカラ、チカラ! チカラクワセロ! オレ、オマエ、マルカジリ!」
「くっそ、問答無用かよ!?」
木人の魔王の体から、無数の黒い蔓が伸びてくる。それを切り払いながら慌ててその場を飛び退くと、俺の横には頼もしい仲間が並び立ってくれる。
「まあ、そうよね。きっとこうなると思ってたわ」
「じゃあ何で先制攻撃しなかったんですか!?」
「大人にはわかってても踏まなきゃならない手順ってのがあるんだよ! それより行くぜ!」
俺が、ティアが、アースが。全員がチャキッと剣を構える前では、木人の魔王がうねうねと蔓をうごめかせている。どうやら向こうも完全にやる気のようだ。
「さあ、魔王討伐の始まりだ!」
「ええ!」
「はい! え、魔王!?」
またも驚くアースをあえて一瞬置き去りにして、俺とティアは一足飛びに魔王へと斬りかかった。




