「何も無い」というのはトラブル頻発より恐ろしい
魔王がいると思われる場所、その最寄りの町までは、特に何事も無くあっさりと辿り着いた。まあきちんとした街道を馬車を乗り継いで移動するだけなので、当たり前と言えば当たり前なんだが。
で、辿り着いた町の冒険者ギルドに顔を出し、まずは魔王がいると思われる場所の情報収集を試みたわけだが……
「ああ、そこは静寂の森ですね」
「静寂の森? そんな大層な名前が付いてる場所なのか?」
受付のお嬢さんにこの周辺の地形なんかを聞きながらさりげなく話題を振ってみると、あっさりとそう答えが返ってくる。ティアが調べてわからなかったというのだからむしろ何も無い場所なのかと思ったんだが、はて……?
「あはは、確かにいかにも何かありそうな名前ですけど、実際には何もありませんよ。正確には何も無くなっちゃったというか……」
「無くなった? どういうことなの?」
俺の隣で首を傾げているティアの言葉に、受付のお嬢さんが話を続けてくれる。
「一〇年くらい前からなんですけど、その森に生息する魔獣の数が少しずつ減っていったんです。それに伴ってお金になるような植物も生えなくなって、更に動物まで減ってしまって……今ではあの森には小さな虫くらいしかいないんです。なのでここ数年で『静寂の森』と呼ばれるようになったって感じですね」
「魔獣どころか、動植物がほぼ存在しない? そんなことあり得るのか?」
「そう言われましても、実際そうなので何とも……あ、別に植物が全然無いってわけじゃないですよ? お金にならないような草花は普通に生えてます。
あとは最初のうちこそ邪魔が入らないからということで木こりの人が沢山来てましたけど、どうも木の質も年々落ちているらしくて、今では年に数回調査依頼が出るくらいで、基本的には誰も行かない場所ですね」
「そうなのか……ありがとう」
「いえ、どういたしまして」
受付のお嬢さんに礼を言って、俺達は冒険者ギルドを後にする。その後は宿の部屋に集合すると、改めて今聞いた情報を整理することにした。
「というわけだが……どうだアース、ギルドで話を聞いてどう思った?」
「えっ!? えーっと……不思議な森だなぁって」
「おいおい、それは流石に……」
思わず苦笑する俺に、アースが慌てて声をあげる。
「ち、違いますよ!? 何も考えてないわけじゃなくて、本当に不思議としか……魔獣や動物がいなくなるとか、木の質が落ちてるって話からすると、大地の力が弱まって森そのものが死んできてるって言うのが考えられますけど、それなら誰が見てもわかるくらいに木や草が枯れてるでしょうし……」
「ふむ、良かった。ちゃんと考えてるんだな。じゃあティア、どう思った?」
俺の肩をむくれた顔をしたアースがポコポコと叩いているが、それは気にせずティアに話を振る。するとティアは何とも生暖かい視線を俺達に向けつつも自分の考えを披露してくれた。
「そうね、アースの指摘は正しいと思うわ。だからこそ私は『静寂の森』で弱まってるのは大地の力じゃないと思う」
「ほう、じゃあ何だと?」
「そりゃ勿論、精霊の力よ」
「あっ!?」
ティアのしたり顔に、アースが小さく声をあげる。
「フフッ、だってそうでしょ? 精霊樹から力を奪ってる存在の根城なのよ? ならそこから失われてるのは精霊の力に決まってるじゃない! 普通の木や植物が生えてるのに薬草の類いが生えなくなったのは、それが成長するのに必要な精霊の力の量が違うからだと思うの。ギルドで買い取ってくれるような植物は大抵魔力含有量が多いから、その成長には精霊の力が影響してるはずだもの」
「なるほどー! 流石ティアさんですね!」
「うむうむ、いい着眼点だ。じゃ、最後は俺だが……二人の意見を肯定したうえで、奪われるだけじゃなく『汚染魔力』がその一帯に薄く浸透してるんじゃないかと読んでる。
いくら何でもそこを中心に無尽蔵に精霊の力を吸い取るなんてことをしてたら、周囲に影響が出るだろ? じゃなくてそこそこに奪いつつその分を汚染魔力が埋めることで、一見するとバランスが崩れてないように見えるんじゃねーか?」
「ああ! 確かにグングン精霊の力を吸い取る存在なんていうのがいたら、エルフならすぐにわかるものね。でも奪った分を逐次穴埋めされてるせいで、空白を埋めるような力の流れが生まれない……だから今まで誰も気づかなかった?」
もし大きな湖から凄い勢いで水が抜けていったら、その異変には誰でも気づくだろう。だが水が抜けた分だけ別の何かが入ってきたら? 少なくとも外から見ている分にはその湖に変化など感じられない。気づくのは最後の最後、水面まで別の何かに入れ替わった時だ。
ぱっと見は何の異常も起きてない。だからあからさまな異常を探していたティアの情報収集に『静寂の森』は引っかからなかったのだ。
「そういうこった。多分だが、今の段階では魔王は大した力を持ってない。だから魔力含有量の多い草とかを中心に力を集めて、それを餌にしている動物なんかが体内に蓄積する『汚染魔力』の影響を感じて森から逃げ出し、そうなればそれを餌にしてるもっと強い動物だの魔獣だのが消えていって……って流れなんだと思う。
つまり……」
「今なら、簡単に倒せる……?」
「かもな」
翡翠の瞳を大きく見開くティアに、俺はニヤリと笑ってみせる。
即興で組み立てた推論だが、これには割と自信がある。というのもこの世界の勇者であるアースが全盛期と呼べるようになるのは、おおよそ一〇〇年後くらいなのだ。
魔王の台頭に合わせてそれを防ぐ勇者が誕生しているというのなら、本来彼らが対峙するのは一〇〇年後の未来。これから何十年もかけて力を蓄えた魔王が活動を開始し、それを勇者エルエアースが倒すというのが世界のシナリオであるというのなら……次代の勇者が生まれてすらいない今、魔王もまた脆弱であるという可能性はかなり高いと考えられる。
「ふわぁ、二人とも凄いです!」
「ははっ、まあ持ってる情報量とか経験の差だから、自慢するようなことじゃねーけどな」
「でも凄いです! どっちも僕には足りてないものですし」
「ゆっくり成長していけばいいわよ。ただしいくらエルフが只人と比べて長生きだからって、漫然と過ごしてちゃ駄目よ? ただ長く生きてるだけじゃ人は成長しないわ。長く生きてるだけの子供になるか、熟練の冒険者になれるかは、アース君の心構え次第ってところね」
「わかりましたティアさん!」
「むぅ……」
ティアの言葉が微妙に耳に痛いが、そこは聞き流しておくことにする。そうとも、俺はまだまだ成長途中なのだ。実年齢が何億歳とか何十億歳みたいな可能性もあるんだが、精神年齢は二〇歳だからな! まだまだこれから、これからなのだ。
「……一緒に頑張ろうぜ、アース」
「? はい、頑張ります!」
ポンと肩を叩いた俺に、アースが若干不思議そうな……だが無邪気な笑顔でそう返事をする。ああ、若者の何と眩しいことか……いや、だから俺も若いから! きっと若いから! 気分的に!
「ま、まあいい。ということで、欲しい情報はあっさり集まった。なら後は実際に行って現場を見てみようと思うんだが……アース、お前はどうする?」
「そうですね。今の話からするとそこまで危険でもなさそうなので、できれば一緒に行きたいって思うんですけど……どうですか?」
「私はいいと思うわよ。エドは?」
「ああ、俺も連れて行って大丈夫だと思う。が、もし俺かティアが逃げろって言ったら、理由を聞かず即座に全力で逃げること。守れるか?」
「はい!」
「いい返事だ。じゃあ今日は美味いものでも食ってしっかり休んで、明日にはその『静寂の森』とやらに行ってみることにしよう」
綺麗に話はまとまり、誰からも異論は出ない。ならば明日は全員で、いよいよこの世界の魔王様とご対面と行こうか。




