結果から逆算して愚痴を言うほど無為なことはない
約束の日から、二週間……つまりエルフの里を発ってから、三週間。俺達は未だ最初の町にてアースと行動を共にしていた。理由としてはちぐはぐな強さを持ってしまったアースが組める相手が俺達以外にいなかったことや、アース自身が俺達との活動継続を望んだことなんかもあったが……一番の理由は、魔王の居場所が思った以上に近いのではという事実が判明してきたからだ。
「それじゃエドさん、ティアさん。また明日です!」
「おう、またな。しっかり寝て疲れをとっておけよ?」
「おやすみアース君」
三週間目の夜。宿の俺の部屋で明日の打ち合わせを終えたアースが自分の部屋へと戻っていくと、こちらは自分の部屋に戻る気配など微塵も見せないティアが俺の顔を見てニヤリと笑う。
「それにしても、本当に懐かれたわねぇ」
「うーん、懐かれたっていうか……いや、懐かれてるんだろうけど……」
一週間の期限を迎えたあの日の夜。結局飯を奢らされた俺が半ば自棄になって数多の失敗談を面白おかしく語ってみせたところ、アースの俺に対する態度が一気に柔らかくなった。
ただまあ、その距離の詰められ方がちょっと予想より近かったというか、もはや「冒険者の先輩」というよりは「仲のいい近所の兄ちゃん」くらいの立ち位置になっている気がする。馴れ馴れしいというのとも違うのだが、警戒心が著しく薄くなったというか、まるで身内のような……?
「あっ!?」
「ん? どうかしたの?」
「あー、いや。何でもない」
完全に無防備なホエッとした顔をしているティアを見て、俺は思わず引きつった笑みを浮かべてしまう。
そうだ、アースに感じていた距離の近さは、ティアと同じだ。何だろう? エルフってのは割とお堅いというか、あんまり人を寄せ付けない冷淡なイメージが結構あったんだが、ティアといいアースといい、本当は凄く人懐っこい種族だったりするんだろうか? それともこの二人が例外なだけだろうか? うーん、わからん。
ちなみに、件の暴露大会の後に態度が変わったのはアースだけではなく、ティアの方は三日ほど俺のことを凄く優しい目で見ながら世話を焼いてきていた。お姉さんぶるティアは微妙にウザかったが、悪意を持ってからかわれているわけでもないのがまた始末に悪くて……いや、それはもういいんだよ。
「さてティア。いつもの定例報告だが、そっちはどうだ?」
「うーん。駄目ね。やっぱりそれっぽい情報は何もないわ」
ポフッとベッドに腰掛けたティアが、ほんのわずかに焦りと苛立ちを滲ませる表情で言う。ティアには魔王っぽい存在に関する情報収集を頼んでいるのだが、どうやら今回も収穫は無かったようだ。
「そうか。となるとやっぱりまだ目立った活動をしてない可能性が高いな」
そんなティアをそのままに、俺は「彷徨い人の宝物庫」から紙の地図を取りだしてテーブルの上に広げる。それは冒険者ギルドで買える道の繋がりがわかる程度のショボい代物ではなく、俺の「旅の足跡」を「半人前の贋作師」で紙に写し取った極めて精巧な地図だ。
「じゃ、俺の方だが……魔王の位置はほぼ確定だ」
地図に打たれたいくつかの黒い点と、そこから伸びた線。それに新たな一本を加えることで、地図のまだ真っ白な部分に黒い線が交差する。
俺の追放スキル「失せ物狂いの羅針盤」でわかるのは、捜し物のある方角だけだ。普通の物品ならまっすぐ進めばそれでいいが、今回の捜し物は魔王。下手に近づいて予期せぬ接触を果たしてしまうとそのまま戦闘になる可能性すらあるため、俺一人で遠出して離れた位置から「失せ物狂いの羅針盤」を使って魔王の居る方角を調べ、場所を特定していたのだが……それが遂に結実した形である。
「集めた情報からすると、一番近くの町まで馬車を乗り継いで一週間。そこから更に徒歩で三、四日ってところだと思うが……そこまで細かいところは今はわからねーな。近くの町で念のために周辺の情報収集をしてから攻めることになると思う」
「そう。割とギリギリね」
「ああ、ギリギリだ。今ならまだ……ギリギリ間に合う可能性がある」
魔王が間違いなくその場にいて、すぐに接敵できる上にあっさり倒すことができるのであれば、何とか長老の寿命に間に合う可能性がまだ残っている。ただし長老の寿命はあくまでも「二ヶ月以内」という予想だったから、本当に間に合うかどうかは未知数だ。
とはいえ、現状が最善にして最速。これ以上を望むならアースを見捨てたうえで不眠不休で活動する必要があったが、それだって限界がある。極論二ヶ月走り続けてすらたどり着けない場所に魔王がいた可能性だってあるのだから、そんな先の見えない無茶に俺はともかくティアを巻き込むことはできない。
つまり、今の気持ちは結果論。たまたま近くに魔王がいたから「そっちに専念すればもっと早く対処できたんじゃないか」という思いを感じているだけで、ずっと遠くに魔王がいたならば「どうやったって間に合うはずがなかったのに、どうしてアースを見捨ててまで魔王の調査に専念してしまったのか」と逆の後悔を感じていたはずだ。
「わかったわ。なら明日には町を出るの?」
「いや、馬車が出ないから、出発は明後日だ。となると後はアースのことをどうするかだが――」
「行きます! 僕も一緒に連れてってください!」
翌日。俺達が精霊樹を汚染している原因の場所を特定したこと、そこにおそらく元凶となる凶悪な魔獣が存在し、戦うことになるだろうと説明すると、アースはほとんど迷うことなく俺達にそう告げてくる。そしてそんなアースに対し、ティアが困った顔で言葉をかける。
「そうは言っても……ねえアース君。私達の話聞いてたでしょ? これから行くところは今までとは比べものにならないくらい危険かも知れないの。だから――」
「でも! そんな危険なところに、お二人は僕の里の精霊樹を助けるために行ってくれるんですよね? なら里のエルフである僕こそが一番に戦わなきゃいけないはずです!」
「それはそうかも知れないけど……エド!」
「ふむ……なあアース。これから向かう先は、俺達ですら死ぬかも知れない場所だ。そこに付いてくるってことは、お前にも死ぬ覚悟があるってことか?」
困り顔のティアに視線を向けられ、俺はアースに問いかける。するとアースは薄い微笑みすら浮かべてゆっくりと首を横に振る。
「まさか! 死にませんよ。死なないために……誰も死なせないために一緒に行きたいんです」
「ほぅ?」
一見すれば、恐怖を忘れ傲慢になったあの日のアースの発言のよう。だがそこから伝わってくる決意はあの日のそれとは全く違う。
「僕がこんなに急速に強くなったのは、きっとエドさん達を助けるために神様が間に合わせてくれたんだと思うんです。今の僕なら一方的に足手まといになることはないと思いますし、いけそうなら影に隠れてこっそり援護するとか、あるいは少し手前で安全な場所を確保するとか……少なくとも自力で町に戻れないほど危険だと感じたら、その場で勝手に帰ります。
だからどうかお願いします! 僕の生まれた、僕を育てて送り出してくれた里のみんなのために、僕も一緒に戦わせてください!」
「……わかった。なら一緒に行くか」
「っ!? はい!」
深く頭を下げていたアースが、苦笑して言う俺の言葉にパッと表情を輝かせて顔をあげる。だがそんな俺の顔をティアが心配そうに見てくる。
「エド、いいの?」
「いいだろ。状況を軽く見てるわけでも、自分の実力を過信してるわけでもなく、大事なもののために戦いたいって言うなら、それはもう戦士の決断だ。なら俺は失敗したときに『やめときゃよかった』と思う後悔より、成功したときに『やっときゃよかった』と思う後悔の方がしたくない。
それに……やっぱり魔王討伐にゃ、勇者が必須だろ?」
キュッと唇の端を釣り上げる俺に、ティアが呆れたような笑みを浮かべる。
「……まあ、そうね。わかったわ、なら私もそういう覚悟で全力を尽くすだけよ」
「ああ、頼りにしてるぜ」
未来の勇者と最高の相棒、それに現魔王である俺が揃えば、たかだか一〇〇分の一の魔王に負ける道理なんざない。
こうして勇者不在の勇者パーティは、一人も欠けることなく魔王討伐の旅に出発することとなった。




