時には厳しさも必要だ。決して大人げないわけじゃない
「かかってこいって、今ここでですか?」
「そうだ。別に疲労困憊で動けないってわけじゃねーだろ? ティア、周囲の警戒を頼む」
「わかったわ」
「ということだ。ほれ、さっさと武器を拾って準備しろ」
「……………………」
剣先をチャッチャッと揺らしながら言う俺に、アースは憮然とした表情を浮かべたままダールトンベアの死体から剣を回収し、精霊魔法でざっと血糊を洗い流してから弓と一緒にホルスターにしまう。そうして一対二本の剣を構えると、改めて俺に向かって話しかけてきた。
「あの、本気でいいんですか?」
「おう、いいとも! 寸止めしろなんてぬるいことも言わねーし、仮にこの勝敗でお互いが多少気まずくなろうとも、お互いの意見が合わない限りはどうせ今日までのパーティだ。何も気にせず本気で来い!」
それは聞き方によって「俺が調子に乗った新人を叩きのめす」ともとれるし、アース側からは「先輩面した奴に恥を掻かせても問題ない」と解釈することもできる。故にアースは少しだけ笑みを溢し、軽い優越感を混ぜた笑みを浮かべて答えを口にする。
「……わかりました。なら遠慮無く――っ!」
左を順手、右を逆手という変則的な剣の持ち方をしたアースが、身を低くして俺の方に突っ込んでくる。馬鹿正直にまっすぐ向かってくるだけなら顔面に蹴りを入れて終わりだが、俺の剣の間合いに半歩踏み込んだアースの体が、突如あり得ない動きで右にずれた。自分の体重が軽いことを利用して、精霊魔法であえて自分を吹き飛ばすことで無理矢理軌道を変えたのだ。
「フッ!」
「甘い!」
俺の横を走り抜けながら脇腹を切り裂こうとしてきたアースの剣を、俺は左手に持ち替えた剣を納刀するような動きで防ぐ。更に右足を伸ばしてアースの足を引っかけようとするが、アースは軽くジャンプすることで飛び越えて回避し、俺の背後へ走り抜けていく。
「ハアッ!」
全速力で駆け抜けたはずのアースは、しかし即座に反転して俺に剣を突き出してきた。これもまた精霊魔法。俺が追放スキルなんて大層なものを使ってやっとできることを、アースはごく簡単な精霊魔法で再現する。何とも羨ましいことだし、俺が魔獣であればあっさりと虚を突かれて一撃もらっていたところだろうが……
「馬鹿野郎!」
「ぐあっ!?」
左足を軸に体をひねり、背後からのアースの突きをかわす。そのまま体を半回転して左手の剣に遠心力を乗せてアースに叩きつければ、アースの小さな体が二メートルほど跳ね飛ばされた。かろうじて剣での防御は間に合っており致命傷にはほど遠いが、せっかく間合いで有利を取っていたアースは、これで再び近接することからやり直さなければならなくなった。
「せっかく背後を取って奇襲してるのに、声を出す奴があるか!」
「ぐぅぅ、それなら!」
悔しげな表情を浮かべたアースが、今度は右を順手に持ち替えて両方の剣で斬りかかってくる。
剣を二本使っているということは、単純に手数が二倍になるということだ。右に左に上に下に、アースの剣技は基本通りの美しい軌跡を描いて嵐のように俺に降り注いでくる。
が、俺には通じない。ただ一本の長剣で、二本の短剣という早さも手数も上回るアースの攻撃をことごとく防いでいく。
「何で!? どうして全部防げるんだ!?」
「んなの、何処をどう斬ってくるかわかってるからに決まってんだろ!」
「そんなこと――」
「できるしわかるんだよ! それがお前の未熟さだ! こいつもな!」
「あぐっ!?」
乱れ飛ぶ剣を防ぎつつ、俺はあえてアースの腹を蹴り飛ばす。普通なら自分の足を切られる可能性の高い悪手だが、剣と剣の戦いに意識の全てを集中させてしまっていたアースにはそれを防げない。再び間合いが離され、アースが苦しげに腹を押さえる。
「くそっ、何でこんな……僕は強くなったのに!」
「いや、強くなったのは認めるぜ? でもその強さには芯がない。心も体も身につけた強さに振り回されてんだよ。だから格下の相手には圧勝できても、格上の相手には手も足も出ない。普通ならそれだけの技量があれば、もっとずっと苦戦させられるだろうからな」
「っ!? 馬鹿にしてぇ!」
「馬鹿にはしてねーよ。現実を伝えただけだ」
斬る、突く、払う、流す、滑らせる。多種多様な切り方に剣の持ち替えまで含めて、一つとして同じ剣筋が存在しない何十ものアースの乱舞が俺に襲いかかってくる。
だが、やはり通じない。俺はその全てをただ己の剣を合わせるというそれだけで受け止めていく。短時間に才能だけで習得した剣はあまりにも綺麗すぎて、剣筋から力の込められ方まで丸わかり。
魔獣になら絶大な効果を発揮するだろうその技も、剣を学んだことのある人間からすれば「どうぞ防いでください」と教導されている錯覚すら覚えるほどだ。
「何で!? どうして通じない!? 魔獣だったらとっくにバラバラになってるのに!」
「そりゃ俺が魔獣じゃねーからだろ。ってか、これじゃ埒が明かねーな。ふむ」
キィンという音を立てて、俺はアースの剣を二本とも弾き飛ばす。すかさずアースは背中のホルスターから新たな剣を抜こうとしたが……その剣がポトリと地面に落ちる。何故なら俺が鉄剣をしまい、「夜明けの剣」を構えたからだ。
「う、あ……………………」
アースの手が……いや、手だけじゃなく全身が震えている。それでも何とか三対目の剣を手に取って構えたが、あれだけ腰が引けてしまえばただ構えているというだけだ。
そんなアースを前にしても、俺は一切容赦しない。自然体で剣を構え、だが目の前の敵を殺すために神経を集中させる。アースの体が揺れる度、その隙を突いて斬りかかる自分を頭に思い描く。
「ひっ……ひぃ…………」
五体、一〇体と、あっという間にアースの死体が俺の想像の中で積み重なっていく。アースの目には涙が浮かんでおり、今にもその場で崩れ落ちてしまいそうだ。
「……………………」
そんなアースに、俺は一歩近づく。するとアースが後ずさるが、それを追いかけるように更に一歩。追いかけっこは三歩で終わり、動かなくなったアースは既に俺の剣の間合い。俺はゆっくりと剣を振り上げ、アース目がけて振り下ろす。
それは亀の歩みの如き動作。はっきりと目で追えるし、ひょいと飛び退くだけで子供でもかわせるような遅さ。だというのにアースの視線は振り下ろされていく剣に釘付けになっており……その鼻先に毛一本で触れるというところで俺は剣を止めた。
「どうした? このまま斬られるのがお前の終わりでいいのか?」
「っ……あっ…………うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
叫び声をあげたアースが、左手の剣を俺の顔に向かって投げつけてくる。刺すような投げ方ではなく本当にただ放り投げただけという軌道で飛んでくる剣は、だからこそ首を動かす程度ではかわせず俺は剣を引いてそれを弾く。
するとその隙を見逃さず、アースは思い切り背後に飛び退き、同時に右手の剣も投げつけてくる。更に精霊魔法で周囲の枝葉を巻き上げて俺の視界を塞いできて……それが晴れた時には、アースの姿は目の前から消えていた。
「ふむ……」
俺は周囲の気配を探る。が、何処かに潜んで狙っているという感じではない。チラリとティアの方に視線を向けると、ティアはさりげなく森から街道に出る方向を見た。つまり、彼我の実力差をはっきりと悟ったことで、全力で逃げを打ったということだ。
これはただの訓練。当然俺に本気でアースを殺すつもりなんてなかったし、そんなことはアースだってわかっていたはずなのに逃げた。そんな「賢い腰抜け」である未来の勇者様に向かって――
「どうやら思い出したみてーだな。ならまあ及第点ってとこか」
俺は聞こえるはずのない賞賛の言葉を贈って笑った。




