決断はいつでもできるが、選択はその時にしかできない
「あの、里長様? この子を同行させるというのは、どういう……?」
里長の視線はティアの方に向いていたが、ここは俺がそう問いかける。すると里長はこちらに顔を向け直し、改めて理由を説明してくれた。
「確かに突然だったな。きちんと説明しよう。実はそろそろこの子が里離れをする時期なのだが、精霊樹があの状態であろう? 正直なところ里の戦士を減らしたくはない、が、かといって大事な子供を一人で外に送り出すのも忍びない。
なのでどうしようかと思っていたのだが、そこにちょうどお二人が調査の為に里を離れるというのでな。ならば一緒に連れて行ってもらえないだろうかと思ったのだ」
「失礼、里離れというのは?」
「ん? ああ、只人のエド殿は知らなくて当然か。この里では子供が五〇になると、一定の期間里の外に送り出すことにしているのだ。これは里の中に籠もりきりになることで知識や常識が狭く凝り固まってしまうことを避けるためだな」
ほうほう、そんな風習があるのか。確かに合理的というか、必要な儀式だと思う。そのうえで今の状況で長期間里の戦士を里から離してしまうのを避けたいという考えもまた理解でき、俺はウンウンと大きく頷いてみせる。
「で、どうだろうか? 調査というのであればそれほど危険もないだろうし、話を聞く限りではルナリーティア殿もエド殿も旅慣れているようだ。無論その分の報酬は精霊樹の調査とは別に出すし、この子が外の世界に慣れるまでの間一緒にいてくれればいい」
「うーん……外の世界に慣れるまでというのは、具体的にはどのくらいの期間になりますか? 後調査の結果如何によって、その子を連れてこの里に戻ってくることは可能ですか?」
「里に連れて戻ってくるのは問題ない。昔は一度里を出たら五〇年は帰ってはならないという掟があったりもしたようだが、それをすると期間を過ぎても里に戻らず外で家庭を持ってしまうという弊害が多発したので、今は廃止になっているしな。
流石に近くの町にちょっと滞在するだけで里離れを終わりにする……などというのは認められんが、たまに戻ってきて数日滞在するくらいなら誰も何も言わぬし、里の外の話を幼子や両親にしてやるのはむしろ推奨されるくらいだ。
後は一緒にいる期間の方だが……そうだな。エド殿の目からみて一人で活動できると判断できるまで、あるいは最長で一年ということでどうだろうか?」
「一年!? それは流石に短すぎるんじゃ!?」
里長の言葉に、少年が驚愕の表情を浮かべて里長と俺達を交互に見る。が、そんな少年の頭に手を置き、里長が笑いながら言葉を続ける。
「無理を言うなエルエアース。里にいるエルフの戦士が同行するなら確かに一〇年くらい一緒にいてもいいだろうが、ルナリーティア殿はまだしもエド殿は只人だ。そこまで長く迷惑はかけられぬし、甘えるべきでもない。
とはいえ確かに今回は特例だ。どうしても無理だと思ったら一旦里に戻って、また数年後に改めて里離れの儀に挑むのを認める。ならばどうだ?」
「……わ、わかりました。そういうことなら。ルナリーティア様、エド様。おそらくご迷惑をおかけしてしまうと思いますけど、どうでしょう? 僕と同行していただけませんか?」
「うーん。どうするエド?」
緊張した様子でまっすぐ立っている少年に、ティアが困り顔で俺の方を見てくる。
里長には単なる調査の旅と言ってあるが、実際に俺達がやるのは魔王討伐の旅だ。その過酷さと危険度は当然近隣の調査とは段違いで、間違っても初めて里を出るという子供を連れて行けるような難易度ではない。が……
「もう少しだけ確認させてください。まず俺達が旅に出るのは確かに精霊樹がああなった原因を調査するためですが、原因を調査するということは、原因に辿り着き、場合によってはその排除に動く可能性もあります。
つまり、調査とは言っても決して安寧な旅ではありません。勿論同行するということであればエルエアース君の身の安全は可能な限り配慮しますが……絶対に守るという断言はできません。それでも構いませんか?」
「む、それは……」
「……………………」
真剣な表情で問う俺に、里長は難しい顔で考え込み、エルエアース少年は途端に表情を青くする。気楽に近所を回るだけかと思ったら精霊樹をあんなにする相手との戦いに巻き込まれるかもと言われたのだから、その気持ちは良くわかる。
「……原因が判明したならば、一度こちらに戻ってもらうというのは? 特例としてその時はエルエアースの里での長期滞在を認めよう」
「原因がこの近くにあるのであれば可能でしょうが、例えば何週間、あるいは何ヶ月も離れた場所に原因があった場合は難しいですね。それでも帰還を優先することは勿論できますが……それは精霊樹が痛んでいる状態をそれだけ放置するということですから、手遅れになることも想定していただかなければなりません」
「むぅ、確かにそうだな。うーん……」
「あの、里長様? そういうことであれば、僕は無理に同行しなくても……ほら、精霊樹の問題が解決したら出発すれば」
「それはそれでいつになるかわからんのだぞ? 確かに我らエルフにとって五年や一〇年のずれは大したことはないが、それとは別にこれは節目の儀式だからな。戦争などのよほどの事情がないのであれば、きちんと送り出してやりたいのだ。
そうだな……ならばせめて一番近くの町まで同行してもらい、最初の一週間ほどを過ごしてもらうのはどうだろうか? それで問題なければ後はその時のエド殿達の都合とエルエアースの意志次第、逆に明らかに未熟であると言うことであれば、里まで送り返してもらいたい。
ああ、駄目だった場合の里までの護衛に関しては、エド殿達で都合が悪ければ現地で活動しているエルフの冒険者に依頼してもらって構わん。その分の依頼料はこちらが払おう。これでどうだ?」
「そう、ですね。そのくらいであれば……どうだティア?」
「……そうね。私もそのくらいならいいわ」
「だそうだ。エルエアース、お前はどうだ?」
「えっと、僕は……」
里長の言葉に、エルエアースが悩み始める。子供が自分の意志で判断するには少々重い内容なのは確かだが……ふむ。
「おい、エルエアース……君?」
「あ、アースでいいです。何ですかエドさん……様?」
「はは、俺もエドさんでいいよ。じゃあアース。こいつはちょっとした忠告だが、悩むくらいならやめておくのも手だぞ? 町から町へ移動するだけの旅ですら、悩んで迷えばたやすく人は死ぬ。悩むって事は知識、経験、そして覚悟のどれか、あるいは全部が足りないってことで、それは死に直結するからな」
「っ…………」
その言葉に、アースが思い切り顔をしかめる。だが勘違いすることなかれ、俺の台詞はまだ終わっちゃいない。
「だが、それらは実際に旅をするなかで学び、鍛えることができる。旅なんてのは辛くて苦しいことばっかりだが、俺達を信じてついてくるっていうなら全力で教え、鍛えよう。
どうする? 背伸びしてチャンスを掴むのも、一歩引いて準備を整えるのもどっちも間違いじゃない。だが選ぶ機会は今だけだ。今ここで自分で決めるんだ」
「僕は……」
うつむいたアースが、小さく声を漏らす。そうして数秒逡巡すると、拳をギュッと握ったアースが俺達の方に一歩足を踏み出した。
「行きます。一緒に行かせてください」
「いいんだな?」
「はい! だって、準備を整えるのはいつでもいつまででもできるけど、エドさん達と一緒に行けるのは今だけなんでしょう? 戦士の人に守ってもらうだけなら、里にいても変わらない。どうせ里を出るのなら、僕は自分の足で立てるようになりたい!」
髪と同じ赤銅色の瞳が、まっすぐに俺を見つめてくる。不安を押し込め希望に輝くその目を前に、俺はニヤリと笑みを浮かべる。
「よしきた! なら俺達が鍛えてやる! よろしくな、アース!」
「よろしくね、アース君!」
「よろしくお願いします! エドさん、ティアさん!」
アースはまだ勇者ではない。だからこれは勇者パーティじゃない。そう、これは俺が異世界を巡り始めて初めての、勇者以外とパーティを組んだ瞬間だった。




