果たすべき目標と達成すべき目的は違う
里長の口利きによって、俺達は里に一軒しかないという宿に部屋を借りることができた。里の代表だと言われる何人かに紹介されたり軽く里の決まりや行ってはいけない場所などを説明されてその日を終えると、俺達は宿に戻って夜を迎え……そして俺の部屋には無防備なティアの姿がある。
「あー、何か久しぶり!」
「おいおい、ちょっと気を抜きすぎじゃねーか?」
俺のベッドの上でゴロゴロと転がるティアを前に、俺は思わず苦笑してしまう。だがそんな俺の指摘にも、ティアは枕に顔を埋めたまま起き上がりすらしない。
「むー、いいじゃない。家に帰ってきたみたいで落ち着くのよ。ほら、前の世界でリーエルと一緒に行ったエルフの里はあんな感じだったし……」
「あー、まああの頃は忙しかったからなぁ」
一つ前の世界でも、俺達はエルフの里を救っている。が、その時は魔王討伐の援助をしてもらうために世界中を駆け回っていた途中だったので、ゆっくりとエルフの里に滞在することなどできなかったのだ。
対して今回は原因を調査すると言ってあるので、急いでここを立つ必要もなければ追い出されることもない。ならばティアが久々の故郷の空気……厳密には違うんだろうが……を満喫するのを止める理由は確かに無い。
「ねえエド。そういえば何であんなこと言ったの?」
「あんなこと?」
「魔王よ。エドだったら魔王がどこにいるかなんてすぐにわかるでしょ? ならさっさと行って倒しちゃえば良かったんじゃない?」
枕から顔を上げたティアが、不思議そうにそう問いかけてくる。だがその質問にこそ俺は再び苦笑いを浮かべざるを得ない。
「おいティア、お前俺達が魔王を倒せるようになったからって、本来の行動指針を忘れてねーか? 俺達がこの世界を出る条件は魔王を倒すことじゃなく、勇者パーティに入ってから追放されることなんだぞ? もし俺達だけであっさり魔王を倒しちまったりしたら、その後どうやって勇者パーティに加入するつもりだよ」
「あっ、そっか。じゃあ魔王はどうするの? まさか倒さないってことはないわよね?」
「そりゃあな。とりあえずの予定としては精霊樹の調査を名目にしつつこの里にいる勇者とさりげなく顔合わせをして、その後は里長と交渉して魔王討伐の旅に同行してもらうって感じになるかな?」
「へー。いつもと逆なのね?」
「ははっ、そうだな」
今まではずっと、俺達が勇者パーティに加入していた。だがこの世界において勇者はまだ誰ともパーティを組んでいないどころか、そもそも勇者の自覚もなく、勇者らしい活動を何もしていない。
故にもっともらしい理由をつけて俺達の旅に同行してもらうことが必要となるわけだ。
「……あれ? でもそれって今の私達だからできることよね? 前の時はどうしてたの?」
「んー? 一周目の時は、そもそもこの里に入るだけで二ヶ月かかったからなぁ。で、やっと信頼を得て里に入ったんだが、精霊樹がああなった理由なんて見当もつかなかったし、そのままここで半年くすぶって、後は追い出された感じだな」
「えぇ? いいところが一個も無い感じなんだけど」
「仕方ねーだろ! 今思い返してみても、当時何ができたってわけでもねーしな」
ここは第〇六二世界。つまりリーエルの世界よりもずっと手前だ。当時はそれなりに強くなってはいたものの汚染魔力だの魔王の力だのの知識なんてのは当然なかったので、黒い蔦に巻き付かれた精霊樹に対して俺ができることは本当に何もなかった。
「俺はここに勇者がいるって感じてたから何とかして里に入ろうと食い下がったけど、エルフ側からすりゃ精霊樹が大変なときに訳もわからずしつこく里に入ろうとする俺なんてとんでもない不審者だ。
しかも苦労を重ねて里に入ってみたら、俺の方は勇者がただの子供だったせいでどうすることもできねーし、そうなるとエルフ側も必死に里に入りたがってた奴が、中に入った途端何をするでもなく適当に遊び暮らしてるわけで……そりゃ困惑して対応に困るわな。
まあそれでも半年は追い出されずにすんだから無事に白い世界に帰還できたけど……うーん、思い返してみてもここほど無為に時間を潰させられた世界ってのは他にねーな」
「ふーん。存在すら確認されてない魔王に、子供の勇者……それっておかしくない? 今までの感じからすると、私達がここに来るタイミングって、もっと魔王が暴れ出して、その子供が大人になって勇者になった頃じゃないの?」
「俺もそう思わなくもねーんだが、世界移動に関してはわからねーことの方が多いし、何より調べる方法もな」
「確かに、これまでの傾向から推測することはできても、確実にこれだって答えはどうやっても出せないわね……」
肩をすくめて答える俺に、ティアがバフンと枕に顔を埋めて呟く。どうしようもない、仕方が無い。そんな言葉で思考を放棄してしまいたくなるが……しかし魔王の記憶を取り戻した今となっては、どうにも引っかかることがある。
(これまでは漫然と受け入れていたけど、今振り返ってみると俺達が跳んできてたのは毎回間違いなく歴史の転換点だった。だとするとやっぱりこの時期に俺達が干渉すべき何かがあるのか?
思い出せ、思い出せ……一周目と二周目、何が違う?)
あまり気持ちの良くない記憶を、俺は必死に引っかき回す。一周目どころかそれ以前の糞のような記憶すら思い返してみても、しかしそこには誤差のような違いしかない。
「あー、わかんねー!」
俺が苛立ちでガリガリと頭を掻くと、やっとベッドから起き上がったティアがそんな俺の手を取り、軽く頭を撫でてくる。
「ほら、そんなに乱暴にしちゃ駄目よ? 今はまだ来たばっかりなんだし、いいじゃない。明日から里を回ってみれば、それで気づいたり思い出したりすることだってあるでしょうし。
そうね、まずはその勇者の子に会ってみましょう?」
「……ハァ、そうだな」
焦る必要は無いと考えていたはずなのに、知らず俺自身が焦りに苛まれていた。それをわからせてくれたティアに感謝しつつ、それはそれとして振り返った俺はティアの脇の下に手を滑らせ、その体をベッドから外に出す。
「ちょっと、何!?」
「いや、明日の活動予定が決まったってことで、もう寝ようかと。なわけだから、ティアは自分の部屋に帰れ」
「えー? なんかもう面倒だし、ここで一緒に寝たら駄目?」
「駄目に決まってんだろ。わざわざ二部屋とってくれたんだから、ちゃんと自分の部屋で寝なさい」
「はーい。ちぇっ、エドのケチ」
「何か言ったか?」
「なにもー? じゃ、お休み」
べーっと舌を出したティアが扉を閉めて部屋を出て行くと、俺は改めて自分のベッドに横になる。そこに残った心地よい温もりにあっという間に熟睡して……そして翌朝。食事を終えた俺達は、予定通りエルフの里へと調査に向かった。
「こっち?」
「ああ」
向かう先は住宅街。よそ者が一番足を踏み入れない、そして一番足を踏み入れて欲しくないであろう場所に向かっているため何度も怪訝な目で見られたが、それでも俺が歩み進むと、そこにあったのはごく普通の民家。
「行ってきまーす!」
その家の扉から、一二歳くらいの少年が元気よく飛び出してくる。エルフには珍しい赤銅色の髪を持つ彼こそがこの世界の勇者…………?
「あれ?」
「? どうしたのエド?」
「いや……え?」
ティアの言葉が、俺の耳を右から左に流れて消えていく。そのくらい意識を集中させて俺は少年を見つめ続けるも、グングン遠ざかっていく背中に驚愕を隠しきれなくなる。
「嘘だろ、何で……っ!?」
今までずっと勇者だったはずの少年。だというのに、俺は彼から勇者の気配をこれっぽっちも感じることができなかった。




