やらない後悔よりやってから後悔する。つまり迷ったら全部やっておけ
後半の一部が三人称となっておりますので、ご注意ください。
扉をくぐった先は、もはや懐かしいとすら感じる草原だった。そりゃまあ、この世界に来るの三回目だしなぁ……っと、感慨に浸るより先にやるべき事がある。
「『不落の城壁』に『吸魔の帳』……よし、追放スキルは普通に使える……うげっ!?」
本当に力を継承できたのか確認していた俺は、思わず呻くような声をあげてしまう。「旅の足跡」で表示されていたのが、自分がいる周囲だけだったからだ。
「えー、そこは知識だから受け継がれたりしないのか? まあまだ行ってないところをもう行ったと勘違いしないからむしろ便利かも知れないけど……いや待て!?」
俺は焦って「彷徨い人の宝物庫」に手を突っ込む。だがどれほど奥まで突っ込もうとも、指先はスカスカと空間を掴むのみ。
「のぉぉぉぉぉぉぉぉーっ!?」
悲壮な声をあげながら、俺はその場にガックリと崩れ落ちる。いや、確かに「記憶と経験」に物品は含まれていない。であれば本来ならばまだ使えない彷徨い人の宝物庫の中身が空なのは当然なのだが、その喪失感は計り知れない。
「くっ、俺の自慢のコレクションが…………ハァ」
重い重いため息をつきつつも、俺は予定通り町がある方へと向かって歩き出す。ただし初回とは違い、俺は「旅の足跡」で反応のあった赤い点の方に自分から近づいていくと、元の世界からずっと腰に佩いていたそれなりの鉄剣を引き抜き、角ウサギをサクッと狩る。
「ふぅ、これで入町税は大丈夫だな。解体まですりゃ肉が売れるけど……まあそれはいいか」
手間をかけたところで、角ウサギの肉の値段なんてたかが知れている。それにここで小銭を稼ぐことに意味が無いことを、俺はもう知っている。
その後は普通に道を歩いて行けば、すぐにアレクシス達と出会った最初の町へと辿り着いた。入町税の代わりに仕留めた角ウサギを渡せば何の問題も無く門を通り抜けることもできたし、後はここでアレクシス達がやってくるのを待てばいいわけだが……ふむ。
「どうすっかな……」
活気のある町並みを歩きながら、俺は静かに考えに耽る。その内容は勿論、アレクシス達との再会は最初の時と同じでいいのか? ということである。
一周目の時の出会いは、初めて来た異世界の町並みにキョロキョロしながら歩いていた俺がアレクシスにぶつかってしまい、「貴様のような庶民が勇者であるこの僕にぶつかるとは何事だ!」というアレクシスの言葉に「こいつが勇者!? これを逃したら二度と出会えないかも!?」と仰天した俺が必死にその足に縋り付き、なんやかんやで説得されたアレクシスに荷物持ちとして雇われるというのが流れだった。
であれば今回も同じようにすれば、同じ流れで荷物持ちとして勇者パーティに加わることはできるはずだが……それでは駄目だ。そんな下の立場から仲間になっても、アレクシス達の未来に影響を与えるほどの発言力は得られないだろう。
「となると自分を売り込むわけだが……問題は方向性だな」
一つは、今のアレクシス達に欠けている「荷物持ち」としての売り込み。彷徨い人の宝物庫を持っている俺の荷物持ちとしての才能は、この世界においては並ぶ者のない圧倒的なものであり、これをアピールすれば靴を舐める勢いで媚びを売らずとも勇者パーティに加入することは可能だろう。
反面、荷物持ちはあくまでも荷物持ちでしかない。自分の領分を越えて出しゃばるような態度を好まないアレクシスに「実は俺戦えるんですよ?」と主張すると能力云々の前に単純に嫌われてしまい、時を待たずして勇者パーティを追放されてしまう危険性がある……というか、普通に追放される。俺が抜けた後の荷物持ちがそれをやらかして首になりまくったってティアが話してたしな。
「むぅ。安定を取って一周目の延長でいくならこっちの路線だろうけど……」
いい匂いをさせている露店を尻目に、こんなことならもう一匹くらい角ウサギを狩って小銭を作っておくんだったかと微妙に後悔しながら、俺はもう一つの可能性についても頭を巡らせる。
もう一つ……剣士としての売り込み。薄命の剣を失ってしまったのはかなりの痛手だが、一〇〇年鍛えた俺の剣の腕が落ちたわけではない。当時の俺では「何だかよくわからないけどとにかく滅茶苦茶強い」としか理解できなかったアレクシスの強さも、今であれば十分に食らいつけるはずだ。
だが、こちらもまたいいことだけではない。アレクシス達は戦闘要員を募集してはいないので、どれだけ腕が立ったとしてもパーティに誘われない可能性がある。俺の知る限り……というか最後の最後までアレクシスが仲間を増やすことはなかったようなので、こっちの路線だと追放される以前にどうやっても仲間になれないという最悪の結果に繋がることが予見されてしまう。
「うーん。荷物持ちか剣士か……」
大通りの隅により、足を止めて俺は悩み続ける。一周目と違って門のところで足止めを喰らっていないため時間にはまだ若干の余裕があるが、然りとて何時間も考え込めるというわけではない。
そして、一度選んでしまえば方針転換は難しい。最初に強烈な印象を与えてしまうと以後は何をやってもそのイメージがつきまとうため、「かなり戦える荷物持ち」か、「割と荷物が運べる剣士」のどちらかにしか……うん?
「…………ああ、そうか」
散々頭の中でこねくり回した思考が、ぐちゃぐちゃと全部まとまってやがて一つの形になる。ふむふむ、そうか。そういう手があるのか! なら――
「見て、あれアレクシス様じゃない?」
「うわー、本当だ! 格好いい……」
「まさか勇者様をこの目で見られるとは……」
「……フッ」
横を通り過ぎる平民達の称賛の声を、アレクシスは余裕の表情で受け流す。聞き慣れた言葉に一々反応などせず、毅然とした態度を見せることが勇者である自分の評価を高めることをちゃんと理解しているからだ。
(まったく、生まれと容姿と才能と実力と英知と神の寵愛に恵まれているだけだというのに、相変わらず庶民は大げさなことだ)
悠然とした笑みを湛えたまま、アレクシスは内心でそう嘯く。自分が選ばれし特別な存在であることを一切疑わないし、その全てを当然として受け入れる。それは大国ノートランドの王子であり、生まれた瞬間その身に神の祝福の光を受けたアレクシスからすれば息をするのと同じくらい自然なことなので、謙遜することも卑屈になることもない。
そして、そんなアレクシスの態度に周囲もまた何の疑問も不満も抱かない。一般人が同じ事をすれば傍若無人と罵られるだろうが、誰もが特別と認めるアレクシスが特別扱いを求めるのは当たり前だからだ。
故に、特別なアレクシスが大通りを中央を歩けば大型馬車すら端によってアレクシスが通り過ぎるのを待機するし、もしアレクシスが欲しいと言えば、それが何であろうとアレクシスの手中に収まる。
まさに世界に、神に選ばれし特別な存在。しかしそんなアレクシスの前に立ちはだかるように、突如として一つの人影が降ってきた。
「…………何だ、君は?」
「やあ勇者様。ひょっとして人材を探してるんじゃないかと思ったんですが、最高の荷物持ちかつ最強の剣士に興味はありませんか?」
「何?」
特別なアレクシスに平然と話しかけてくる、どう見ても平凡な冴えない青年。自分を特別扱いしないその男にアレクシスはピクリと眉をひそめ……しかしその男、エドはニヤリと笑って腰の剣に手を掛けた。




