原因究明の結果、犯人は俺でした
「そんな馬鹿な!? 何故――」
「しっ!」
驚きの声を上げる里長を、俺は小さな声を出しつつ手で制する。その間にもティアは精霊樹に触れたまま目を閉じて集中しており、その体には黒いもやが徐々にまとわりつき始めている。
「おい、エド殿!? 本当に止めなくていいのか?」
「大丈夫です。ギリギリまで様子を見ましょう」
心配なのは俺も同じだが、ティアに苦しんでいる様子はない。ならば俺がティアを信じなくてどうする? 少しでも変な反応を見せれば即座に精霊樹から引き離せるように待機しつつ見ていると、やがてティアが精霊樹から手を離し、ふらりと木から離れるようによろけた。
「ティア!?」
「……あ、うん。大丈夫。ごめんね?」
「はは、大丈夫ならいいさ」
努めて軽く、努めて冷静を装って俺は笑う。手にぐっしょり汗を掻いていることを悟らせたりはしない。男ってのはいつだってクールに格好つけたいのだ。
「で、何かわかったのか?」
「うん。何かこう……力が吸われてる感じ? 宿ってる精霊の力が何処かに流れていって、そのくせ新しい力が入らなくなってるっていうか……このままだとそう遠くないうちに、精霊樹じゃなくてただの木になっちゃうと思うわ」
「何と!? そんなまさか……っ!」
「え、精霊樹ってそういう感じのものなのか?」
ティアの台詞に里長は大げさに驚いているが、俺の方は別の意味で驚きを隠せない。てっきり精霊樹は精霊樹という種類の木なんだと思ってたんだが、ただの木になるってことは、ひょっとして違うのか?
「ほっほっ、そうか。只人は知らんじゃろうのぅ。精霊樹というのは特別な木の名前ではなく、沢山の精霊が宿った木のことを言うのじゃ。そして何故特定の木に沢山の精霊が宿るかというと、その木の中が近隣の精霊にとって最も居心地がいい場所だからじゃな」
「居心地……ですか? それは何というか……」
「ほっほっ、俗っぽいか?」
「……まあ、はい」
もっとこう、神聖というか特別なものを想像していただけに、単に居心地のいい場所に集まっているだけというのはなかなかに予想外だ。だがそんな俺の反応に、長老は更に楽しそうに髭を揺らしながら笑う。
「ほっほっほ! 精霊とてどうせ宿るなら居心地のいい場所がいいに決まっておるじゃろう! 更に言うなら、エルフが精霊樹の側に里を作るのは、エルフにとってもそこが居心地がいいからじゃ。別に精霊樹がなければエルフが生きられぬとか、そういうことは一切ない」
「へ!? 嘘、そうなんですか!?」
「あれ? エドは知らなかったの?」
「初耳だよ! いや、だってエルフって精霊樹のことスゲー大事にしてるじゃん!」
キョトンとした顔で言うティアに、俺の方は思い切り声をあげる。だがそんな俺の反応を見たティアは、微妙な感じの苦笑を浮かべている。
「そりゃまあ、精霊樹があるってことはそこが私達にとって住み心地がいい場所だっていうわかりやすい保証になるもの。精霊樹が弱ってきたら、何らかの理由で近くの精霊の力が弱ってきてる……つまり対処しない限りいずれは居心地が悪くなるってわかるしね。
そういう意味では大事にしてるし、後は普通に愛着もあるから手入れだってしっかりするわ。そうね、自分の里の精霊樹は、一番古くから自分達を見守ってくれているお爺ちゃんとかお婆ちゃんって感じかしら?」
「他には只人がしがちな勘違いとして、ワシらエルフが文明を拒んでおるというのもあるがのぅ。あれだって木を主体とした自然物の方が精霊が宿りやすく、結果としてワシらにも心地よい環境が整いやすいからというだけで、別に文明を憎んだり否定したりしてるわけじゃないんじゃよ?
お主のように精霊の力を感じられぬ只人に言うなら、そうじゃのう。近くに色々な店があって買い出しなどには便利じゃが、すぐ近くが酒場で毎晩酔っ払いの喧噪と饐えた臭いが漂ってくる家より、多少町から離れて不便でも暖かい日差しと気持ちいい風が吹き抜ける家に住みたいと思うようなものか?」
「あー、なるほど。そういう…………」
ティアの言葉を補足するような長老の説明に、俺は深く納得して頷く。へー、主義とか宗教とかそういうのじゃなくて、単にこの状態が一番いい具合だからそれを維持してるってだけだったのか。うっわ、初めて知ったぞそんなこと……マジか。
「ヤバい。俺完全にエルフのこと誤解してたわ」
「まあ、されて困るような誤解でもないから、いちいち訂正したりもしないがのぅ。それもまた時代の流れじゃ。ワシらは取り残されているのではなく、選んだうえでここにおるのよ」
「はー! いや、勉強になりました。ありがとうございます長老様」
「なになに、この程度構わんよ。ほっほっほ」
「待て、話がずれている! そんなことよりも精霊樹のことだ!」
「あ、はい。すみません」
俺にとってはかなり興味深い話だったが、確かに精霊樹の状態の方が重要度は桁違いに高い。素直に謝罪する俺に目で頷くと、里長が改めてティアの方に向き直る。
「それでティア殿。精霊の力が吸い出されているというのはどういう? というか、何故これに触れても大丈夫だったのですかな?」
「どうと言われても困るんですけど……おそらく私じゃなくても、精霊樹に触れて精霊の様子を見ることができる方であれば、同じ結論に辿り着くと思います。
そしてどうして触れても大丈夫かは……何となく?」
「な、何となくだと!? それは流石に……」
「わかりますよ!? わかるんですけど、私としても何となく触っても平気かなって思って、実際何ともなかっただけなんで、その理由を説明することは……」
途端に胡散臭そうな顔をする里長に、ティアがしどろもどろに答えながらチラチラと俺の方を見てくる。いや、そんな見られたって俺にも精霊魔法のことなんてわかんねーけど……んん?
「あれ? そういえばこれとそっくりなのを最近見たような……?」
「見た!? エド殿、それは一体何処で!?」
「何処ってそりゃあ……あっ!?」
首をひねる俺の脳裏に、稲妻の如く閃きが舞い降りる。そうだよ、これ魔王のいた場所に通じる扉にあった蔦っぽい奴にそっくりじゃねーか! ってことは……
「エド殿!? って、まさか!?」
里長が驚くなか、俺も徐に精霊樹に手を伸ばしてみる。すると当然俺の体にも黒いもやがまとわりついてくるわけだが、俺自身には何の影響も感じられない。
いや、何もってことはないか? 何となくこう、何処かに繋がろうとしているような……ってヤバ!?
「どうされました!?」
「……そうかそうか。里長殿、これの正体がわかりました」
「ええぇぇぇっ!? それは一体!?」
「こいつは汚染魔力というもので、浄化したり他の魔力に還元することのできない特殊な魔力……だったっけ? で、これに触れると体内の魔力がこの汚染魔力に徐々に置き換わっていってしまうため、最終的には死に至るという危険なものです。
精霊の力が抜けているというのは、ここから吸い出された力が汚染魔力の源に向かい、その代わりにこの汚染魔力が送られてきている感じなのではないかと推察します」
「そんなことが……で、ではそれにどのように対処すれば? その源とやらをどうにかすればいいのですかな?」
「それしか無いと思います。あるいは極めて強力な聖なる力みたいなものが使えるなら、それで押し返すこともできるかも知れませんけど……」
おそらくだが、リーエルくらいの力があれば精霊樹の内に溜まった汚染魔力を押し出して外に追いやることができると思う。その場合は押し出した汚染魔力をどう処理するかという問題が新たに生じるが、それはまた別の問題なので今はいいだろう。
だがリーエルは聖女にして勇者。それと同じ事ができる奴がそう簡単にいるとは思えない。
「むむむ、それほど強力な力の持ち主など、我らには全く心当たりがないな。ルナリーティア殿やエド殿がこれに触れて大丈夫なのは、そういう力を持っているからではないのか?」
「いえ、違います。俺達はこれを調べていたことがあるんで、人よりちょっとだけ抵抗力があるだけです。長時間触れたらヤバいのは同じですね」
ティアはともかく、汚染魔力の根源は俺の力なので俺自身としてはこれにいくら触れようと何ともない。が、その結果この世界の魔王がどういう行動に出るのかわからないので、触れたらヤバいというのもまるっきり嘘というわけではない。
「ではやはり汚染魔力? とやらの源を叩くしか……それが何処にあるのかはわかるのか? 我らとしてもできる限りの協力をするぞ!」
「ありがとうございます。では微力ながら調査の協力をさせていただきます。つきましてはこの里に滞在する許可をいただきたいのですが」
「わかった。里長の名で許可を出そう。よろしくお願いする」
落ち着きを取り戻した里長が、そういって俺に手を差し出してくる。笑顔でそれを握り返せば、俺はどうにかこの里での活動許可を得ることができたのだった。




