伝統と格式が必ず通じるとは限らない
「よっと……おぉぉ?」
今回俺達が降り立ったのは、かなり深い森の中。周囲を背の高い木々が囲んでいるというのに、どういうわけか暗いという印象がない。これは……
「あら、ここってエルフの森?」
「お、わかるのか?」
「そりゃわかるわよ! 私を何だと思ってるわけ!?」
軽く驚いてみせた俺に、ティアがちょっとだけむっとして言う。と言っても、勿論わかっていてお互いふざけているだけだ。
ちなみにエルフの森とは、一定以上のエルフの集落が存在する森だ。そのままと言えばそのままなんだが、どうもエルフが定住している森の木々は精霊の影響を強く受けるとかで、普通の森の木々よりも丈夫で燃えづらく瑞々しいというさりげないメリットがあるのだという。
鬱蒼とした枝葉に光が遮られているはずなのに周囲が明るいのも、多分そういう精霊的な何かが影響してるんだろう。
「この感じだと、里はあっちの方かしら? って、目的地はそこでいいの?」
「ああ、そうだ。里の中にいるエルフの一人が勇者だから、そいつと協力する感じになる」
「わかったわ。ならそっちに向かいながらこの世界のことを教えてくれる?」
「おう! 足下に気を……って、これは言うまでもねーか」
森を歩くときに木の根に足を引っかけるエルフなど、俺は今まで一人だって見たことがない。狩りで高速移動していてすらそれなのだから、話している程度でティアが躓くことなどないだろう。むしろ気をつけるのは俺の方だ。
「改めて言うけど、これから向かうのはエルフの里だ。そこで色々あるわけだが、それに関しては今は何も言わない。初めて行く里の内情を知ってるとか不審にもほどがあるからな。なんでティアは難しく考えること無く、自然にしててくれればいい」
「つまりいつも通りってことね? そうなると勇者や魔王の事なんかも聞かない方がいいのかしら?」
「そうだな。実際に顔を合わせた後にでもこっそり伝えるよ。それで困ることはないはずだ。魔王は……」
「……どうしたの? 何か言いづらいこと?」
困り顔をした俺を見て、ティアが小首を傾げながら尋ねてくる。
「いや、そうじゃない。俺の記憶では、この世界では魔王の話を聞いたことがねーんだよ」
「えっ、それって魔王がいないってこと?」
「ついこの間までなら『そうかもな』って答えてたかも知れねーけど、今となってはそれは絶対あり得ないと断言できる。レベッカの時に『魔王はお伽話』って言われただろ? 多分だけど、ここもそんな感じで一般には魔王の存在が広がってないんだと思う。
ただ、それが神話みたいな扱いになってるのか、遠い場所で活動してるからこの辺じゃ知られてないのか、あるいはこっそり活動してて発見されてすらいないのか……その辺の違いは今回初めて調べることになるから、ちょっと時間がかかるかもな」
「そういうこと。まあいいんじゃない? 別に急ぐ理由も無いんだし」
「それは正しくその通りでございます……っと、見えてきたぞ」
木々の隙間から覗く景色に、明らかに人の手の加わった建物が映る。俺達がそっちに近づいていくと、不意に頭上から声がかかった。
「お前達、何者だ!? 何の目的があってこの里にやってきた!?」
「おっと、失礼しました。我々は……ティア?」
直接声をかけてきているのは里の入り口にある櫓の上のエルフだが、それ以外にも俺達を狙う複数の気配が近くの木々の上から感じられる。
だが俺はそれに気づかないふりをして両手を上にあげ、挨拶を……と思ったところで、ティアが俺を手で制して一歩前に出て声をあげた。
「私はノートランドが東、キルキアの精霊樹の加護を受けて生まれしひと葉、ルナリーティア! 風に舞う木の葉の寄る辺として、遙か遠き同胞の地にてひとときの寄り枝を求めたい!」
「……………………?」
「…………え? あれ?」
朗々と語るティアに対し、櫓の上に立つエルフが困惑の表情を浮かべ、それを見たティアが同じように困り顔になって俺の方を見てくる。
「ど、どうしようエド。エルフ同士のお決まりの挨拶なのに、通じないわ!?」
「そりゃお前、違う世界……じゃない、遠くに来たら決まり事だって違うだろ。どうすんだよこれ」
俺の知る流れでは、ここで警戒されつつもただの旅人であることを主張し、エルフ達の出す課題をいくつかクリアすることで里に入る許可が下りるという感じになっていた。
が、ティアがものすごく堂々と挨拶をしてしまったことで、里のエルフ達もどう反応していいのかわからないという感じでこちらを見ている。あれだけいかにもな名乗りをあげられれば誰でも「何か約定があるのだろう」と思うだろうし、それに思い当たることがなければ迂闊な返事ができないのは当然だ。
これは……どうする? 俺一人なら「道に迷ったので助けてくれ」という定番の手が使えるが、エルフのティアが一緒にいるのに森で迷うはずがないので、これは却下だ。目的の勇者もこの里では「勇者」として認識されてないから、見ず知らずの他人がそいつを訪ねてきたなんて伝えても不審にしか思われない。となると……あっ!
「あの、失礼ですが、この里のなかで何か不穏な事が起きておりませんか?」
「ん? 何だお前、突然……?」
今度は俺がティアの前に出て見張りのエルフに話しかけると、思案の海から戻ってきたエルフの男が訝しげな視線を向けてくる。よしよし、話に乗ってくれたな。なら……
「いえ、実はこちらの女性……私の旅の友であるルナリーティアが、この近くで精霊の陰りを感じたというのです。なのでこの周辺を探っていたのですが、その最中にこちらの里を見つけまして……であればその陰りとはこの里の中にあるのではないかと思ったのです。
勿論確証があることではないのですが……ひょっとして何かあったのでしょうか?」
「精霊の陰り……そのエルフが、か?」
「はい。だよなティア?」
「へ!? あっ、あー、うん! そうよ! なんかこう、ズモモッと来る感じのアレがあったのよ!」
「ズ、ズモモ!? それは一体どういう……いや、しかし……」
俺の目配せを理解して話に乗ったティアの言葉に、見張りのエルフが再び困惑の表情に戻る。が、今度は困惑の種類が違う。
そりゃそうだろう。「訳がわからないが無下にするには問題がありそうな事を言う同胞」の扱いと、「里の中に問題が発生していることを何故か知っているよそ者」では危険度がまるで違う。
これなら交渉に持っていけるか……と俺が考えていると、櫓の上に別のエルフが姿を現し、何やら二人で話をしてから俺達の方に改めて声をかけてきた。多分上の方からの指示が届いたんだろう。
「よし、わかった! 遠き同胞とその仲間を我らの里に招き入れよう! 門を開けるから少し待っていてくれ」
「わかりました!」
返事をしてしばし待つと、目の前にそびえていた大きな木製の門が押し開かれていく。門の横、里を囲っているのは一見すると簡素な木柵で、そこをひょいと飛び越えれば簡単に里の中に入れそうだが、それは完全に罠だ。見た目と違ってガチガチに魔法で守られているので、そんなことをしたら地獄の責め苦を味わうことになるだろう。
俺が追放スキルを使えば押し通れるだろうが、普通に門を開けてもらったのだから当然そんなことはしないけどな……と、そんな馬鹿なことを考えていると、開いた門からいかにも好青年といった感じのエルフの男が歩み出てくる。
「お待たせしました。ルナリーティア殿、それと……」
「ああ、俺はエドです」
「わかりました。ではルナリーティア殿と、エド殿。我らの里長がお二人を歓迎するとのことですので、まずはご同行いただいて構いませんか?」
「ええ、勿論。いいよなティア?」
「当然よ。というか、わざわざ里長が会ってくれるの?」
「はい。ルナリーティア殿の挨拶にご興味を示されたのと……それと、先ほどのエド殿の発言についても、おそらくお言葉があるかと。ではこちらへ」
優男に導かれ、俺達はエルフの里へと足を踏み入れる。そこに広がっていたのは素朴ながらも活気ある町並み……ではなく、どこか暗い雰囲気の漂う静かな町並みだった。




