長ったらしい自分語りも避けて通れぬ時がある
「っはぁぁぁぁぁぁ……何か今回はスゲー疲れたな」
無事に「白い世界」へと帰還を果たし、俺はその場で思い切り伸び上がって大きく深呼吸をする。期間的にもそこそこだったが、何よりも今までとはあまりにも違う行動、結末を迎えすぎたため、何とも言えないやりきった感が俺の中に満ちている。
「お疲れ様。まずはお茶でも飲んで一休み……とはいかないのね、残念」
「ははは、飲めなくはねーだろうけど……魔王討伐ができたくらいだし、そっちも試してみるか?」
「うぐっ!? ちょ、ちょっと興味はあるけど、失うものが大きすぎるというか……むむむ」
俺の言葉に、ティアが眉間にしわを寄せて悩み始める。俺としてもここで飲食をしたらどうなるのかは興味がありはするが……あー、いや、今ならどうとでもできるのか?
「うーん……やっぱりやめておくわ。それよりエド……」
「わかってるって。『勇者顛末録』だろ? 今――」
「そうじゃないわ」
テーブルの方に歩み寄ろうとする俺を、ティアが真剣な表情で呼び止める。
「ねえエド。あの時魔王と何を話してたの? エドがあの魔王と同じって、どういうこと?」
「あー、やっぱり気になる?」
「そりゃ気になるわよ! 言いたくないことなら無理に聞き出したりはしないけど、聞きたいって意思表示はしっかりしておくわ! それに私の方も気になることがあるし……」
「ほう、何だ?」
微妙に予想はつくんだが、それでも俺はティアに問う。と言ってもこういう時の予感は残念ながら外れたことがないわけだが……
「あのね、思い出したの。アレクシス達と戦ったとき……あの時の魔王もエドそっくりだったのよ」
「あー……」
はい正解。世界で一番嬉しくない正解に俺が軽く渋い顔をすると、ティアはそのまま話を続けてくる。
「あの魔王も、最初は黒いもやに覆われてたわ。でもアレクシスが聖剣でそれを切り裂いていくと、その下から……まあ、うん。今回と同じよ。
勿論、それがエド本人じゃないってことはすぐにわかったわ。でも驚いたのは間違いないし、何よりアレクシスがすごく怒ったの。『命を捨てて僕達に道を切り開いてくれた仲間を愚弄するのか! 見た目だけ真似た程度で動揺するほど、勇者は甘くないぞ!』って。
その後は知っての通り魔王を倒して、いつの間にかそのことを忘れちゃってたみたいなんだけど……さっき魔王の顔を見て急に思い出したの。ああ、あの時もそうだったなって。
あの世界でだけのことならまだ説明もつくんだけど、別の世界であるさっきの魔王までエドの顔をしてたってことは、エドと魔王には何か関係があるんじゃない?」
「……まあ、そうだな。あるか無いかで言えば、ガッツリ関係はある。長い上に面白い話でもねーし、聞くと気分が悪くなるかも知れねーけど……それでも聞きたいか?」
進んで話したいとは思わないが、聞かれたら答えないわけにはいかない。ここで誤魔化せばティアの中にずっと消えない疑問が残り続けるだろうし……伝えないことを選んだならば、俺とティアの関係はゆっくりと壊れていくことだろう。
未練がましくそれにすがって腐っていくのから目を背けるくらいなら、ここでひと思いに清算しちまった方がいい。けじめをつける覚悟を決めた俺に、しかしティアは微笑みながら俺の手を取ってくる。
「うん、教えて。私はきっと、それを知って二人で抱えるためにここにいるはずだから」
「……そうか」
ああ、ティアは何でこうなんだろうか? 俺には俺の糞みてーな個人的事情を背負わせる気なんざこれっぽっちもねーのに、どうして話を聞く前から背負う気満々でいられるんだ?
底抜けの馬鹿だ。究極のお人好しだ。でもそう求めてくれるなら、目の前にいるエルフのお嬢さんに話すことも吝かでは無い。
ならば語ろう。かつて何処かの世界に生まれた魔王と神の物語を。未だ道半ばである俺と俺の話を。
昔々あるところに、「全てを終わらせる力」を持つ魔王がおりました。そしてそんな魔王の存在を、神はとても恐ろしく感じていました。何せ全てを終わらせるとなれば、自分の創った世界のみならず、神自身ですら「終わらせられる」かも知れないからです。
魔王は特に神と敵対していたわけでも破壊活動に勤しんでいたわけでもないのですが、「自分を脅かせる可能性を持つ存在がいる」という事実に耐えきれなくなった神は、魔王に戦いを挑みました。長く苦しい戦いの果てに、神は遂に魔王を打ち倒します。
ですが、神は魔王を倒すことはできても、滅ぼすことはできませんでした。「全てを終わらせる力」は魔王の力であり、神の力ではなかったからです。
なので神は、魔王の魂から力と記憶を抜き出し、それを一〇〇個に砕いてそれぞれ別の世界にばらまきました。その上で意志も力も失った魔王の魂を、時すら流れていない「永遠の白」に封じ込めます。
ただ、それでも神は安心できません。元々一つであった魂と力は互いに引かれ合い、いつかは世界の境界すら超えて元に戻ってしまうかも知れなかったからです。
そこで神は考えました。自分に魔王が滅ぼせないなら、魔王の魂を絶望に染めることで、いつか「全てを終わらせる力」を取り戻した時、魔王自身が「消えて無くなりたい」と願うようにすればいい。そういう仕組みさえ作ってしまえば、後は何もせずともいつか勝手に魔王が自滅してくれる……そんな素晴らしい思いつきを、神は何の躊躇いも無く実行しました。
そうして神は計画のために無知にて無垢なる魔王の魂に人としての偽りの記憶を植え付け、脆弱な人の体を与えたうえで一つの試練を課します。即ち「自分が生まれた世界に戻りたかったら、一〇〇の異世界を巡りその全てで『追放』されよ」というものです。
魔王が持つ「元に戻りたい」という本能を「家に帰りたい」という郷愁にすり替えられたことで、道化人形に加工された魔王の魂は必死に異世界を渡り歩き、その先々で手ひどく「追放」されていきます。
自分の力の断片を倒しに行く勇者にこびへつらって同行するも、戦う力どころかその世界の常識すらおぼつかない魔王の魂は、どの世界でも疎まれ貶され罵られましたが、それでも「元の世界に帰りたい」という一心で活動を続けます。
そして遂に一〇〇の異世界から追放された魔王の魂が偽りの郷愁に身を焦がし、存在しない懐かしい故郷に思いを馳せて扉をくぐると……そこにはこれまでの全ての記憶を消され、最初の状態に戻された道化人形の姿がありました。
そう、それは永遠の円環。「全てを終わらせる力」を無くした魔王に与えられた、決して終わることのない悲劇にして喜劇。石から生まれた世界が再び石に還るほどの時間、星の数よりなお多い繰り返しを、魔王の魂はただひたすらに人間から拒絶され、追放され続けていきます。
記憶は消える。でも魂にこびりついた昏い想いまでは消えない。長い永い繰り返しの果て、自分の力の断片が存在する世界を出入りする度に少しずつ世界から漏れ出して蓄積していった力は、やがて「永遠の白」に水晶玉として結実します。
それは触れた者のどんな願いも「終わり」という形で叶える力。ここでくたびれ果てた魔王の魂が己の消滅を願えば、全ては神の思惑通り。
でも、魔王の魂はそれを望みませんでした。怒りや復讐に駆られないように調整された人格を与えられていた魔王の魂はそれ故にまあまあ善良であり、神ですら滅ぼすことのできなかった魔王の魂は、神の予想を少しだけ超えて強靱でした。
魔王の魂は苦しい現実から逃れることでも、役立たずの自分が消え去ることでもなく、「誰にも迷惑をかけないように強くなって、自分を助けてくれた人たちを助けたい」と願ったのです。
かくて魔王の魂は「無力な自分」を終わらせて、水晶玉に溜まる力の一部を己の力として使えるようになりました。そしてその日から、完璧だった神の計画にわずかずつほころびが生じ始めたのです……




