たとえ生まれが同じでも、歩んだ道が違えばそれは別人だ
自分が必死に戦っている敵が、自分と同じ顔をしていたら? そりゃ驚くさ。驚くだろうが、それだけだ。
かつてワッフルの修行に使ったミカガミみたいに、こっちの姿形を真似る敵というのは珍しくはあっても存在する。であれば魔王が同じような力を持っていたところで不思議でも何でもない。
「フン……ッ!?」
故に驚いたのは一瞬。すぐに腕に力を込めてそのまま魔王を切り裂こうとするも、ガッツリと食い込んだ剣は押しても引いてもびくともしない。そしてそんな俺に向かって、魔王が手を伸ばしてくる。
いつもならば、即座に剣から手を離しその場を飛び退いていただろう。だが今俺が手にしているのは、師匠が鍛えた「夜明けの剣」だ。師匠の夢を手放すことにほんのわずかな躊躇いを感じてしまい……その甘さが魔王に俺の腕を掴ませる。
「ぐぁぁぁぁっ!?」
「エド!」
「エドさん!?」
魔王に捕まれた腕が万力のような力で締め上げられ、与えられた痛みに俺は思わず叫び声をあげる。おかしい。何でこんなに痛ーんだ? どうして……
「『不落の城壁』が……効いてない!? がぁぁぁぁ!?!?!?」
「「「「「「「「「「カカカカカカカカ……カ……カ……」」」」」」」」」」
いや、「不落の城壁」だけじゃない。握りつぶされるんじゃないかと言うくらいに掴まれうっ血した腕の部分には、「包帯いらずの無免許医」も発動していない。くそっ、まさかスキル無効か!? 一応想定してたが、ここで来るのか……っ!
「エドを離しなさい!」
背後に迫ってきたティアの声と共に、斜め下から俺の首をかすめて魔王の顔面に細剣が突き刺さる。それは狙い違わず魔王の眼球に直撃したが、あろうことかよく鍛えられた鋼の細剣の先が砕け散り、魔王は何の痛痒も感じていない。
「「「「「カカカカカッ」」」」」
「嘘っ!? 闇の衣は剥ぎ取ったのに!?」
おお、ティアの奴あの黒いもやもやにそんなお洒落な名前をつけてたのか。いや、今はそんなこと考えてる場合じゃないだろ! でも何か……何だこれ? 痛みとは違う何かが俺の中に入って……いや、それとも吸い出されてる……?
「食らいなさい魔王! 『ディバインオーラ』『ホーリーレイ』!」
自己強化からの神聖魔法により、魔王の頭上から光の柱が降り注ぐ。だがそれに脳天から貫かれた魔王は、やはり何も……いや、ニヤリと笑った?
「「「カッカッカ……クハァ!」」」
「きゃあ!?」
魔王が右腕を振るうと、背後から悲鳴が聞こえる。今すぐ二人の様子を確認したいというのに、俺の体は動かない。「彷徨い人の宝物庫」が開ければ予備の剣を出して掴まれている俺の右腕をぶった切り、そのまま離脱することもできるんだが……くそっ、くそっ、くそっ!
「離せ! 離しやがれ! それ以上ティアとリーエルに何かしやがったら、ただじゃおかねーからな!」
気づけばどす黒く変色している俺の右腕は、もはや何の感覚も伝えてこない。ならばと股間を蹴り上げ鼻っ柱に頭突きをかますも、魔王の顔はニヤニヤ笑いから変わらない。まさか自分の顔をこれほど憎らしく思う日が来るとは……っ!
『カカカ……ミツケタ、ツナガッタ…………ツイニコノ時ガキタ!』
「なっ!? テメー、言葉が!?」
無数の音が重なり合った不協和音でしかなかった魔王の鳴き声が一つの音に統一され、豊かになった表情と共に人の言葉を紡ぎ出す。その事実に驚く俺の顔を見て、魔王の野郎が楽しそうにケタケタと笑う。
『ソウダ! ワレハオマエ、オマエハワレ! 忌々シキ神ニヨッテ砕カレタ、一〇〇トヒトツノ魔王ナリ!』
「知らねーよそんなこと! ティア、やれ!」
「っ……ごめん!」
俺の呼びかけに応えて、ティアが半分になった細剣を振り下ろす。そんなものが通じないとわかっている魔王は無反応だが、ティアが狙っているのは魔王じゃない。
「ぐっ!」
『ナニッ!?』
「ナニッ!? じゃねえよボケがぁ!」
魔王に掴まれていた俺の右腕が肩の付け根から切り飛ばされ、解放された俺は魔王の腹に刺さったままの「夜明けの剣」の柄に渾身の蹴りを入れる。
『グガッ!? オノレ……ナゼ拒絶スル!?』
「生憎だが、同じ顔をした奴と友達になる気はねーんだよ! 紛らわしいだろ!」
『ソンナ理由デ!?』
勿論本気ではないんだが、何故か魔王が衝撃を受けている。ならここは一気に畳みかけるところだ!
「オラオラオラオラオラオラオラオラ!」
ここぞとばかりに、俺は「夜明けの剣」の柄に拳を叩き込みまくる。何故か追放スキルが使えなくなっているため俺の拳はグチャグチャになっているが、興奮しまくってるせいか痛みは感じないので問題ない!
『グッ、ガッ!? マ、待テ! ヤメロ! 幾千、幾万、幾億ノ円環ヲ経テ、ヤット巡ッテキタ奇跡ナノダ! ソレヲ――』
「だから知らねーっての! そもそもテメーは何なんだよ!」
『グォォォォ……ワレハ、ワレハ…………ッ!』
魔王の体にビシビシと罅が入っていき、その隙間から赤い光が漏れ出ていく。人の形をして人のように動いているというのに、その体はまるで石のようだ。
『モ、モウ体ガ…………イイダロウ、ソコマデワレヲ拒絶スルトイウノナラ……』
「これで――」
『……貴様には真実をくれてやろう。さあ、思い出せ』
「終わりだぁ!」
最後に渾身の蹴りを入れた俺の足首を、魔王が掴む。同時に腕の時とは比べものにならないほどの何かが一気に俺の中に入ってきて……っ!?
『俺よ、俺よ……哀れなる俺よ……終わりの名を奪われ、道化の役割を与えられし俺よ……思い出せ、その本質を。お前の名は……』
パキィィィィィィン!
「ぐおっ!?」
限界を超えた魔王の体が、赤い宝石となって砕け散る。足を掴んでいた手が無くなったことで尻餅をついた俺の上に無数の破片が降り注ぐが、不思議なことにそれは俺の体に刺さったりすることなく、全て黒いもやとなって消えていく。
「エド! 大丈夫!」
「エドさん! 今手当をします! 腕の再生はすぐには無理なので、そちらは止血だけにしてまずは手からいきますね」
「あ、ああ。悪いな」
そんな俺を見て、ティアとリーエルが慌てて駆け寄ってくる。ティアは俺の前に立ちはだかって影も形も無くなった魔王を警戒し、リーエルの回復魔法が俺の拳を癒やしていく。
「ぐぁぁぁぁ!?!?!?」
「神経が治ってるせいで痛みが感じられるようになったんです。舌を噛まないようにこれを咥えていてください!」
「ふごっ!?」
口の中に布きれを詰め込まれ、猛烈な拳の痛みが俺の意識を今にも焼き切りそうになるなか、俺の中にはもう一人、そんな俺を冷静に見ている別の存在が感じられる。
(ああ、そうか。こういうことか……)
それは無くしていた、亡くされていた記憶。己の力を一〇〇に砕かれ、力も記憶も奪われた魂に神が付与した人格である俺ではなく、「全てを終わらせる力」を持った最強の魔王が持っていた過去。
(なるほど確かにお前は俺だわ。くっそ、厄介なもん押しつけやがって)
終焉の魔王、エンドロール。予想外の方向に転がった過去に、俺は何とも苦々しい思いでこれからどうすればいいかを考えていた。




