実力を隠していたわけじゃない、ただ全力を見せなかっただけだ
「一回追い詰めた程度じゃ倒せねーとは、流石は魔王様ってところだな。だが――」
まるでランプから出てくる魔神のおとぎ話のように小さな体から巨大な上半身を生やした魔王に、俺は臆すること無く前進した。するとその体躯に見合った巨大な剣が俺に向かって横薙ぎに振るわれる。まずはこいつを……っ!?
「伏せろ!」
背後に怒声で指示しながら、俺は片刃剣である「夜明けの剣」の背の部分で魔王の剣を受け止める。だが五メートルはあろうかという剣の威力は見た目通りにすさまじく、俺の小さな体が風に舞う塵のように易々と弾き飛ばされる。
「ぬぉぉぉぉ!?」
勢いのままに身を任せたら、ステージからはみ出て黒い壁に衝突してしまう。慌てて石床に剣を突き立てギリギリで踏みとどまると、即座に「追い風の足」を起動してティア達の元へと向かう。その間にも魔王がティアに切り下ろしの一撃をお見舞いしていたが、それが命中する瞬間に白銀の光が散って、魔王の剣が軽く弾きあげられた。
「すまん! 大丈夫か!?」
「はい、何とか……ですが連続では難しいです。私自身ならまだしも、ティアさんに付与した『ご加護』は一撃で砕かれてしまいました」
「了解。攻撃は俺が対処するから、リーエルは守りに専念してくれ」
「わかりました」
リーエルの返事を待たず、俺は再び魔王の前に歩み出る。すると再び魔王の剣が俺を切る……というか叩き潰すべく振るわれるが、二度も無様を晒すつもりはない。
「ぐっ、おぉぉぉぉ……っ!」
鋼鉄が嵐の如く降り注いでいるような力を、「夜明けの剣」で受け流す。ミシリと体中が嫌な音を立ててくるが、それを気にする余裕などない。
「「「「「「「「「「コカコケキキココカキコカコケキカコキ」」」」」」」」」」
「だから何言ってるかわかんねーんだよ!」
謎の鳴き声っぽいものに愚痴を吐きつつ、俺は魔王の苛烈と言ってすら生ぬるい攻撃をひたすらに耐え忍ぶ。
魔王の本体は、どう考えてもさっきまで戦っていたあの小さな体だろう。そこから生えた上半身はその巨大さ故に隙もあり、正直なところ俺だけならば走り込んで下の本体を攻撃することもできる。
が、その場合背後にいる二人を攻撃されると守りようがないし、何より俺だけじゃ魔王の纏う黒いもやもやをどうにかする手段が無い。
故に耐える。今は耐える。何故なら……機会はすぐにやってくるからだ。
「――顕現せよ、『スターハストゥール』!」
ただ一人、ずっと詠唱を続けていたティアの魔法が完成し、嵐を纏う恒星が魔王の巨体を打ち貫く。だが胸に開いた大穴に向かってギュルギュルと黒いもやが収束し、あっという間に魔王は元の姿を取り戻してしまった。
「…………あれでも駄目なのね」
「ま、上は本体じゃねーだろうしな。力は削れてると思うけど、下を叩かねーと倒すのは無理なんだろ」
「そうみたいね。わかった、覚悟を決めるわ」
言って、ティアが「共有財産」を使ってその手に弓を取る。エルフの里を救った時にもらった特別製のそれは、打ち出す矢に精霊魔法の力を乗せられる強力な魔導具だ。
「んじゃ、俺ももうちょい頑張るか。リーエル、頼む」
「わかりました」
飛んできた回復魔法で、俺の体から痛みが消える。疲労までは抜けねーが、そんなのは今更だ。
「おい、そこのいかさま風船野郎! もうちょっとだけ遊んでやるぜ!」
「「「「「「「「「「カカカコカコキケコカコカコカケキ」」」」」」」」」」
三度前に出た俺に、巨大な魔王の斬撃が降り注ぐ。今度はそれと同時に翼がはためき床の上に無数の羽が突き刺さると、数秒後にはそれが次々と爆発していく。
「それ、今使う必要あるか? まあ俺は楽でいいけどよ!」
もっと大所帯だったりパーティメンバーが分散配置しているならともかく、たった三人を二つに分けただけの配置で面攻撃が有効だとは思えない。となると考えて使ってるんじゃなく、受けたダメージに応じて攻撃方法が変わるとかか? やや気にはなるが、その分剣での攻撃頻度が若干下がっているので俺としては大助かりだ。
「ヘイヘイ! どうした! 腰が入ってねーぞ!」
「「「「「「「「「「カコカコカコカキキキキキキキキキ」」」」」」」」」」
とは言え、実のところ状況は決して良くはない。そもそも魔王の剣撃は人の身で受けるには強すぎるし、せめて盾ならまだしも、俺がそれを受け止めているのは長剣の背だ。「夜明けの剣」を片刃にしてくれた師匠の先見の明のおかげで今は保っているが、限界は刻一刻と迫ってきている。
「ぐっ……うぅ……まだまだぁ!」
ブチブチという嫌な感触が、腕や足の血管が切れていることを伝えてくる。見えないし見ている余裕もないが、服の下では体中にどす黒い染みが広がっていることだろう。
そこにリーエルの回復魔法が飛んでくるが、とてもじゃないが回復が追いつかない。それに無意味だと思っていた爆発する羽の攻撃が、リーエルの「ご加護」を絶妙に削っているらしい。そっちは俺にはどうしようもないんだから、これ以上を求めるのは贅沢どころか傲慢だろう。
辛いのは皆同じ……そしてその辛い状況を打開するための一手が、ようやくにして完成する。
「――顕現せよ、『スターハストゥール』!」
再び発動したティアの精霊魔法。それに合わせて俺は前方に走り出すが……
「「「「「「「「「「カカカカカカカカカカカカカカカカカカ」」」」」」」」」」
胸の前で両手を構え、防御の姿勢を取った魔王の巨体はティアの魔法を防ぎきった。勝ち誇ったような魔王の一撃が、俺の頭上めがけて振り下ろされる。
「エドさん!?」
悲鳴のような声をあげて、リーエルが俺に「ご加護」を飛ばす。それは確かに魔王の剣を弾いたが、それとほぼ同時に無数の羽が俺とその周囲に密集して降り注ぎ、大爆発が起こった。もうもうと立ちこめる煙のなか、致死の衝撃を受けた俺は……だからこそニヤリと笑って叫ぶ。
「ティア!」
「いっけぇぇぇぇぇぇ!!!」
ティアの手から、銀の光矢が打ち出される。精霊魔法を付与して強化する銀霊の剣を矢として打ち出したそれは、全てを貫く閃光となって小さな魔王本体に突き刺さる。
「「「「「「「「「「カカカキキキキキ!?」」」」」」」」」」
突き刺さった銀霊の剣は砕け散り、だが魔王の纏う黒いもやも消失する。無論それは即座に修復を始めるが……俺はそれより速い!
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
この旅の間、俺は一度として戦闘系の追放スキルを使わなかった。全てを魔王に知られていると想定し、あくまでも俺の実力はここまでだと誤認させた。
だが今、「不落の城壁」で攻撃を無効化し、「包帯いらずの無免許医」で全身の傷を回復させ、「追い風の足」の踏み込みに「円環反響」でさっきの羽の衝撃を加えて飛び出せば……肉が裂け骨が砕け、全身がただの血袋と成り果てようとも、まっすぐに突き出した剣は音より速く魔王を穿つ。
「「「「「「「「「「コココ……コキ?」」」」」」」」」」
ガキンという予想外に硬い手応えと共に、俺の剣……師匠の打った「夜明けの剣」が魔王本体の胸を貫く。それと同時に魔王の纏っていた黒いもやがぶわっと周囲に散っていき、遂に魔王の真の姿が露わに――――――――
「……………………え?」
誰かの、だが全員が気持ちを同じくする声が小さく響く。黒いもやが取り払われた魔王は一般的な成人男性と同じくらいの体型をし、何処にでもいそうな人間の顔つきをしていた。
俺と同じくらいの身長で、俺と同じくらいの体型で、そして――
「……エド?」
「エド、さん?」
「……………………何だよそりゃ」
魔王は、俺と同じ顔をしていた。




