無効化と変身は魔王の嗜み
「さて、魔王御大のご尊顔を拝見するにはこの扉を開かないといけないわけだが……これ触っても平気なやつか?」
俺達と魔王を隔てる大きな扉は両開き戸になっており、こちら側から引っ張るための取っ手の部分にも容赦なく黒いツタが絡みついている。近くで見ると何となくねばっとしている感じで、正直これに触れるのはちょっとだけ躊躇われる。
「いいか悪いかで言うなら悪そうだけど、この形の扉じゃ触らないと開けられないでしょ?」
「えーっと、私がやりましょうか? 私であれば神のご加護がありますから、触れても平気だと思いますし」
「いや、触るのは平気でも、リーエルの腕力じゃ開けられねーだろ。かといってこんなところで力の無駄遣いもして欲しくねーし、とりあえず適当な棒でも……っ!?」
折れるのを前提で、試しに取っ手の穴に棒を突っ込んで引っ張ってみようとした矢先、俺達が何もせずともゆっくりと扉が開かれていく。その隙間からは圧倒的な気配が溢れるように漏れ出し、適度に緩めていたはずの緊張が一気に臨戦態勢へと持って行かれる。
「おいおい、こいつはまた……」
開かれた扉の向こう側にあった光景に、俺は額に冷や汗を流しながら呟く。白く磨かれた石製の床の広さは、ダンスホールくらいだろうか? 何十人も暴れ回るならやや手狭だが、俺達三人が戦う舞台としては十分な広さがある。
対して、壁や天井は一切存在しない。そう、存在しないのだ。床の外側は真っ黒な空間が広がっており、尋常な場所ではないのはゴブリンだって理解できる。上はともかく横に追い詰められた時にあの黒い部分に触れたらどうなるのか? 試してみたいとはこれっぽっちも思えない。
そして、そんな特異な空間にちょこんと存在しているのは、金で縁取られたいかにも玉座という感じの椅子がただ一つ。俺達の真っ正面、おそらく三〇メートルくらい離れた場所にあるその上に腰掛けている者こそが、俺達が倒しに来た相手に間違いないだろう。
「……あれが、魔王ですか?」
「だろうなぁ。何か思ったより常識的な格好だな」
椅子に座った魔王の全身は、さっき倒したガルガドスより大量の黒いもやに覆われていた。おかげでどんな姿をしているのかよくわからないが、もやの端からちょっとだけ飛び出している手や足の感じからすると、おそらくは俺と同じ、平均的な人間の男くらいの体型だろう。
魔王というからもっと訳のわからない生き物を想像していたが、同じ人型というのであれば戦いようはいくらでも――
「「「「「「「「「「キキキキカキコキカカカカカカカカ!!!」」」」」」」」」」
「ぐおっ!?」
「きゃあ!?」
「くっ……!?」
それはおそらく、魔王の声。金属が擦れ合うような不協和音が幾十にも重なって響き、俺達は思わず耳を押さえてしまう。
「リーエル、今のは!?」
「違います、攻撃ではありません。単に何かを喋っただけです」
「なるほど、こりゃ相容れねーわけだ。ティア!」
「わかってる……もう平気よ」
ティアの発動した精霊魔法が、俺達の耳を優しく包む。これで奴の声に煩わされることはなくなったが、まだ戦闘は始まってすらいない。
「ふぅぅ……聞けるようになったから一応確認なんだが、話し合いとかする気はあるかい?」
「「「「「「「「「「キキコキカキコククケコケカコケコ」」」」」」」」」」
俺の呼びかけに、魔王が玉座から立ち上がる。もやがうごめきその手が腰にいくと、そこから抜き出されたのは朽ちた長剣。どうみても安物、しかも錆だらけで今にも折れそうなオンボロの剣だったが、そこに黒いもやが集うとあっという間に黒い魔剣が生み出された。
つまり、相手は戦う気満々ということだ。
「まあ、そうだよな。俺が切り込む、二人は援護を!」
「任せて!」
「わかりました!」
背中に仲間の声を受けつつ、俺は魔王に向かって走り込む。ぱっと見では剣士とはいえ、魔王の攻撃手段は完全に未知。となれば相手の間合いがどうとかよりもこっちの間合いを生かせるように行動した方がいい。
「フッ!」
途中までは普通に走り、最後の一〇メートルで「追い風の足」を発動。超加速から抜き打ちで放った「夜明けの剣」の一撃を、しかし魔王は手にした剣で易々と受け止めてくる。
「かってーな!? どうなってんだよ!」
一合、二合、三合とこちらの攻撃を全て綺麗に受け止められ、俺は二つの意味で声を漏らす。一つは魔王の守りの堅さ。その剣の運びには間違いなく合理性があり、生まれ持った能力に任せた太刀筋ではない。
そして一つは、黒い剣の物理的な硬さ。あんな錆だらけのボロ剣を芯にしているのに、師匠の鍛えた「夜明けの剣」で切り飛ばせなかった。となると剣にまとわりついている黒いのは物理的な力を完全に無効化し、魔法的な力でしか突破できない可能性が高い。
「魔法でもやを削らねーと攻撃が通らねぇ! 俺が敵愾心を引き受けるから、二人は援護してくれ!」
「「了解!」」
「ってわけで、当分は俺と遊んでもらうぜ!」
「「「「「「「「「キキカコキカコケキ」」」」」」」」」」
相変わらず何を言っているかわからねーが、大した問題はない。俺はひたすら魔王と切り結び、その隙を突いてティアとリーエルの魔法が魔王のもやを削っていく。魔王の膂力が相当に強いため俺個人の戦況はやや不利だが、業を以て魔王の攻撃を受け流しているのでギリギリ耐えることができるし、負傷しても即座にリーエルの回復魔法が飛んでくるためまだまだ戦える。
「解放、『ウィンドエッジ』!」
「『ホーリーレイ』!」
「「「「「「「「「「カカカキキコココケコ」」」」」」」」」」
「そこだっ!」
二人の魔法でもやが薄くなったところに、俺が渾身の力を込めて「夜明けの剣」で斬りつける。すると初めて俺の剣に、きちんと何かを切った手応えが伝わってきた。それは魔法攻撃でもやを薄めれば物理攻撃が通じるだろうという俺の推測が正しいことの証明であり、俺達が協力すれば魔王を傷つけられるという確かな事実。
「よし、いけるぞ! この調子で頼む!」
確信を得たことで勢いに乗って剣を打ち合い、俺の攻撃を捌くのに意識が集中した魔王にティア達の魔法が当たる。それを幾度か繰り返しもやが薄くなったところで今度は二人の魔法を囮に俺が剣を叩き込む。
その完璧な連携は、間違いなく魔王に痛手を与え続けている。今がどれだけで、残りがどれだけかなんてわかりようもねーが、それでも確実に魔王を追い詰めている……そう信じてひたすら戦い続ける俺達の前で、不意に魔王が纏うもやが大きく震えた。
「全力防御!」
素早くその場を飛び退き、俺は後ろにいるティア達の方に向かって一目散に走り出す。そうして二人の元に辿り着き、俺達をリーエルの作った白銀の結界が包み込んだ瞬間、黒い波動が衝撃波を伴って戦場を駆け抜け、同時に魔王の背からすさまじい勢いで黒いもやが立ち上っていった。
「おいおいおいおい、何だよそりゃ!?」
立ち上ったもやは翼の生えた人の上半身のような形を取り、その手には巨大になった体躯に見合うだけの黒い剣が携えられている。つまり今の一撃は負けそうになった最後のあがきじゃなくて……
「ハァ、どうやらここからが本番みたいね」
「が、頑張ります……」
「「「「「「「「「「カカカカカカカカカ」」」」」」」」」」
「ったく、随分と都合のいい仕切り直しだな? オイ!」
小さな人の体から生えた翼持つ巨人に対し、俺は心から悪態をつきながら改めて剣を構えた。




