「細けぇ事はいいんだよ!」が通るのは、想像を遙かに超えて楽
魔王を倒す。それは俺がずっと避けてきた答えだ。「行けるところまで行ったら引き返す」という旅路において目の前に断崖絶壁が現れたら、危険を冒してそれを超える方法を考えるよりも大人しく引き返す選択をするのが間違っていたとは思っていない。
だが今、俺の目の前の崖に不意に橋が架けられた。しかも今にも落ちそうなボロい吊り橋じゃなく、かなり堅牢な作りをした石橋だ。これほどのお膳立てをされてしまえば、もう谷を渡る選択……魔王を倒すという結末から目を背けることなどできるはずもない。
だからこそ、俺の手は震えを抑えられない。目の前に差し出された二人の手を、簡単になんて掴めない。
――今まで通りに途中で追放されれば何の問題も無いのに、わざわざ危険を冒すのか?
――魔王ってのは強いんだろ? そんなのと戦って本当に勝てるのか?
――この世界のことはこの世界の人間に任せるべきだろ? 部外者である俺達がそこまで関わるのは良くないんじゃねーか?
ほんのわずかな逡巡の間に、俺の頭を無数の否定が流れていく。する必要はない。しなくてもいい。しない方がいい……意志の奔流は暴風となり、一歩たりとも俺を前に進ませないとばかりに吹き飛ばそうと吹き荒れる。
「……っ」
物理的な風が吹いてきているわけでもないのに、俺は思わず顔をしかめてうつむいてしまった。そんな俺の視界に飛び込んできたのは、腰で揺れている一本の剣。
『俺の夢は、魔王を倒せる剣を打つことだ!』
「……師匠」
この場にはいない……そして扉の向こうの世界ではおそらくもう死んでしまっているはずの師匠の声が、俺の耳にはっきりと聞こえた。
ああ、そうだ。決して叶えることができないと思っていた師匠の夢に挑戦する権利を得た。だってのにここで逃げ出したら、師匠に尻を蹴っ飛ばされちまう。
「生きて帰れる保証はない。それでもいいんだな?」
「フフーン! 望むところよ! っていうか、それは魔王を倒したことのある私がエドに聞くところじゃない?」
「元より魔王討伐はこの世界を生きる全ての人の悲願です。私自身にためらいなどあるはずもありません」
「……わかった。ならいっちょやってやるか!」
「おー!」
「おー、です!」
もう俺の手は震えていない。差し出された二人の手の上に俺の手を重ねれば、三つの決意が一つとなって自然と笑みがこぼれ出る。威勢のいいかけ声と共に、俺はついに真の意味で勇者パーティの一員となったのだった。
それからの日々は、俺にとって何度も経験した平凡な……そしてありがちな冒険の日々だった。色々な町や村を回って魔王の情報を集めたり、戦力を増強するための武器や防具、魔導具なんかをかき集めるという定番のそれだ。
ただし、今までと違うところもある。それは俺が包み隠さず「追放スキル」と「一周目の記憶」を利用していることだ。後に問題が起こるような場所には先回りしてあらかじめ対処してしまい、いくつもの国を渡り歩き情報を集めなければ所在地が判明しなかった魔導具をあっさりと手に入れ、先手を打ち続けることで俺達は魔王のもたらす被害を最小限に抑えて情勢を有利に運んでいく。
「グェェ!? な、何故だ!? 何故ただの人間にこれほど強固な守りの力が宿っている!?」
「へっへっへ、それはな……お前達の悪巧みなんて全部お見通しだからだ!」
とある城の廊下。その国の大臣に襲いかかって失敗した魔王軍の幹部に、仲間を引き連れ柱の陰から姿を現した俺がいい感じに笑いながら指を突きつける。そのまま一気呵成に敵を倒してしまうと、最初の攻撃で腰を抜かしていた大臣が立ち上がって、うっすら涙を浮かべた目でリーエルの手を取ってきた。
「ああ、ありがとうございます聖女様! それにお仲間方も! 最初に忠告を聞いた時は半信半疑でしたが、まさか本当に魔王軍に襲われるとは……」
「いえ、これも神の思し召し。神は正しき行いをする者をしっかりと見ているのです。これからも善政に励み、魔王を倒すための力をお貸しください」
「勿論ですとも! 我がアルデラン王国は聖女様を全面的に支援致します!」
熱の入った声でそう言う大臣の姿を前に、少し離れたところで見ていた俺にティアが話しかけてくる。
「これでこの国は大丈夫なの?」
「多分な。大臣が乗っ取られなかったなら国が乱れることもなく、そのままの国力で俺達を支援してくれる。仮に同じ手を使ってきたとしても、一度こういうことがあったって時点で対策はバッチリ取るだろうから、そう酷いことになったりはしねーだろうし」
「お待たせしましたエドさん」
と、そこで大臣との話を終えたリーエルが俺達のところにやってくる。流し聞きした感じでは晩餐会に招待されたようだったが、どうやら上手く断ってくれたようだ。
「お疲れさん。悪いなリーエル、次も急ぎだ」
「いえ、構いません。次はどちらに?」
「隣国の辺境にある名無しの村だな。そこで疫病が発生するんだが……その正体は魔王軍がばらまいた呪いだ。勘違いして迫害されると呪いの力が醸成されてかなりの被害が出るうえに、近くに住んでるエルフとの関係がこじれる。
でも最初から種がわかってりゃあ……」
「はい。呪いの解呪ならばお任せください!」
「ああ、頼むぜ。まあその場合エルフと関わる機会が無くなっちまうんだが、そっちはティアを連れて挨拶にいけばいいしな」
「あら、そうなんだ。うん、そっちは任せて!」
俺の言葉に、ティアがドンと胸を叩いて言い切る。関係がこじれなければ、同族を連れた訪問者が拒まれることはまずないだろう。そのうえであのエルフ達が抱えている問題……魔獣が根を囓っているせいで、里の中央にある霊木が弱っている……を解決してやれば、一周目よりずっと前向きに俺達を援助してくれるはずだ。
「それにしても、エドったら随分と楽しそうね?」
「ん? わかるか? いやー、細かい言い訳とかを気にすること無く人を助けられるってのが、思った以上に楽しくてな。こいつは癖になりそうだ」
こちらの要求が荒唐無稽であればあるほど、それを信じてもらうことは難しくなる。もしも俺やティアが直接この城に乗り込んで「大臣を殺して成り代わろうとしている魔王軍がいる」と話したところで、まともには取り合ってもらえなかっただろう。
というか、「何故そんな情報を知っているのか?」と問い詰められ、俺達自身が拘束される可能性の方がずっと高い。そうなると情報が漏れたことに魔王軍が気づき、最悪の場合は「事件は起こらず、俺達が捕まって処罰されるだけ」という酷い結末を招くことも十分に予想できてしまう。
それを覆せたのはひとえにリーエルの聖女としての名声があればこそで、そんなリーエルから高い信頼を得ることができたからこそ、事件を未然に防ぐことができた。
今までは望むことすらできなかった、望外の環境。これだけのお膳立てがあれば世界を大きく乱すはずの流れのほとんどを断ち切ることができるはずで……実際その努力は実った。
「遂に辿り着いたのか……」
「うわー、それっぽい感じね」
「これが……魔王城…………」
俺達が聖都を旅立ってから、おおよそ八ヶ月。かつて道半ばにて「追放」されたのと同じ頃に、俺達は万全の準備を整え魔王城の前までやってきていた。




