予想外に外堀が埋まり、突然奇跡が舞い降りる
皆が何とも言えない消化不良のような気持ちを抱えつつ、それでも二日後、俺達はどうにか詰め所から解放された。活気溢れる聖都の町並みを窓越しに見下ろしつつ、俺とティアはリーエルの確保した高級宿の一室にて向かい合う。
「では、約束通りお二人には私の旅に同行していただきます。なお前提条件として、エドさんは最低でも日に一度は所持品を全てチェックしてもらい、おかしなものを持っていないか確認してください。
また万が一の場合を考えて、別行動も控えてください。どうしてもと言う場合は必ず事前に相談したうえでお願いします。よろしいですか?」
「ああ、問題ない。ぶっちゃけ拘束されねーだけでも御の字だ」
「ま、仕方ないわよね」
リーエルの提案に、俺もティアも納得して頷く。なお、俺が普通に話しているのは「これから仲間として活動するのだから」とリーエル側から頼まれたからだ。一周目の時はずっと畏まった感じで話していたので微妙に違和感を感じないでもないが、リーエルの纏う雰囲気そのものが一周目の時とは随分と違うため、この分ならすぐに慣れるだろう。
「では、軽く準備を整えたら明日には早速出発しようと思いますが、何か意見がありますか?」
「あれ? 他の仲間は探さないのか?」
リーエルの言葉に、俺は思わずそう問いかける。滑り出しから全く違うのでもはや一周目の記憶なんて参考程度にしか役に立たないだろうが、それでも当時一緒に旅をした仲間のことくらいは聞いておくべきだろう。
「他ですか? それはエドさんの記憶の世界の話でしょうか?」
「そうだ。あの時はティアがいない代わりに大剣を背負う戦士のオッサンと、攻撃特化の魔術師が同行してたんだ。二人とも当時の糞みたいな態度してた俺に比べりゃしっかりと信頼されてたと思うし、俺達が旅の途中で抜けることを考えても仲間に入れといた方がいいんじゃねーか?」
改めて思い返せば、当時のリーエルの俺に対する態度は俺自身のリーエルに対する態度の鏡映しだったんだろう。どこか冷たく厳しい感じがしたのは、それだけ俺が適当だったからだ。
命をかけて本気で魔王を倒そうとするリーエルと、途中で適当に抜けるために行動している俺。噛み合うわけがないし、認められるはずがない。最後に自分が抜けた穴をフォローできるように考えていたなんてのは自己満足の言い訳でしかなく……あの時のリーエルの冷たく悲しそうな眼差しは、今も俺の魂に溶けない氷の針として刺さっている。
ならば同じ過ちを繰り返してはならない。俺は誠心誠意全力でリーエルに協力するが、かといって旅の途中で抜けるという事実は変わらない。だからこそそう提案したのだが、リーエルは真剣な表情で首を横に振る。
「いえ、それは駄目です。理由は二つ。一つは他の方を誘った場合、エドさん達の事情を話さなければならないからです。
互いに命を預ける仲間である以上、新たに誘う方達だけに事情を隠して接するというのは誠実ではありませんし、そんな関係では早晩破綻してしまうでしょう。
かといって秘密を話すわけにもいきません。これはエドさん達の安全を確保するということ以上に、あの『赤い宝石』のことを口外するわけにはいかないからです。
勿論その方達は信用できる人物なのでしょうが、そうであってもこの事実を知る人を一人であっても増やしたくはありません。何かの拍子で秘密が漏れてしまう可能性を考えれば、むしろ増やさない方がいいかと思います」
「む、そうか……まあそれも確かに一つの選択だな」
俺がいつの間にか持っていた「魔王の心臓」は、そこまで過剰な警戒をするに値する超級の危険物だ。これが「二度と出現しない」か「確実にまた出現する」のどちらかならそれぞれに相応しい対応が考えられるが、「いつか現れるかも知れない」というフワフワな状態となると誰にも知られない方がいいというのは正しいと俺も思う。
「じゃあ、二つ目の理由は?」
「フフフ、それはですね……お二人には私と一緒に魔王を倒してもらおうと思っているからです」
「はっ!?」
何故か得意げな顔をして言うリーエルに、俺は全力で間抜けな声を出す。
「いやいや、待ってくれ。てか、話さなかったか? 俺達は魔王とは戦わないし、倒さない。じゃないと勇者の存在が――」
「それはティアさんに聞きました。というか、昨日一日ティアさんの話を聞いていて思ったのですが……私の推測を聞いていただけますか?」
「お、おぅ?」
昨日は俺の方に顔を見せなかったと思ったら、ティアと話をしてたのか。しかしティアの話を聞いて思ったこと……何だ?
「フフーン。ま、いいから聞いてみて!」
「そりゃ聞くけど……じゃあ、どうぞ」
チラリと視線を向けてみると、ティアもまた胸を反らしていい笑顔を見せつけてくる。俺だけ仲間はずれになった感じにちょっとだけさみしいものを感じつつリーエルに促すと、彼女が改めて話を始める。
「はい。エドさん達が元の世界に帰還するために、勇者パーティから追放される必要があるというのはわかりました。そして魔王を倒してしまうと、その時点で勇者パーティが強制的に解散されてしまい、『追放』の条件を満たせるかがわからないため常に途中で離脱しているということも。
ですが、えっと……『勇者顛末録』でしたっけ? ティアさんの話によると、魔王を倒した勇者の場合、その後の活動もそこに記載されていたんですよね? それってつまり魔王を倒しても勇者は勇者であり、勇者パーティという概念はそのまま機能するということではありませんか?」
「……っ!?」
リーエルの言葉に、俺は大きな衝撃を受ける。『勇者顛末録』が勇者の動向を書き記すもので、それが魔王討伐後も続いているなら勇者は死ぬまで勇者……その推測は確かに正しいように感じられる。だがそうなると――
「そして、追放に関してもティアさんの話ではかなり条件が緩いように感じました。つまり魔王を討伐し、役目を終えて解散という形でもエドさん達が帰還する条件は十分に満たせるのではないかと判断しました。
どうでしょう? 私の考えは間違っていると思いますか?」
「い、や……それは……………………」
理屈は通っている。二周目に俺がティアと渡り歩いてきた経験を鑑みれば、十分に現実的な推論だ。だがここまで確実性の高い情報を積み重ねる前にも、似たようなことは考えたことがあった。そしてそちらの懸念の方は未だ解決していない。
「確かに上手くいくかも知れねーけど、もし失敗した場合はどうなる? 実際には魔王を倒したら勇者の権限は無くなってて、追放されても帰れないとか……かかってるのは俺とティアの人生そのものだ。前例のある確実な方法を捨てて、不確定の要素に俺達の全てを賭けろと?」
「それが大丈夫なのよ! ねえエド、私がどうやってエドと再会したか覚えてる?」
「どうって、そりゃ……おい、まさか!?」
「そう! ここに来る前にもらった能力……『お家がいちばん』って言うんだけど、それを使うと『私が帰るべき場所だと認識している場所』に転移できるみたいなのよ。勿論魔力は大量に消費しちゃうけど……」
「必要な分の魔力は、私の方で補填させていただこうと思っております。私自身の力は勿論、アーレーン教の聖女として教徒の皆さんに協力を申し出ることもできますから、おそらくは一〇年……念のための余剰分を考えても、一五年から二〇年あればほぼ確実に必要な魔力をご提供できると思います」
「そ、そう? なのか?」
かつてティアが世界を渡って俺のところに来たとき、彼女は自分の寿命というとてつもない代償を支払った。それに比べればこの世界に長期滞在するだけで何とかなるというのは、確かにそこまで分の悪い内容でも無い気がしなくもない。
ティアはともかく、普通の人間である俺にとって二〇年というのは長い時間だ。だが向こうの世界に戻れば肉体年齢は巻き戻るんだから、ぶっちゃけ老衰死を危惧するほどの長期間でなければ大したリスクでないことは事実。となると……
「俺は……俺達は、魔王を倒せるのか?」
「そうよ! ねえエド、私達で――」
「一緒に魔王を倒してしまいましょう!」
一〇〇の世界を超えてなお、俺が夢見ることを許されなかった最高の結末への最短距離。目の前に降って湧いたその奇跡に、俺は馬鹿みたいに呆けた顔をするしかできなかった。




