親しい相手の新たな一面を知れるのは嬉しいが、時と場合は選んで欲しい
俺とリーエルの必死の訴えにより、その後なんとか衛兵の誤解を解くことができた。再び二人きりになった牢獄で、リーエルが俺に対して深く頭を下げる。
「本当に申し訳ありませんでした……」
「はぁぁ……まあ、うん。何とかなったからいいけど……じゃあ、話の続きを」
「続き……はっ!? まさか私のお尻に――」
「ちげーよ!? あ、いや、違います。とにかく話というか、質問をさせてください」
「エロスなことでなければ、どうぞ」
「ぐっ…………」
思わず拳を握りしめるも、俺は何とか感情を抑え込む。リーエルの奴、こんなポンコツな一面があったのか? 半年も旅したのに全然知らなかったんだが……とりあえず今はそれはおいておくとして。
「では、改めて……結局あの宝石というか、それの発していた汚染魔力というのはどういったものなのでしょうか?」
俺の問いに、しょんぼりしていたリーエルの表情がにわかに引き締まる。一瞬前とは打って変わった冷たく怜悧な印象に俺が微妙な戸惑いを覚えるなか、リーエルはゆっくりとその口を開いて語り始める。
「汚染魔力というのは、その名の通り汚染された魔力です。人に限らずこの世界に生きる全ての者は、その身に魔力を宿しているというのは知ってますよね? では、それらが魔法を使ったりして魔力を消費するとどうなると思います?」
「へ? 消費してるなら、減ってるのでは?」
意味のわからない問いに俺が間抜けな声を出すと、しかしリーエルは静かに首を横に振る。
「違います。魔力というものを考える時、多くの人は水の入った革袋とか、あるいは全身を巡る血液のようなものだと認識しているようですが、実際の魔力とは大きな湖の上に自分という染料を落としたようなものなのです。
世界には魔力が満ちており、そこに自分が生まれ落ちることで、周囲の魔力を自分の色に染めていく。そうして染めた水だけが自分の扱える魔力であり、使われた魔力は色を失い再び元の水に戻ります。その後は時と共に再び周囲の水が自分の色に染まっていき……そうして染められる限界がその人の魔力量の上限ということになるわけですね。
つまり魔力とは増えたり減ったりするものではなく、世界全てで遍く広がり、循環しているものなのです」
「へー、そうなんですか!」
初めて聞くその概念に、俺は大いに感心して声を出す。それが本当かどうか、あるいはこの世界だけのことなのか全ての世界の真理なのかはそもそも魔法が使えない俺には知りようも無いことだが、なるほどこれは新しい解釈だ。
「ですが、そこで問題になるのが先ほどの汚染魔力です。この汚染魔力は自然に環境魔力に戻ることはありませんし、人が自分の魔力に染め直すこともできません。つまり、事実上その分の魔力が世界から失われてしまうのです。
世界がどれだけ巨大な湖であろうと、除去できない汚染が広がり続ければいずれは湖全てが汚染されてしまうでしょう。そしてそこまでいかずとも、生存に必要な最低限の魔力が確保できなくなれば、この地に生きる全ての命は失われます。それがどれだけ恐ろしいことかは、ご理解いただけると思いますが?」
「……そう、ですね。そりゃ確かに大変だ」
話を聞いてみれば、俺が持ち込んだあの宝石がどれだけヤバい代物かが嫌でもわかる。そりゃ即座に拘束されるし、恐ろしいほどの重罪であっても事情を聞かずに首をはねるなんて事ができるはずがねーわな。
「ん? そうするとあれを壊した時に俺の体調を気にしたのは?」
「それは、あの宝石からエドさんに対し、汚染魔力のパスが繋がっていたからです。これはあくまでも秘密ですが、汚染魔力をその身に宿すと短期的には強くなれるんです。人の分を超える力をその身に宿すわけですから、勿論代償は大きいですが」
「うぇぇ!? ちょっ、え、それ大丈夫なんですか!?」
「大丈夫ではありませんよ? だからエドさんに『本当に壊していいのか?』と聞いたんです。自覚を持って汚染魔力を受け入れているならどうにかしてあの宝石を壊されないように立ち回ると思ったんですが……」
「あれってそういう!? で、でも、俺は別に何ともないですけど?」
「だからとても不思議なんです。無自覚で汚染魔力の発生源を手にすることも絶対無いとは言いませんから、その場合はすぐに治療できるように手はずを整えていたのですけれど、まさか本当に何ともないというのは私としても初めてで……一体どういうことなんでしょう?」
「それを一番聞きたいのは、多分俺だと思います……」
「……………………」
引きつった笑みを浮かべる俺に、リーエルもまた困惑の表情で首を傾げる。えぇ、何だそれ!? 何で俺は知らない間に健康被害を受けてるんだ!?
「あっ!? そうだ、ティア!? あの、俺の連れは大丈夫ですか!?」
あの宝石の入手経路は未だに不明だが、もし「彷徨い人の宝物庫」に入っていたのであれば、ティアに影響が出ている可能性もある。大慌てで声を荒げる俺に、リーエルは少しだけ表情を和らげて答えてくれる。
「お連れの方ですか? 多分大丈夫だとは思いますよ。あの宝石からは一本しかパスは伸びておりませんでしたから」
「そうか、良かった……」
「……やはり貴方が意図して危険物を持ち込んだわけではないようですね。となると本当にどこかで押しつけられたということになりますが、どうしても心当たりはありませんか?」
「あー…………申し訳ありませんが、本当に無いんです」
異世界でというのならあるが、証明することも探すこともできない以上、それを話したところで意味はない。ここまでくるとただの虚言癖とは言われないだろうが、何らかの手段で記憶を改ざんされているなどの良くない方向に疑いが深まるだけだ。
勿論、わからないと言うだけで解決するならとっくに俺はここにいない。軽く頭を下げる俺に、リーエルが眉間のしわを一層深くさせて嘯く。
「ふぅぅ……困りましたね、本当に困りました。汚染魔力の発生源となれるのは、唯一この世に魔王のみ。ならばこそあの宝石の出所だけは絶対に押さえなければならないのです」
「魔王……やっぱりそうなのか……」
それはほんの小さな気の緩み。夜の夜中に話し続け、しかも途中でアホみたいなことに精神力を削られたが故の、ちょっとした油断。ぽつりと呟いてしまった俺に、リーエルの眉が再び釣り上がる。
「やっぱり? やっぱりとはどういうことですか? まだ私に話していただけていない心当たりがあるのでは?」
「い、いや!? それはその……」
「エドさん!」
がっしりと鉄格子を掴んだリーエルが、鉄格子に挟まる勢いで顔を近づけてくる。その結果大きな胸もまた鉄格子の隙間にむにゅりと押しつけられて……いやいや違う、今はそういうのはどうでもいい。
「さあ、お話しください! 決して悪いようにはいたしませんから!」
「別にそういう心配をしているわけじゃ……」
「なら何が貴方をためらわせているのですか!? 仲間を売りたくない? それとも近しい人を人質に取られている? もしくは……わ、わかりました。少しくらいならエロスな要求も……」
「だーっ! やめろって!」
「遠慮はいりません! 存分に揉みしだいてエロスを堪能してください! 魔王に関わる秘密がわかるのであれば、この身を犠牲にすることくらい……くっ」
「やめろよ! 離せよマジで!」
リーエルが俺の手を掴み、ぐいぐいと自分の胸に寄せていく。割と本気で抵抗しているのだが、リーエルが身に纏う神の加護のせいでその拘束がはずれない。
「…………何してるのエド?」
「ヒェッ!?」
不意に、牢の向こう側……通路の方から聞き覚えのある、だが聞いたことの無い声が聞こえた。渾身の力と覚悟を込めて俺が振り向けば……そこにあったのはとてもいい笑顔をした相棒の元気な姿であった。




