誤解を解くなら会話が必要だが、誤解している相手との会話は成り立たない
「申し訳ありません。この方と二人だけにしていただけますか?」
「へっ!? いや、それは……っ!?」
「あら、何か問題がありますか? 別に牢の中に入ろうとしているわけでもありませんし、何より――」
突然の頼みに狼狽する衛兵に対し、リーエルが底冷えのするような笑みを浮かべる。
「この私が、この方に害されることがあり得ると?」
それは絶対の自信。揺るぎない事実。聖女の力を疑うことは神の意志を疑うことであり、そう問いかけられた衛兵は圧倒されるように言葉を失い……やがて一気に疲れた様子になって言葉を漏らす。
「わかりました。では扉の向こうに待機しておりますので、何かあればお声がけください。話し声は聞こえませんが、叫んでいただければ十分に届きますので」
「ありがとうございます」
一礼するリーエルに見送られ、衛兵がその場から去って行く。その姿が扉の向こうに消えたのを確認すると、リーエルが改めて俺に話しかけてきた。
「お待たせして申し訳ありません。では改めて自己紹介をさせていただきます。私はリーエル。世間では聖女などと呼ばれております」
「これはご丁寧に。俺はエドです。旅傭兵の真似事はしておりますが、登録はしておりません」
「ええ、報告は聞いております。何でもアーレーン教の神官になりたいということですが?」
「はい、そうです」
「でしたら、これも何かの縁。事が無事に済みましたならば、私の方でエドさんの神官としての才能を見て差し上げましょう」
「おお、それは光栄ですね。ありがとうございます」
「いえいえ、それくらいは構いません。神にお仕えしたいという者を導くのも、神に仕える者の使命ですからね。
ではそのためにも、厄介ごとは先に片付けてしまいましょう」
そう言って、リーエルが法衣のポケットから件の宝石を取りだして俺に見せつけてくる。
「単刀直入に聞きます。これは何ですか? 一体どこでこれを手に入れたのですか?」
「衛兵の方にも答えておりますが、改めてもう一度お答えいたします。私にとって、それは単なる換金用の宝石です。そしてどこで手に入れたかと言われると……私にもわかりません」
「わからない? そんなことがあり得るのですか?」
訝しげな表情を見せるリーエルに、しかし俺は力なく首を横に振って言葉を続ける。
「疑われる理由は十分に理解できます。何せ随分と高く売れそうな宝石ですからね。ですが本当に……本当にいつの間にか、俺の全く知らない間にそれは俺の手の中にあったのです。
聞くところによると大変に厄介なものらしいので、何者かが俺の鞄の中にそれを押しつけていったという可能性くらいなら考えられますが、どうにせよ俺自身は何も知らないという事実を変えるものではありません」
「そう、ですか……確かに嘘は言っていないようですね」
「おや、人の嘘が見抜けるのですか?」
「ふふふ、これでも聖女と呼ばれる身ですので、嘘を言っているかどうか……あるいは意図的に明言を避けることで嘘を言わず、かつごまかしているのかどうかくらいは見抜けます。
そしてそれによると、貴方は本当にこの宝石が自分の手元にある理由がわからないようです」
「え、ええ。そりゃあ本当にそうですから」
ちょっとがっかりしているリーエルの姿に、俺は魂が底冷えするような感覚を覚える。リーエルの直感は、まさしく「神の奇跡」とでも言えるほどに鋭い。流石に全く予想していないことや意図の範疇を超えた答えまで降って湧くようなものではないはずだが、それでも「質問」に対する「答え」がかなりの精度で得られるのは、俺の持つ追放スキル「失せ物狂いの羅針盤」に性質が近いかも知れない。
これ、聞き方を変えられたら色々とヤバいだろうな……まあ異世界云々なんて思いつくはずがねーから、大丈夫だとは思うけど。
「では、この宝石は壊してしまっても構いませんか?」
そんなことを考えていると、リーエルが紅い宝石を自分の顔に近づけながらそう問うてくる。相変わらず顔だけは笑顔だが、そこからにじみ出てくる圧力は有無を言わさぬ迫力を兼ね備えている。
「壊す……ですか?」
「そうです。これは大変に危険なものなので、できればこの場で跡形も無く壊してしまいたいのです。構いませんか?」
「はぁ。まあ別にいいですけど」
「……いいんですか?」
気の抜けたような俺の返答に、何故かリーエルが少しだけ驚いて確認を取ってくる。何だ? 俺としてはそんな怪しげな代物、壊してくれた方がむしろありがたいんだが……?
「ふぅ…………」
戸惑う俺の前で、リーエルは法衣の襟首をぐいっと引っ張って広げ、紅い宝石をその中にポトリと落とした。途端法衣の向こう側に隠れていたリーエルの胸の部分が淡い光を放ち始め……まあ、うん。端的に言うとおっぱいが光っている。
「…………?」
「本当に壊してしまいますよ? それでもいいんですね?」
「い、いいですよ……?」
「…………では」
輝くおっぱいの両側に手のひらを当て、リーエルがそれをぐっと寄せる。するとパリンと何かが砕ける小さな音がして、数秒後には胸から光が消えてしまった。
「どうですか?」
「ど、どう!? どうって言われても……えっと、こう、スゲーなぁとは思いましたけど」
「っ!? そ、そうではありません! エドさんの体調です! 痛いとか苦しいとか、あるいは喪失感や倦怠感などはありませんか?」
笑顔が崩れ、代わりに若干顔を赤くしたリーエルが、軽く身をよじりながら問い詰めてくる。何それ可愛い……じゃなく、体調?
「あー、別に何とも……?」
軽く体を動かしてみるが、特に異常は感じられない。吐き気や頭痛なんかも無くて、完全に健康そのものだ。
だがそんな俺の様子を見て、リーエルは何故か難しい顔で考え込んでしまう。
「何の影響もない? 確かに繋がっていたはずなのに、そんなはずは……?」
「あの、一ついいですか? どうしても気になったことがあるんですけど」
「……いいでしょう、お答えします。あの宝石は――」
「いや、そうじゃなくて! その……何で胸で挟んで壊したんですか?」
どうしても、どうしてもそれが気になった。他にも気にすべき事があるとわかってはいるんだが、俺の中の何かがとにかくそれを最優先で聞けと叫んでいるのだ。
そしてそんな俺の問いに、リーエルはさっと俺から視線をそらし、今までとは打って変わってぼそぼそと小さな声で話し始める。
「…………ご存じかも知れませんが、聖女である私の体は神のご加護により守られております。つまり私の体で包んでしまえば、どれほど邪悪な力であろうとも外部に漏らすことなく消滅させることができるのです」
「なるほど、最強の盾で囲んで押しつぶすというわけですか。でもそれなら、他の部位でもいいのでは?」
「ほ、他の部位!? なんてエロスな!?」
「エロス!?」
「そうでしょう!? 確かに完全に包み込める場所であればいいのですが、太ももや脇の下ではあれを押しつぶすほどの圧力はかけられませんし、そうなれば後はお尻くらいしか……まさか殿方の前で法衣をめくりあげ、お尻に宝石を挟めるわけないではありませんか! 非常識です! 恥を知りなさい!」
「……それは、尻だけにですか?」
「知りません!」
「ぐはっ!?」
視界を少しでも広く確認するため、密着する勢いで鉄格子に近づけていた俺の顔に、リーエルの拳が炸裂する。神の加護に守られた拳はグワンという音を立てて俺の鼻をしたたかに打ち付け、俺はそのまま尻餅をついてしまった。
「ケダモノです! エロスです! 何なんですか貴方は!?」
「ち、ちが……俺は……」
「聖女様!? 凄い音がしましたけど、どうかしましたか!?」
「な、何でも!? 何でもありません! ただこちらのエドさんが、度を超えたエロスの化身だっただけですので」
「エロス!? 貴様、一体聖女様に何をした!?」
「俺は何も……」
何故だ、何故こんなことに!? 俺はただ、どうして手のひらで包んで壊さなかったのかを知りたかっただけなのに……
「ああ、そんなに興奮しないでください。私は大丈夫ですから……ちょっとエドさんが若い体に満ちあふれるエロスをほとばしらせてしまっただけで」
「ほと……っ!? 何という下劣な!」
「違う違う違う! 本当に違うから!?」
牢の隙間からガシガシと突き込まれる槍を必死によけつつ、俺はひたすら「違う」と叫び続ける。牢獄の夜明けはどうやらまだ遠いようだ……




