知ってることは証明できても、知らないことは証明できない
「おかしい。何でこんなことに?」
周囲三方は冷たい石壁、正面には頑丈な鉄格子。硬いベッドに寝転がり小さな窓から空を見上げながら、俺は我が身に降りかかってきた特大の理不尽に頭を悩ませる。
当たり前の話だが、こうして牢屋に投獄されるのは決して本来の流れでは無い。では何故こんなことになっているのかと言えば……その発端は聖都の門に辿り着いた時のことだった。
「随分人がいるわね」
「ま、でかい町だしな」
聖都の入り口で俺達が目にしたのは、入町審査を受ける人の列だった。世界最大の宗教の聖地ともなれば連日大量の人が訪れるわけなので、三〇人程度の行列ができていることは決して不思議ではない。
そしてそれを検査する衛兵達も、この作業には慣れきっている。特に問題も無くスルスルと行列は捌けていき、程なくして俺達の番が回ってきた。
「次の者。名前と身分証を提示しなさい」
「俺はエドで、こっちはティアです。身分証は二人ともありません」
「身分証がない? 見るかぎり旅傭兵のように見えるが?」
「ははは、真似事はしているんですけど、登録はしていないんです。才能が無いとは言われたんですけど、それでもいつかアーレーン教の神官になる夢が諦めきれなくて……」
「むぅ、そうか」
苦笑しながら言う俺に、衛兵の男が脇に置いてあった帳簿に何かを書き込んでいく。おそらくは名前と簡単な顔の特徴とかを記録されているんだろう。
ちなみに、旅傭兵というのはいわゆる冒険者とほぼ同等の存在なのだが、なぜそれに登録しないことが神官の夢に関わるかと言うと、旅傭兵や衛兵などの戦闘に関わる職業に就いてしまうと、その者は神官になれないという決まりがあるからだ。
どうしてそんな決まりがあるかまで突っ込むと教義やら利権やらが複雑に絡み合った事情があるようだが、そこまでは俺も把握しきってはいない。とにかく信仰するだけでなく神の徒としてアーレーン教に関わるならば、そういう仕事に就いては駄目だとわかっていれば十分だしな。
「確かに連れの少女はともかく、君の歳では……いや、だがそのくらいならまだ希望はあるのか? 事情はわかった。では最後に持ち物を調べさせてもらおう」
「わかりました」
見られて困るものなど何も無いので、俺もティアも素直に身体検査を受けていく。そうして何事も無く検査が終わり、町に入れる……と思ったのだが。
ウォォォォォォォン!!!
「うぉ!? え、何!?」
足下に引かれた白い線を踏み越えた瞬間、もの凄い音と共に周囲に赤い光が灯る。それに焦って俺がキョロキョロしていると、すぐに一〇人近くの衛兵がやってきて俺に向かって剣を突きつけてきた。
「動くな! 大人しくしろ!」
「は、はぁ?」
「エド!? 貴方達、何を――」
「ま、待てティア! 大丈夫だから、大人しく従え。な?」
「う、うん。エドがそういうなら……」
剣を向けられた俺を見てティアが暴れそうになるのを、俺は必死に説き伏せる。状況が全くわからないが、衛兵相手に暴れるのが悪手なのは間違いない。しかし、何でこんなことに?
「あの、これって一体……?」
「黙れ! 貴様には汚染魔力の反応が出ている! もう一度詳しく調べさせてもらうぞ!」
「汚染魔力?」
「いいから両手を上にあげて動くな! 下手な抵抗をしようとしたら、そのまま殺害することもあるからな!」
「わ、わかりました……」
念のため「不落の城壁」を発動しているので、この場で滅多斬りにされようと俺の体には傷一つつかないわけだが、それは俺の安全を担保するものではあっても潔白を証明する力ではない。さっきよりも念入りに体をまさぐられ、腰につけていた鞄も外され、中身を全部テーブルの上に取り出されていく。
銀貨の詰まった財布やら保存食やらナイフやら、いつも見慣れた旅のお供が所狭しと並べられ……あっ。
「これか!? おい貴様、これは何だ!?」
「えーっと、それは……」
衛兵の男が指さしたのは、大人の人差し指ほどの大きさの紅い宝石。そういえばティアにしまってくれと頼むのを忘れていたのは思い出したけども……
「何と言われても、宝石?」
「ふざけるな! この石からとんでもない量の汚染魔力反応が出ているんだぞ! これがただの宝石であるはずがないだろうが!」
「そんなこと言われても……」
俺としては本当にただの宝石なので、あるはずがないと言われても答えようが無い。が、そんな俺の戸惑いをすり抜けて、同じように剣を突きつけられていたティアが宝石を見てギョッとした表情をとる。
「えっ!? 何でエドがそれを持ってるの!?」
「は? ティアはこれに見覚えがあるのか?」
「何言ってるのよ! エドだってジッと見てたじゃない! ほら、トビーの!」
「……………………あぁ?」
ティアの言葉に、俺は主観時間で一年近く前の出来事を記憶からほじくり返し、そしてようやくにして思い出す。言われてみれば、これはあの時封印作業をしていた「魔王の心臓」にそっくりだ。
「……え? 何でそんなのがここにあるんだ? ティアが持ってきた……わけじゃないよな?」
「当たり前でしょ!?」
「ぐむぅ……」
割と本気で怒鳴られて、俺は微妙に声を詰まらせる。しかしティアが持ってきたんじゃないとしたら、マジで何でこんなのが俺の鞄に入ってたんだ? いや、鞄に入れたのは俺だけど、それ以前にどうして「彷徨い人の宝物庫」に?
「おい貴様、やっぱりこれが何か知ってるんじゃないか! さあ言え、これは何だ!?」
「あー…………いや、それは…………」
答えがわかってしまったが故に、俺は必死に視線を泳がせ思考を巡らせる。まさか異世界の魔王の力を封じ込めた宝石にそっくりの石です、などと正直に言えるはずもない。
というか、汚染魔力とやらが関知されたというのなら、こいつには魔王の力……とまでは言わずともそれっぽい何かが残っているということだ。そんなもの聖都に持ち込んだなんてことになれば、冗談でも何でも無く神像の前で公開処刑になる可能性すらある。
本当に何でこんなのがあるんだ? 無意識のうちに「半人前の贋作師」を発動させてた? それにしたって見た目しかそっくりにならないんだから、汚染魔力なんて発するわけがないし……?
「わかった、もういい。おい、こいつらを奥の牢獄に連れて行け! 勿論別々にだぞ!」
「ハッ!」
衛兵の男の言葉に従い、他の衛兵達が俺とティアに手かせをはめていく。ティアが目線で訴えてきたが、俺の答えは首を横に振るだけだ……ここで抵抗して逃げ出しても、事態が好転する未来が見えない。
「……で、こうなったわけか」
腰の鞄は勿論、師匠から託されたばかりの「夜明けの剣」も取り上げられ、俺は牢獄の中で静かな夜を過ごしている。すでに手かせは外されているのでこっそり「失せ物狂いの羅針盤」を使ってティアの無事は確認できたが、少なくともこの区画にはいないようだ。
「うーん、本当にどうすりゃいいかな……?」
夜空に浮かぶ白い三日月を眺めながら、俺はひたすら考える。俺だけが抜け出すならば、追放スキル「不可知の鏡面」を使えば簡単に出られる。が、荷物を……最低でも「夜明けの剣」を放置したまま出る気はないし、ティアをそのままにする気はもっとない。
だが、俺達が穏便にここを出られる可能性は更に無い。ちょっと調べれば俺達にここに来る以前の経歴が一切無いことはすぐにわかるだろうし、俺が「魔王の心臓」を持っていたという事実は現物付きで揺るがない。経歴不明で危険物を持ち込んだ不審者なんて、即座に処刑か拷問して処刑かのどちらかだろう。どっちかって言うなら多分後者だ。
最悪、暴れるか? でもそうすると勇者パーティに入るのが絶望的になるから、この世界から抜け出せなくなるんだよなぁ。それでも死ぬよりはマシなわけだが、手配犯としてこの世界に骨を埋めるのも……うむむ。
「こちらですか?」
「は、はい! そうであります!」
と、俺が考え事をしていると、妙に緊張した衛兵の声と、どこか冷たい印象を受ける女性の声が聞こえてくる。二つの足音は徐々にこちらに近づいてきて……
「アンタは……………………」
立場を分かつ鉄の檻。それを挟んで初めての再会を果たしたのは、流れるような金の髪をなびかせ、白い法衣に豊満な身を包んだ俺よりいくらか年上の女性。
「初めまして。私はリーエルです」
聖女リーエルは、まるで親しい友人に向けるような微笑みを俺に向けてきた。




