嘘やごまかしではなく、知らない方がいいことというのは本当にある
『世界転送、完了』
「ほっ!」
いつもの通りに新たな世界に降り立った俺は、すぐに周囲を確認する。時刻は昼、見通しのきく平原には俺達以外の気配はなく、遙か視界の先に……うおっ!?
「うっわ、何あれ!?」
俺の内心の驚きを、ティアがそのまま言葉にする。視界の先にあったのは極めて大きな町であり、高くそびえる白亜の壁の向こう側には天を衝く勢いの巨大な男性の像が建っている。
「でっかい石像? どうやってあの大きさを彫ったのかしら?」
「ああ、ありゃ神の奇跡の御業らしいぜ」
「神様?」
「そうだ。信者の祈りに応えた神が天から石柱を降らし、それを雷の雨によって削り自らの姿を模した。それ故にこの世界に神像はあの一つしかなく、それの建つ地は聖地、そしてそれを囲うように存在しているのは聖都として崇められている……だったかな? 勿論神話だから、本当かどうかは知らねーけど」
「そうなんだ。にしても、今回はすぐに思い出したのね?」
「流石にあれだけ特徴があればなぁ」
豊かな髭を蓄え何ともひらひらした服を纏い、左手に本を、右手に雷を握る全高三〇〇メートルのオッサン……というか神の像。こんなものがある世界なんて俺の記憶にも一つしかない。
ここは第〇八六世界……そうか、あの人の世界か。
「ねえエド。覚えてるんだったら、この世界のこと聞いてもいい? それとも今回も知らない方がいい感じ?」
「いや、特にそういうことはねーはずだ。町までそこそこあるし、歩きながら話すよ」
ティアを先導するように一歩踏み出しながら、俺はゆっくりとこの世界のことを話していく。
「そうだな……まず俺達が向かってるのは、この世界で最大の宗教であるアーレーン教の聖都だ。で、俺達はそこで聖女に会う」
「聖女? 勇者じゃなくて?」
「呼び方の違いだな。俺達的には勇者なんだろうが、この世界では聖女って呼ばれてる。まあそんだけの話だから、素直に聖女パーティに加わって魔王討伐の旅に同行すればそれでオッケーだ」
「へー、今回はわかりやすいのね。それなら私も活躍できそう!」
「ははは、頼りにしてるぜ」
実際、今回は難しいことは何も無い。現に一周目の俺も前衛のできる斥候として自分を売り込み、ごく普通に実力を認められて勇者……じゃない、聖女パーティに加入することができたのだ。できたのだが……
「? エド、どうかしたの?」
かつてのことを思い出して表情を曇らせる俺に、ティアが横から顔を覗き込んでくる。その無邪気な表情が、なおさら俺の胸をどす黒い自己嫌悪で染めていく。
「あー、いや。その当時の追放され方がな……」
師匠に再会して話をしたことで、俺は自分がどれだけ酷いことをしてきたのかをはっきりと自覚してしまった。だが同じことをしなければならないというのであれば、ティアに説明しないわけにもいかない。
実力を見せて信頼させ、実力を隠して信頼を失わせる。その自分勝手なやりとりを自嘲しながら話していくと、全てを聞き終えたティアが難しい顔をして考え始める。
「どうしたティア? 俺がどうしようもない糞だってこと以外で、悩むことなんてあったか?」
「そういうこと言わないの! そうじゃなくて、ちょっとわからないことがあるの」
「何が?」
「あのね。どうしても『追放される』っていうのが必要なんだったら、エドのやり方は……いいとは言わないけど仕方ないかなって思うのよ。でも少なくとも私がエドと一緒に世界を巡っている限りだと、そんなに厳しく追放される必要って無かったじゃない? っていうか、普通にお別れしただけよね?」
「…………………………………………え?」
ティアの言葉に、俺の頭が真っ白になる。おかしい、おかしい。いやそんなはずは……あれ?
一周目の時、世界を去る俺に向けられていたのはいつも冷たい眼差しだった。足手まといを捨てる、役立たずを追い出す。申し訳なさそうな顔をされたり同情や哀れみを向けられることはあったが、誰一人として笑顔で俺を「追放」した勇者はいなかった。
だが、二周目はどうだ? 一番最初のアレクシスの世界だけは例外にしても、以後は全員が笑って俺を送り出してくれたのではないだろうか? ワッフルに追い出されたか? レベッカに捨てられたか? ミゲルに、トビーに、そして師匠に……っ!?
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」
「エド!?」
突如として、耐えがたいほどの頭痛が俺を襲った。痛い、痛い! 頭が割れそうどころか物理的に割れてるんじゃないかと思うほどの激痛に、俺はその場で倒れ込んで地面の上をのたうち回る。
「エド! エド! どうしよう、薬……でも怪我してるわけじゃないし……!?」
痛い、痛い。駄目だ、これ以上考えては駄目だ。思考を手放せ、疑問を投げ捨てろ! 考えるな、考えるな! 忘れろ、そして忘れるな。俺の目の前にあるのはいつだって――
「……………………ティア?」
「エド!? エド!」
朦朧とする意識の向こう側から、俺という意思が追いついてくる。ぼんやりと見上げたその先には、翡翠色の目に涙を一杯に溜めたティアの顔があった。
「おいおい、何泣いてんだよ」
けだるい腕を持ち上げて、ティアの頬に俺の手を伸ばす。そのまま親指で涙を拭うと、ティアが俺の頭をぎゅっと抱きしめてきた。
「な、何だ!?」
「何だじゃないわよ! いきなり叫び声をあげたかと思ったら、そのまま気を失っちゃったのよ!? 私が、私がどれだけ心配したと…………っ」
「あー、そりゃあ……悪かったな」
今の自分の体勢を鑑みるに、どうやら仰向けて膝枕された状態から頭を抱えられているらしい。背筋に力を入れて自分で上体を支えると、俺はティアの頬に触れていた手をもう少し奥まで伸ばし、その頭を優しく撫でる。
そうしてしばし、落ち着いたティアが俺の頭を腕の中から解放してくれたところで、俺はひょいと自力でその場に立ち上がった。
「ちょっ、エド!? そんないきなり立ち上がったりして――」
「大丈夫大丈夫。本当にもう何でもねーから。ってか、何だったんだろうな?」
「それは私の台詞でしょ!? ねえ、本当に大丈夫なの? 無理してない?」
「平気だって。ほれこのとーり!」
クイクイと体を動かしてみれば、巻き戻った直後の二〇歳の肉体は実になめらかに動いてくれる。うーん、やっぱり若いってのはいいなぁ。いや、肉体的にはずっと今の歳ではあるんだが。
「って、そうだよ! おいティア、俺どのくらい寝てたんだ?」
「えっ!? えーっと……多分一〇分は経ってないと思うけど……」
「そっか、そのくらいなら問題ねーな。とは言えあんまりゆっくりしてると聖女様が旅に出ちまうから、そろそろ町に行こうぜ」
「いいけど……本当に平気なのね?」
「ああ、平気だ」
まっすぐに俺を見てくるティアに、俺もまっすぐに見つめ返して笑顔で頷く。実際頭はスッキリしてるし、体調の悪さも感じない。強いて言うなら原因不明の頭痛そのものが不安要素ではあるが、原因がわからないんだからどうすることもできない。
「まあ、そうね。仮に大丈夫じゃなかったとしても、町中の方が対処はできるでしょうし……わかったわ、じゃ、行きましょ」
「おう!」
微妙に思案顔のままのティアに元気よく返事をして、俺達は聖都へと歩を進めていく。さて、今回こそは順調な滑り出しを……と思っていたのだが。
「ここで大人しくしていろ!」
「…………どうしてこうなった?」
暗く冷たい鉄格子のなかで、俺は違う種類の頭痛で頭を抱えることとなった。




