「今日の私って何か違わない?」という問いは、剣を突きつけられるより冷や汗が出る
「そう、か……」
師匠の「勇者顛末録」を読み終えて、俺は小さくそう声を漏らす。途中には何とも業腹な展開がさらりと書かれていたが、最後がこれなら師匠も報われたと言っていいだろう。
欲を言うなら師匠の剣が本当に魔王を倒したかどうかまで知りたいところだが、これはあくまで師匠の……鍛冶の勇者の英雄譚。最高の剣を作り上げ、それがふさわしい者の手に渡ったところで終わりになるのは必然なのだから、それは叶わぬ贅沢というものだ。
「この最後に出てきた女の子って、何者なのかしら? 勇者の剣に似た剣を持ってるっていうのも不思議」
「うーん、俺達が一年も過ごしてない世界で、三〇〇年後に現れた少女って言われてもなぁ。『黄昏の剣』に似た剣ってのも、そもそも『黄昏の剣』がどういう剣なのかがわかんねーし」
「名前からすると、エドの剣に似てるんじゃない?」
言って、ティアの視線が俺の腰に向く。確かに「夜明けの剣」と「黄昏の剣」となれば、関連性はありそうだ。
「可能性としては、俺の『夜明けの剣』を更に発展させたのが『黄昏の剣』ってのは普通にありそうだけど……となると、それに似てる剣って、まさかアクトル王国の偉いさんに渡したあれか?」
あれも多分「黄昏の剣」に準じる剣として大事にされているんだろうから、そうなるとそれを持ってるこの少女とやらは、どっかの国の姫とか、あるいは当時の勇者の末裔とか……?
「……駄目だな。三〇〇年後の世界とか、わからねーことが多すぎる。ま、師匠の意思が糞みてーな解釈でねじ曲げられて終わらなかったってだけで良しとしとくか」
「それもそうね。じゃ、これからどうするの?」
「読むものも読んだし、次は鍛冶用の炉とかを組みたいな。ってことで、悪いけど手伝ってくれるか?」
「勿論! 私が荷物を出してあげればいいの? それともエドが自分で出せるようにした方がいい?」
「俺が自分でやれる方がいいな」
「わかったわ」
俺の言葉に、ティアが設置したばかりのベッドまで行き横になると、まるで貴族のお嬢様の如く上品な感じで俺に手を差し出してきた。
「さ、どうぞ」
「ああ、よろしく」
その手を恭しく掴むと、ティアの腕から力が抜ける。だらりと垂れた手をそっとベッドに戻すと、俺の中からティアの声が聞こえてきた。
『ちゃんと丁寧に扱ってくれるのね。偉い偉い』
「当たり前だろ?」
『私が動けないからって、悪戯しちゃ駄目よ?』
「しねーよ!? いや、お望みとあればするけど……額に落書きでもして欲しいのか?」
『そんなことしたら、大声でずーっと歌い続けるわよ?』
「……それは地味に嫌だな」
他愛も無い雑談を交わしつつ、俺は問題なく開いた「彷徨い人の宝物庫」に手を突っ込み、次々と中身を取りだしてく。まずは当然全ての中心となる製鉄炉。手続きの問題上新品は買えなかったが、状態のいい中古品があったのでそいつを床の上に取り出す。
次は炉を囲むためのレンガを大量に。ドワーフ……じゃない、鉱人族謹製のレンガは一般的な建築に使われているものとは耐熱性が段違いなので、実はこれを組み上げるだけでも割と上等な炉ができる。まあ今回はあくまでも火傷をしないためとか、炉の熱効率を上げるために本来の使い方しかしねーけど。
他には金床などの鍛冶道具を一通り取り出すと、俺はグリグリと肩を回してから再びベッドの方に歩いて行った。そこでティアの手を取れば、ピクンと体を震わせたティアがゆっくりとその目を開けて小さく息を吐く。
「……ふぅ。もういいの?」
「とりあえず必要なものは出したからな。後の組み立ては俺がやるから、ティアは少し休んでてくれ」
「私は寝てただけだから、休むほど疲れてはいないけど……あ、そうだ」
ぴょんと跳ね起きたティアが元からあるテーブルの方にかけていくと、その上で光っている水晶玉に手を置く。そうして戻ってきたティアは、何ともご機嫌な様子だ。
「お、何かいいスキルでももらえたのか?」
「フフーン、秘密!」
「また秘密かよ……そう言や前の時のも教えてもらってなかったよな? そっちもまだ秘密か?」
「あら、気づかなかった? そっちはもう使ったし、エドも体感してるはずよ?」
「えっ!? 嘘、いつだよ!?」
何か特別なことをティアがしたり、俺がされた記憶が全くない。驚く俺にティアは悪戯っぽい笑みを浮かべて頬をツンツンとつついてくる。
「あーあ、せっかく頑張ったのになぁ」
「頑張った!? ぐぅ、す、すまん……」
「いいわよ。この前もらったのは『愛情をひとつまみ』っていうので、私が手料理を作ると、その味が相手に対する好感度に応じて良くなるんですって」
「ほぅ?」
確かにティアの持ってきてくれた昼食のなかには、ティアが手作りした料理も混じっていた。それは普通に美味かったが……さりとて特別に美味かったという記憶はない。
「え、ひょっとして俺、あんまり好かれてない……?」
「何でそうなるのよ! 詳細はよくわからないけど、私がエドの反応を見た感じからすると、普通の食材で普通に料理した場合、上限を超えて特別に美味しくなったりはしないみたいね」
「えぇ? じゃあどんな使い道が?」
「ほら、エドの剣を試し切りに行った時、野営で作ったスープを美味しいって褒めてくれたでしょ? 実はあれ、干し肉を戻しただけの簡易スープなの」
「は!?」
その言葉で思い出されたのは、あの時飲んだスープの味だ。驚愕するほど美味いとかではなかったが、野営で飲むにしては随分と美味かった。てっきりティアが香辛料だのなんだのをふんだんに使って手間暇かけたんだと思ってたんだが……
「そうか、上限じゃなく下限を引き上げるスキルなのか」
要は手の込んだ料理を美味しくするんじゃなく、手抜きした料理でも美味しくなるって感じなんだろう。今回のような例外を除けば町の外に出ている時間の長い俺達からすると、これはかなり有用なスキルだ。
「試した感じだと、そうみたいね。良かったわねエド、これからは野営の時に美味しくない食事をしなくてすむわよ」
「それは素直にありがたいな……ん? でもそれだと、ティア自身はどうなんだ?」
「それも平気。だって私、自分のこと好きだもの!」
「ああ……そりゃ良かったな」
そうか、作り手の自分に対する好感度にも影響するのか……それならティア自身は何を食っても不味く感じることはなさそうだ。
「ねえエド、ひょっとして今、私のことちょっとだけ馬鹿にした?」
「してねーって! ただまあ、そこまでまっすぐに自己肯定できるのはスゲーなって思ったけど」
「そう? 自分のことを嫌いなんて思ってたら、毎日楽しくないと思うけど」
「それはそうだろうけどな」
誰もが自分を心から好きになれるなら、きっと世の中は今よりずっと幸福が満ちているんだろうが……それがいいか悪いかすら俺程度には判断できねーし、正直特に興味も無い。目の前の相棒が毎日幸せそうに笑っているなら、その事実だけで十分だ。
「さて、それじゃ俺は早速こいつを組み立てちまうかね」
「体に戻ったし、私も手伝いましょうか?」
「いや、専門的な作業になるから遠慮しとくよ」
「そう? じゃあ私はもうしばらくベッドの柔らかさを堪能しておこうかしら」
ボフンと枕に顔を埋めたティアに苦笑しつつ、俺は取りだした材料を改めてチェックしてから炉の周囲にレンガを積んでいく。普通のレンガとは違う白っぽいレンガを専用の粘土で繋ぎ合わせる作業は、地味ながらも大切な工程だ。
レンガを置く。粘土を塗る。レンガを置く。粘土を塗る。レンガを重ねる。粘土を塗る。レンガを……ん?
「何だコレ?」
不意にコツンと指に当たった、レンガとは違う軽い感触。それを掴んで顔の前に持ってくれば、俺の手の中に収まっていたのは血のように鮮やかな紅色をした、大人の人差し指ほどの大きさの宝石であった。




