長く生きたから大人なんじゃない。誰かを支えられるから大人なのだ
「どうですかね?」
「……………………」
俺の打った剣を、師匠がじっと見つめている。もう幾度となく経験しているが、この瞬間だけはいつになっても緊張する。
「…………悪かねーな」
「はぁ、また『まあまあ』ですか……ん?」
いつもと同じ返答をもらい、今日もまた軽く肩を落として明日から頑張ろう。そんな心づもりだった俺の耳にどうにも聞き覚えの無い単語が聞こえて、その体が硬直する。
「し、師匠!? 今悪くないって……!?」
「ああ、こいつは悪かねー出来だ」
「いぃぃぃぃやったぁぁぁぁぁぁ!」
鉄の剣を卒業し、鋼の剣を打つようになって早数ヶ月。初めてもらったその評価に俺は喜びの雄叫びをあげる。何ならその場で勢いよく立ち上がり、思い切りガッツポーズを決めたくらいだ。
「ついに! ついに師匠から『まあまあ』以外の評価が……あ、念のため確認なんですけど、悪くなったって訳じゃ無いですよね?」
「あたりめーだろ! テメー、自分の腕が良くなったかどうかすらわかんねーのか?」
「いやほら、そこは自己評価と他人の評価は違うというか。成長してるつもりで変な方にねじ曲がることとか、そこそこあるでしょ?」
「……まあ、そうだな」
自分が前に進んでいると思っていても、それが世間一般における前と共通だとは限らない。つま先をほんの少し傾けるだけで前はたやすく横になり、気づけば後退しているしていることすらあるのだ。
「安心しろ、テメーの腕は真っ当に成長してる。ああ、本当に真っ当に……普通にな」
「師匠?」
不意に、師匠の表情が曇る。その理由がわからず俺が不安に感じていると、師匠が小さく息を吐いてからゆっくりと話を始めた。
「なあエド。俺とテメーが初めて会ったときのこと、覚えてるか?」
「へ? ええ、勿論。俺が弟子入りを頼んで、師匠に剣を見せましたよね」
「そうだ。あれを見たとき、俺はテメーが天才だと思った。こんな若造がこれほどの剣を打てるのかって、内心ビビり倒したくらいだ。
ま、実際には何か変な能力で大分底上げされてたようだが、それを差し引いてもテメーの腕はなかなかのもんだった。今二〇歳ってことは、どんなに長くても一〇年は金槌を振るってないってことだろ? それであれだけの腕があるなら紛れもない天才だ」
「いや、それは――」
「だが、俺の下に来てからのテメーの腕の伸びは、はっきり言って普通だ。天才が殻を破れなくて停滞してるってわけでもなきゃ、才能を使い果たして頭打ちって感じでもねぇ。特に才能に恵まれたわけでもない鍛冶師が、真っ当に努力して伸びる腕前と同じだ。
正直訳がわからねぇ。そんな奴がどうしてその年であれだけの腕になれたんだ? 高々数年で一〇年以上毎日金槌を振るってきたくらいの腕前になれたはずなのに、どうして今は普通にしか成長しねぇ?」
「……………………」
問いかける師匠の言葉に、俺は何も答えられない。その理由は簡単で、俺は何十年もかけて鍛冶の腕を磨いているが、俺の体が常に二〇歳の状態まで巻き戻っているからなのだが、それを正直に伝えたところで信じてもらえないだろう。
まるでずるを指摘された子供のように……というかそっくりそのまま真実を指摘されて、俺は歯を食いしばる。すると俺の態度を勘違いしたのか、師匠が慌ててフォローしてくれた。
「いや、わかってるぜ? テメーは毎日真面目に金槌を振るってたんだから、テメーに落ち度はこれっぽっちもねぇ。もしあるとすれば、テメーの成長を並程度にしちまった俺のせいだ。俺にはテメーの才能を引き出して、本来の成長をさせてやるだけの腕がなかったってことだな」
「そんな!? そんなこと絶対にありませんよ! 俺にとって、師匠は最高の師匠です!」
それは紛れもない俺の本心。師匠のおかげで、俺は鍛冶の腕だけじゃなく精神的にも成長できた。ここで師匠に出会わなければ、もしも本来の順番で世界を渡り歩いていたら、俺は何か致命的な間違いを犯していた気がする。
「師匠に教えてもらったことは、俺にとって宝です! 師匠に出会えたことを感謝することはあっても、後悔することなんて未来永劫あり得ません!」
「……ケッ、何を必死こいていいやがる! ケツが痒くなるぜ」
必死に訴えかける俺に、師匠がくるりと背を向ける。酒を飲んでるわけでもないのに少しだけ頬が赤く見えるのは、決して炉の照り返しだけじゃないはずだ。
「なあエド。テメーこれからどうするんだ?」
「どう、というのは?」
「だから、ここでずっと鍛冶を続けんのか? それとも……どっかに行くのか?」
「っ!? 師匠、何で……!?」
その言葉に、俺は驚きを露わにする。この世界に来てから、もうとっくに半年は過ぎ去っている。だから何か成長が見られたならば、それを区切りに旅立とう……そう決めてはいたが、まさかそれを見抜かれているとは夢にも思わなかったからだ。
だがそんな俺の驚きを、師匠は「何を今更」とばかりに苦笑したような声で言葉を続けてくる。
「わかるに決まってんだろ。その程度のことがわかんなくて、何を教えられるってんだ。俺はテメーの師匠なんだろう?」
「師匠……っ!」
「もしもここにテメーが残るなら、まだまだ教えてやりてーことはいくらでもある。あの変な能力も込みなら、二〇年もありゃ俺に並ぶ鍛冶師になれるはずだ。
でも、テメーはそれを選ばねーんだろ?」
「……………………はい」
それは明確な決別の言葉。自分に期待してくれる相手を拒絶する意志。
ああ、そうか。俺を追放してくれた奴らは、みんなこんな気持ちだったのか。こんな気持ちを踏み越えて、俺を送り出してくれてたのか。
だってのに、一周目の俺は無能を演じ、期待を裏切らせて何もかもを捨てて世界から追い出されて……逃げ出してたのか。
「ははっ、どうしようもねーな……」
本能的に慌てて伏せた俺の顔に、自嘲の笑みが浮かび上がる。背を向けていてくれてよかった。こんな顔、とても師匠には見せられない。だがそんな俺の肩を、ポンと叩く優しい感触が――っ!?
「ぐはっ!? し、師匠、何を!?」
「うるせぇ! しょぼくれてる奴はとりあえずぶん殴っときゃいいんだよ!」
「えぇ、何ですかその雑な対応……」
肩を掴まれ無理矢理顔を持ち上げられたと思ったら、いきなり俺の頬に強烈な拳が炸裂する。そのまま吹き飛んで頭をクラクラさせている俺の前には、心底面倒くさそうな……だが何とも温かい師匠の顔がある。
「悩みってのは二つある。何かを決めるための悩みか、何かから逃げるための悩みだ。で、俺の人生経験上、今のテメーみたいな顔をしてる奴の悩みは大抵何かから逃げるための悩みだ。
俺の弟子なら、んなくだらねー顔してんじゃねぇ! テメーみたいな若造が悩んでいいのはどうすりゃ良かったかじゃなく、これからどうするかだ!
答えろエド! テメーはこれからどうすんだ!」
「俺は……」
手加減無しで殴られた頬は、今もズキズキと痛んでいる。「包帯いらずの無免許医」を使えば治すのは簡単だが、この痛みを……師匠の愛を手放すなんてあり得ない。
「俺は……俺を送り出してくれた人たちに、恥ずかしくない俺になりたい」
「なんだ、そんなことかよ。なら俺が最初の一人になってやる。胸を張れエド。テメーは俺の自慢の弟子だ」
「…………ありがとう、ございます。師匠」
のそのそと立ち上がると、俺は目から溢れる涙の重さに深く深く頭を下げた。最高に情けない弟子の最高に情けない顔を目の当たりにしたであろう師匠の顔は見えなかったが……俺の頭の中には、師匠の照れた仏頂面がありありと思い浮かんでいた。




