嘘は言っていない。ただ真実すべてを伝えていないだけだ
「では、確かに」
「チッ、さっさと持ってけ」
嫌らしい笑みを浮かべるハウマンが、師匠の手から剣を受け取り、店を後にする。普通であればそれで終わりなのだが、おそらくはそうならない。幸か不幸かそんな俺の予想は見事に的中し、三日後の昼……俺達が昼食を食べていると、店の方から鬼気迫る怒鳴り声が聞こえてきた。
「どういうことだ!? 出てこい、ドルトン!」
「んだよ……ああ、アンタか。何の用だ?」
食べかけのサンドイッチをテーブルに置いて店の方に行く師匠に着いていくと、そこでは二人の騎士を引き連れたハウマンが顔を真っ赤にして師匠を睨み付けていた。
「何の用じゃない! これは一体どういうことなのだ!?」
「どうって、何がだよ?」
「しらばっくれるな! このなまくらのことだ!」
そう言って、ハウマンが背後に控えさせていた騎士からあの日渡した剣を奪い取り、カウンターの上に叩きつけるように置く。どう考えても貴重品の扱いではないのは、ハウマンの中で結論が出ているからだろう。
「この私に偽物の剣を渡すとは! 貴様、アクトル王国を馬鹿にしているのか!?」
「馬鹿にしてんのはそっちだろ! 何でコイツが偽物だってんだよ!」
「……理由は二つだ」
苛立ちを隠さない師匠の言葉に、ハウマンは怒りを押し殺した声でそう言いながら俺の方を睨み付けてくる。
「一つは、貴様がまた試し切りに出かけたからだ。貴様がそいつらを連れて町を出たことも、その男の腰にこれとそっくりな剣が佩かれていたことも調べがついている。
それを聞いて、私は慌ててこの剣の試し切りをさせた。だがどうだ? 我が国の精鋭である騎士の誰にやらせても、この剣ではまともに物を切ることができなかった! それこそが二つ目の理由!
つまり貴様は偽物の剣をこの私に提出し、本物は隠し持ってその男に使わせているということだろう! さあ、白状しろ!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ……………………」
バンバンとカウンターを叩いて威嚇してくるハウマンに、師匠はこれ以上無いほどに長く大きなため息をつく。それから俺の方に顔を向けると、俺にだけわかるようにほんの少し口の端を釣り上げて予定通りの指示を出してくる。
「おいエド、その剣を抜いて構えろ。あとそっちの騎士! テメーの剣を貸せ」
「は? 突然何を――」
「俺の打った剣がなまくらだって言いてーんだろ? ならどっちが優れてるか、試してみりゃわかるじゃねーか。ほれ、さっさとよこせ」
「しかし……ハウマン様?」
「いい、貸してやれ。一応言っておくが、今も店の周囲には他の騎士達を配置してあるからな?」
「どうでもいい情報だな……ほぅ、確かにまあまあいい剣だな。流石は国の支給品だ」
俺がカウンターに置かれた剣を手に取る間に、師匠が騎士から渡された剣を軽く見て呟く。その後俺が構えたのを確認すると、師匠が俺に向かって借り受けた剣を軽く放り投げた。
「切れ」
「フッ!」
宙を舞う騎士の剣に、俺は随分と黒い剣を振り下ろす。するとキィンという硬質の音を立てて、騎士から借りた剣の刀身が真っ二つに切り裂かれた。
「……………………は?」
「えっ!? あっ、お、俺の剣が!?」
「どうだ。これでもテメーはこいつがなまくらだって言うのか?」
どや顔を決める師匠に、しかしハウマンは慌てて食い下がってくる。
「ち、違う! そうだ、その剣は相当に頑丈だと聞いた。その堅さに任せて剣をたたき折ったに過ぎん!」
「お前馬鹿か? どっかに固定してるならともかく、宙に放り投げた剣をへし折れるわけねーだろうが。そんなことできんならむしろそっちの方がスゲーぜ。おい騎士のあんちゃん、その剣の切り口はどうだ?」
「スッパリ……切られてます…………」
「だろ? 鍛えた鋼を両断できる剣がなまくらか?」
「だが、我が国の騎士達が使ったときは――」
「そりゃ腕が足りねーだけだろ。どんな名剣だって使い手がヘボけりゃただの鉄の棒だ。だから剣を打たなかったって、あの勇者にはちゃんと言ったんだがなぁ?」
ここぞとばかりに煽る師匠に、ハウマンが悔しげな表情で歯を食いしばる。が、どうやらまだ諦めないらしい。
「ぐ、ぐぐぐ……わかった。これが『勇者の剣』にふさわしい剣だというのは認めてやろう。だが、もう一本あるというのはどういうことだ?」
「ん? 一本じゃねーぜ? こいつと同等品は……ほれ」
そう言って、師匠がカウンターの中から追加で二本の剣を取り出した。カウンターの上に並んだ三本の『勇者の剣』に、ハウマンの目が驚愕に見開かれる。
「さ、さ、三本!? 何故三本も!? しかも全部ちょっと違うだと!?」
「おう。使い手に合わせて重さの比重とかが違うんだよ。あー、この前渡したのが気に入らねーってことなら、別の奴を持って行ってもいいぜ?」
「何だと!? だったら三本全部よこせ!」
「いいのか? 今この世界にいる勇者は三人。だからこの剣は三本あるんだ。全部持って行くって言うなら、他の国の勇者が来たときには『アクトル王国が総取りした』って伝えさせてもらうぜ?」
「ぐがっ!? し、しかしそれでは我が国だけが他国に先んじることが……」
「ほれほれ、どうすんだ? 俺も暇じゃねーんだ。さっさと決めろ」
口ではせかしつつもニヤニヤと笑う師匠の前で、ハウマンが額に流れる汗を拭いながら必死に何かを考えている。その後は二人の護衛騎士が実際に剣を手に取って素振りをしたりした結果、結局最初に渡した剣一本だけを手にして店の扉の前に立つ。
「ぐ、ぐ、ぐ……こ、今回は取り乱して失礼した。では、約定に従いこの剣はもらっていく」
「おう、くれてやるからさっさと帰れ! これ以上何か言ってももう対応しねーからな」
「ぬぐぐぐぐ…………し、失礼する! 帰るぞ!」
「「ハッ!」」
入ってきたときとは違う種類の怒りと屈辱にまみれた顔で、ハウマンが騎士を引き連れ退店する。その後店の周囲から騎士達の気配も綺麗に消え去ったのを確認すると、俺達は顔を見合わせ腹を抱えて大笑いした。
「ガッハッハッハッハ! やーっと追い返してやったぜ!」
「にしても、師匠も人が悪いですね。まさか試作品を渡すなんて」
「おいおい、俺は嘘なんて一つも言ってねーぜ?」
「フフッ、まあそうよね」
師匠は剣を渡すとは言ったが、完成品である「夜明けの剣」を渡すとは言ってない。ハウマンに「もう一本の剣」のことを聞かれたときも、完成品のことは口に出さず目の前にある剣と同等品……すなわち試作品は三本あるといって並べただけだ。確かに何一つ嘘は言っていない。
「っていうか、試作品なのにちゃんと切れるのね。万が一の時は私がこっそり手伝わなきゃかもって、ちょっとドキドキしちゃった」
「試作品っつっても、エドの体と合わなかったってだけで、別に切れ味が悪いとかじゃねーからな」
「あれでロックタートルを切れって言われたらかなり厳しいけど、まあ鋼の剣くらいならどうにでもなるさ」
「ふーん。え、でもエドでそれじゃあ……」
「あいつらがあれをどうするつもりかは知らねーけど、まあまともにゃ使えねーだろうな。だからって何も言えねーだろうが」
目の前で鋼を切って見せたのだから、ハウマン達はあの剣が本当に切れるということを知っている。が、その切れ味を再現することはハウマン達にはできない。となると持ち帰った剣が本物だと証明するためにあいつらがどうするのかは……ま、俺の知ったことじゃねーな。
「とにもかくにも、さっさと餌に食いついてくれたおかげで、厄介ごとは終了だ! 剣が複数あるのも見せたから、今後はエドがそいつを佩いてても文句を言われる筋合いもねぇ!
さあ、飯を食ったら仕事を再開するぞ!」
「はい!」
もしもハウマンが誘いに乗らなかったら延々と必要の無い試し切りに興じないといけなかったが、その心配はもう無い。ようやく鍛冶に専念できるとなれば、気合いの入り方もひとしおだ。
「私は……どうしようかしら? たまにはエドの仕事ぶりを見てるのも楽しいかも?」
「ん? 冒険者の仕事はしなくていいのか?」
「……知ってる子のね、目つきが、最近何だかちょっと怖くて。同じ女の子だし、悪い子じゃないとは思うんだけど……」
「お、おぅ……」
思い当たる節が大いにあるので、これ以上は突っ込めない。ああいう手合いを相手にするくらいなら、政府の偉いさんの方がよっぽど楽に対処できる。
「見学は構わねーが、邪魔はすんなよ? よし、仕事再開だ!」
大口を開けてサンドイッチを詰め込んだ師匠が、気合いを入れて席を立つ。こうして俺の日常に、心穏やかに鉄を打つやかましい日々が再び舞い戻ってきた。




