それがどれだけ理不尽でも、役人からは逃げられない
「ん? 今何か言ったか?」
「へぁ!? い、いやいやいや! 何でもないです!」
豪華な黒ローブの男に怪訝そうな視線を向けられ、俺は慌てて首を横に振る。危ない危ない、一般人は頻繁に騎士に関わったりなんてしないのだ。余計なことを口走って自ら危険を招く間抜けを演じるのはごめんだぜ。
「んなことより、剣を渡せってのはどういうことだ? てか、そもそもテメー等は何処のどいつなんだよ?」
「おっと、失礼。私は国王陛下より『勇者の剣』を回収するように仰せつかった、ハウマンという者だ。彼らは私の護衛で、王国所属の騎士達である。
ということで、ドルトン殿。約定に従ってそちらの剣を渡していただきたい」
ハウマンと名乗った黒ローブの男の言葉に、しかし師匠は困惑気味の表情で答える。
「待て待て! 意味がわかんねーぞ? 俺が国と結んだ約定は『勇者が来たら、そいつのために剣を打ってやる』ってもんだ。俺の打った剣を何でもかんでも無条件でかっさらわれるようなもんじゃねーぞ?」
「わかっている。が、問題は無い。先日ここに、我がアクトル王国所属の勇者がやってきたはずだ」
「…………あいつがこの剣をよこせって言ったのか?」
「勇者殿の意向は関係ない。国の方針として、勇者が持つべき剣を回収しにきた、それだけのことだ」
「……………………」
ハウマンと師匠が、無言で見つめ合う。ぱっと見の迫力は師匠の方が圧倒的なんだが、敵もまた国から送り込まれた偉い人ってことで、一歩も譲る様子はない。そんな視線と気迫だけのやりとりがしばし続き……折れたのは意外にも師匠の方だった。
「……………………ハァ、わかった。じゃ、ちょっと待ってろ」
「えっ、師匠!?」
驚きで声をあげてしまった俺に、師匠がチラリと目を向けてくる。その目を見れば……うん、ここは黙って従う方が良さそうだ。
「この場で剣を渡していただければいいのですが?」
「はぁ? テメーは馬鹿か? 試し切りしてきたんだから、ちゃんと手入れしてやらなきゃ刀身が痛んじまうだろーが! それとも何か? 血脂にまみれたままで引き渡せってか?」
師匠の物言いに、ハウマンが若干身をのけぞらせる。その耳元に近くにいた騎士が何やら耳打ちすると、ハウマンは小さくため息をついて言葉を続けた。
「……わかりました。では工房まで同行させていただきます」
「ケッ、好きにしやがれ。おら、二人とも行くぞ」
「はい」
「う、うん……」
歩き出した師匠に俺とティアが続けば、その背後からハウマンが騎士を引き連れ着いてくる。背中に突き刺さる感覚は、犯罪者を逃がすまいとするそれのようだ。
『ねえ、エド……』
『大丈夫だ。しばらくはおとなしくしてよう』
『わかったわ』
少しだけ不安げな表情で手を重ねてきたティアに、俺は心の声でそう答える。程なくして師匠の店までたどり着くと、そこで振り返った師匠が改めてハウマンに声をかけた。
「んじゃ、ちょっと待ってろ」
「中には入れていただけないので?」
「アン? 店の中までなら構わねーが、鍛冶場には入れねーぞ?」
「それではまるで、見られては困ることでもあるようですが?」
「あるに決まってんだろ! 職人の工房だぞ!? それともテメーは俺の知識や技術まで開示しろってのか!? そこまで要求するんなら、違約金を払ってでも今すぐ約定を破棄させてもらうぜ」
「ぐっ……わ、わかりました。おいお前達、店の周囲を警備しろ。ネズミ一匹逃がさないようにな」
「「「ハッ!」」」
「……フンッ。行くぞ」
店の周囲を騎士達が取り囲んでいくなか、師匠は俺達を連れて店の中に入る。そうして鍛冶場まで行くと、そこでようやく緊張を解いて大声で文句を口にした。
「ハーッ! ったく、面倒くせーのが来やがったもんだぜ」
「ちょっ、師匠!? そんな大声出したら……」
「ああ、平気だ平気だ。ここは鍛冶場だぜ? 今みてーに全部締め切ってりゃ外からは何も見えねーし、大声で叫んだって聞こえねーよ」
「そうね。私がここに来るときも、外はいつも静かなものよ」
「へー、そうなんだ」
俺はいつもここで作業していたから気づかなかったんだが、なるほど確かに、鍛冶はうるさいからなぁ。近所から苦情が来ないのは理解があるからだと思ってたけど、ちゃんと騒音対策はしてたのか。
「にしても、何なのあの人達! いきなり来て『剣を渡せー』なんて、すっごく嫌な感じ!」
「無罪放免になったとはいえ、あの勇者の動向はちゃんと国に報告されてたんだろうな。とはいえ剣の方はどうなんでしょう?」
「陽光石の採掘許可は国にもらってるからなぁ。俺が普通の店売りとは違う剣を打とうとしてるってのは掴んでたんだろ。実際の完成に関しては……昨日の冒険者ギルドか? あそこから話が漏れて、近くに待機してたあいつらが満を持して剣を回収しに来たってところか」
「じゃ、近くに滞在してたんですかね?」
「だろうなぁ。ご苦労なこったぜ。ってわけで、エド、その剣貸せ」
「あ、はい」
師匠に言われて、俺は腰から「夜明けの剣」を鞘ごと外して師匠に手渡す。すると師匠は早速剣の手入れを始め、美しい刀身が更に美しく磨き上げられていく。
「それで師匠、これからどうするんですか?」
初めての試し切りの後ということで子細に刃の様子を確認している師匠に、俺は徐に話しかける。
「うん? どうって?」
「いや、だから剣ですよ。それ、あいつらに渡すんですか?」
これが町のチンピラの脅しならぶん殴れば終わりだが、国からの正式要請となれば蹴っ飛ばすのは難しい。俺やティアみたいな根無し草ならどうにでもなるが、この町に定住している師匠からすればとても断れる内容ではないだろう。
「ああ、渡すぜ」
「そう、ですか……」
「ええっ、そんなにあっさり!? いいのエド!?」
「いいも悪いもねーだろ。まさかあいつらの監視……警備を突破して剣を持ち逃げするわけにもいかねーしな」
問い詰めるようなティアの眼差しに、俺は苦笑して肩をすくめる。できるかできないかで言えば簡単にできるが、それをしたら俺達も師匠もかなり厳しい立場に立たされることになる。人の命がかかってるなら是非も無いが、師匠自身が望まないならそこまではとてもできない。
「そうだけど……でも、ドルトンさんはいいの? せっかくエドのために打った剣なのに」
「うん? おい嬢ちゃん、何か勘違いしてねーか?」
「ほえ? 勘違い?」
「そうだ。確かに俺は剣を渡す。でもこの剣を……『夜明けの剣』を渡すとは言ってねーぜ?」
「え? え!? ど、どういうこと!? あ、ひょっとして他の剣を渡すってこと!?」
「いや師匠、いくら何でもそれはすぐにバレるんじゃないですか?」
ここは師匠の店なので、当然ながら師匠の打った剣は何本もある。が、流石に店売りの品と「夜明けの剣」では物が違いすぎる。鞘しか見せてはいないのでこの場だけならごまかせるだろうが、後でちゃんと調べれば掘り出す許可を取った陽光石が使われていないことくらいすぐにわかってしまう。
「店売りの剣じゃ、素材とか全然違いますよね? いくら師匠の剣でも……」
「おいエド、まさかテメーまでわかんねーのか? あんだろ、同じ素材で打った剣が」
「……え、まさか!?」
「そういうこった」
「え、何!? 何で二人だけわかった顔してるの!? 仲間はずれは駄目よ!」
「フッフッフ、これは面白いものが見られそうですね」
「オウよ。へっへっへ……」
「また悪い顔してるー! もーっ! 私にも教えてってば! エドー!」
必死に俺の腕を引っ張るティアをそのままに、俺と師匠は邪悪な笑みを満面に浮かべるのだった。




