人望と信用はあればあるだけいいが、人気の方はそうでもない
明けて翌日。試し切りの相手を物色すべく、俺とティアは一緒に宿を出ると、途中で師匠と合流してから冒険者ギルドへと足を運んだ。何故か周囲がざわつく中、俺達は掲示板に張り出された依頼書をじっくりと眺めていく。
「うーん、これといったのがねーな。ティア、そっちは?」
「微妙ね。強い魔物は街から離れた場所にしかいないし、あと私のランクだとそもそも受けられないし」
俺が鍛冶に勤しんでいる間、ティアも当然遊んでいたわけじゃない。この世界の冒険者ギルドに新規登録して活動していたのだが、毎日お昼を持ってきてくれる関係上遠出するような依頼は受けられなかったため、ここでのティアの立ち位置は駆け出しに毛が生えた程度でしかない。
と言っても、それは当然のことだ。強いだけのチンピラではなく信じるに足る実力者だと示すには相応の経歴が必要であり、登録してたかだか数ヶ月のティアが駆け出しに毛が生えた程度の扱いしかされないのはむしろ健全な証拠だ。
とはいえこの状況ではそれが困ることに間違いは無いのだが、俺が何かを考えるより早く師匠が一枚の依頼書を指さして声を出した。
「お、こいつはどうだ?」
「ロックタートル? どっかで……って、ああ! あの勇者か!」
「そういうこった。あの勇者が倒せなかった魔獣ってことなら、俺の作った剣の試し切りにちょうどいいじゃねーか!」
ニヤリと笑う師匠に、俺もつられて唇の端を釣り上げる。あの勇者個人に関してはもう思うところもないのだが、師匠の剣の本当の切れ味を試すというのなら確かにちょうどいい因果を感じなくもない。
「でも、これ私の階級だと受けられないわよ?」
「別に受ける必要はねーだろ? ほれ、ここに生息地が書いてあるじゃねーか」
「……ああ、それもそうね」
師匠の言葉に、ティアが納得する。確かに依頼書にはロックタートルの目撃された場所が書かれており、俺の周辺地理の知識が間違っていなければ一泊二日で十分にやれそうだ。
「てーわけだが、どうだエド? いけそうか?」
「ロックタートルがどんな魔獣か知りませんけど、師匠がいけると思うならいけると思いますよ。何せこの剣は師匠が打ったわけですし」
ポンと叩いた俺の腰には、師匠が鍛えた「夜明けの剣」が佩かれている。師匠お手製の専用鞘に入っているため夜明けのように美しい刀身は見えないが、つや消しの黒い金属鞘はぱっと見でもわかる重厚感と高級感をにじませている。
「言うじゃねーか。へへっ、なら後はテメーの腕だけだな。よーし、んじゃ早速――」
「ちょっ、ちょっ!? ちょーっと待ってください!」
出発しようとした俺達に、不意に背後から声をかけてくる人物がいた。振り返ってそちらを見れば、そこにはいかにも苦労人と思われる四〇代くらいの男性が立っている。
「ん? 何だテメーは?」
「何だじゃないですよドルトンさん! 依頼を受けられすらしないような冒険者を連れて行くのは勘弁してください!」
「あー? 冒険者がどこで何しようが勝手だろうが! 別に依頼を受けなきゃ魔獣を狩っちゃいけねーなんて決まりはねーだろ?」
一気に不機嫌になった師匠が声を荒げるが、ギルドの職員と思われるその男性は汗をふきふき言葉を続ける。
「そりゃそうですけど、そうはいっても新人が死にに行くのを引き留めないわけにもいかないんです。ましてやティアさんはこのギルドでは人気者ですから、そんな人に無謀な依頼……いえ、依頼ですらないものを受けさせるのは、ちょっと……」
「へー、ティアは人気者なのか?」
「フフーン、まあね!」
こっそりティアに話しかけると、ティアが得意げに胸を反らしてから職員の男に声をかける。
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫よ。今回はエドも一緒だもの!」
「ティアさん……エドさんというのは、そちらの?」
「そうよ! エドはとっても強いの! ドラゴンだって真っ二つにしちゃうんだから!」
「えぇ……?」
俺の腕に抱きつきながら言ったティアの言葉に、しかし職員の男はこれ以上無いほどに懐疑的な目を俺に向けてくる。
いや、その男だけではない。遠巻きにこちらを見ていた冒険者達もまた俺に向かって様々な視線を投げかけてくる。
「あんなひょろっちいガキが本当に強いのか?」
「ティアさんが純真無垢な天使だからって、騙してるのか!? 許せない許せない……」
「やっぱり男は股間をねじ切らないと駄目ね。可愛い女の子は女の子同士じゃなきゃ」
……おかしい。どうも俺に対する批判の種類が思ったのと違う気がする。あとスゲー目つきで俺の股間を睨み付けるあの女性冒険者が超怖い。
「おいティア、お前ここで何したんだ?」
「ほえ? 何って、別に普通に活動してただけだけど?」
「そ、そうか。普通か……」
最初から俺と一緒に活動していればこんなことにはならないんだが……なるほど、ティアの距離感で普通に活動するとこういうことになるわけか。これは今後は何か対策を……いや、対策って言ってもなぁ。
「あーもう、うるせぇ! とにかくこいつは俺の弟子で、俺が認めた最強の剣士だ! そこら辺のへなちょこ勇者よりよっぽど強ぇ! この俺が剣を打たせてくれと頼み込むくらいにはな!」
「っ!? ま、まさかそんな……じゃあ彼の腰につけているのは……?」
「オウよ。俺が打った剣だ。今日はこいつの試し切りをする相手を探してたんだよ。まだ何か言いてーことがあるのか?」
「い、いえ。そういうことなら……わかりました。では、お気をつけて」
ギロリと睨み付ける師匠に、職員の男がついに引き下がる。だがその口はブツブツと何かを呟いており、また俺を見る目が少し前とはまた変わる。
「ドルトンさんが剣を打ったって、まさかあいつどこかの国の勇者なのか?」
「あれ? でもちょっと前にアレクト王国の勇者が来てなかったっけ? そいつとは別人だよな?」
「勇者だろうとなんだろうと、ティアさんにまとわりつく悪い虫はねじ切らないと……」
「し、師匠! 話がついたならもう行きません? ほら、ティアも」
「チッ、そうだな」
「れっつごー!」
師匠を促しティアの手を引き、猛烈な寒気を感じさせる視線から逃れるように俺は冒険者ギルドを後にする。その後は特に何事も無くロックタートルの生息地にたどり着くと、俺は改めて「夜明けの剣」を抜き放った。
「それがドルトンさんが打った剣なのね。凄く綺麗……」
「だろ? わかってんな嬢ちゃん。よーしエド、バッサリいけ!」
「はい!」
ロックタートルはその名の通り、全長二メートルほどの岩のような甲羅を背負ったでかい亀だ。体重がある故に力が強く、特に金属鎧すらあっさり噛み千切る顎の力は驚異ではあるが、馬鹿正直に正面から戦ってやる必要はない。
「まずは……よっと!」
「クァァ!?」
そっと背後から近づき、右の後ろ足を切りつける。分厚くたるんだ皮膚は相当な切れ味がないとすっぱりとは切れないのだが、師匠の鍛えた剣であれば余裕で赤い筋を引くことができる。
「クァァァァ!」
「うおっ、はい残念!」
「クァァァァ!?!?!?」
足を切られたロックタートルが、意外なほどに伸びる首で俺に噛み付いてきた。が、返す刃でその鼻先を切り裂いてやると、ロックタートルは悲鳴をあげて慌てて首を堅牢な殻の中に引っ込めてしまう。
通常の狩りならば、これで詰みだ。硬い甲羅は重い打撃武器を使っても簡単には割れないし、魔法に対する耐性も高いため、基本的に打つ手がない。伸びてきた首を切断できなかった時点で冒険者側の負けであり、だからこそロックタートルは強敵と言われているわけなのだが……俺はそんなロックタートルの前で、「夜明けの剣」を大上段に振り上げる。
「夜を切り裂く一撃、見せてもらうぜ…………ハァッ!」
「ッ!?」
一閃。鋼鉄より硬い殻も、その下の分厚い皮膚も、その一切合切が一刀のもとに断ち切れる。訳もわからず絶命し左右に分かれたロックタートルを見て俺が残心を解くと、すぐにティアと師匠がこちらにやってきた。
「うぉぉぉぉ! スゲーじゃねーかエド!」
「凄いわエド! こんな大きな敵を真っ二つにするなんて!」
「ふっふっふ、まあな。ということで、どうですか師匠?」
「ああ、完璧だ! とはいえ実戦で一匹敵を倒すだけってことはねーだろ。もう少し試し切りをして欲しいところだが、頼めるか?」
「任せてください!」
「フフッ、頑張ってねエド」
師匠の頼みに笑顔で答え、俺は更にロックタートルを……そしてついでに他の魔獣も狩っていく。俺のために打たれた名剣の切れ味は素晴らしく、それを試すのは俺自身も楽しくて……だからこそ町に帰った時、その門の前で待ち構えていたそれに露骨に表情を歪ませてしまう。
「さあ、その剣を渡してもらおうか」
「えぇ、また騎士団かよ……」
完全武装した騎士の一団と、その中央に立つ見るからに偉そうなローブの男。権力と厄介ごとの臭いをプンプンさせる存在に、俺はうんざりとした声をあげるのだった。




